第29話 神言
「これがキカチマじゃと……!?」
「ええ。これを説明する為には、まず私について話さなければなりません。コシ、貴方は私のスキルを知っていますね?」
「あぁ。」
キサの持つスキルは【砂神祈祷】。砂神、突然変異した禁術ネズミを鎮めるためにか生まれた特殊なスキル。
このスキルを発動するとキカチマを地中より呼び寄せることが出来、スキル保有者である巫女が喰われる事でキカチマに長い睡眠状態にすることができる。
スキル保有者はキカチマが目覚め始めると発生し、スキルが覚醒する。
「そもそも、おかしいと思いませんか?あくまで禁術と呼ばれる人の理の中で生まれた存在が神を名乗り、さらには神より与えられるスキルにまで影響を及ぼしたのか。」
「キカチマという存在が神ではなく、真の砂神がいるからなのです。」
「……真の砂神……!?」
儂が驚くとキサは僅かに微笑む。
「本来の【砂神祈祷】とは、砂を司りし神に祈りを捧げ、その権能を我が身に宿すものだったのです。証拠に。」
キサが腕を軽く振るうとその軌道上の砂が生み出される。砂は形作っていき、先程猛威を奮っていたキカチマの砂の像が出来上がる。
周囲の砂々からは噴水のように砂が湧き上がり、それらがアキが以前見せていたドラゴンやオーガの形へと変形していく。それらはキサの近くまで来ると跪いていた。
コシはその現象を信じられないような目で見ていた。明らかに魔法など出なければ不可能な現象の筈だが、一切魔力の揺らめきさえも感じ取ることが出来なかった。つまり、これは魔法によるものでは無い、ということだった。
「私は砂神様より砂の操る力、そしてキカチマの保有していた純粋な力を受け継ぎました。」
「キカチマの力?」
「神は自分の名を騙るネズミを大層嫌ったようで、奴の持ち合わせていた力、魔力やスキル、禁術により得た適応能力などを1つの純粋なエネルギーに変換し、私に与えました。そのお陰で神の力を受け取ることが出来たのです。」
「つまり今までの巫女は……。」
「えぇ。神の力を受け取るには不十分であった為です。しかしそれでも神へと祈りを届けるほどのエネルギーはあり、それがキカチマの好物となってしまったようですが。」
掌でチョロチョロと動き回る、1匹のネズミをみる。その姿はこの砂漠のどこかにいても気づかないような、特徴といえば手足が変形している程度の普通のネズミ。
こんなものに自分の愛する人が奪われたのかと思うと怒りがわく……はずだったが、今は虚無感しか残っていなかった。
自分が禁術を使用し、命のほとんどを燃やして相対したのがこんなネズミとは。
何かがスっと抜け落ちるその前に、横に眠る少年へと意識を向ける。
すやすやと寝息をたてる少年はそこだけ切り取ればただの心優しい少年であるのだが、視線を下へと向けると余り多い傷跡と痛々しく変形した腕が見える。
「砂人様には大変お世話になりました。……家へ戻りましょう、コシ。」
キサが手を振り上げると砂の人形が生まれ、儂と砂人を担ぎあげ、ゴナイ族の住処へと連れていった。
△ △ △
目が覚める。身体中は筋肉痛と全身に付けられた傷のおかげで覚醒と同時に激痛を感じる。
天井は見たところゴナイのテントで、住処に戻ってきたのか、と認識したところで反射的に飛び上がる。体を痛みが襲うが、今はそれどころではない。決死の覚悟で、悪魔との契約により得た力をもってしても削り着ることの出来なかった、神と崇められる存在、キカチマである。
自分がここにいる、ということはコシは殺しきったのか、と疑問と安心、焦燥などの色んな感情がせめぎあう。
テントの入口が開き、外からの光が漏れ、誰かが中に入ってくる。
髪型は異なるが、その顔に見覚えがあった。
「キサちゃん……。」
「おはようございます、砂人様。」
最後の記憶とは風貌が異なり、髪は金色に輝いており、特に印象的なのは発光する蒼き瞳であった。そして最も異なるのは、その魔力量だろう。禁術により増幅させ、悪魔との契約により底上げしたはずの自分の魔力よりも、圧倒的な魔力を孕んでいた。
「キカチマは……?」
「ふふ。それでは1から説明しますね。」
キサから語られたことは些か信じられないことばかりであったが、俺が異世界転移者であり神の存在をスキル情報から知らなければ聞く耳すら持たなかっただろう。
確かに、ここは神が作り出したゲーム。プレイヤーとして介入してきても何らおかしくは無いだろう。それが何故今になって、と疑問に思うと、目の前のキサの様子が変わる。
まるで意識が抜けたように立ちながら脱力すると、目全体を白く発光させ、表情なくこちらを見つめる。
【それは貴方の存在ですよ、土田晶。】
「……誰だお前は?」
この感覚は覚えがある。
女神、いや悪魔アナリシアと同じ、人の知る範疇を超えた、理の外。
【私は砂の神、アーモス。】
「……噂の本人が登場か。」
自らを神と話すキサ、の中にいる存在。
「俺は神と自分を話す悪魔を知っていてね、あまり信用できないのは勘弁して欲しい。」
【ふふ、アナリシアの事ですね?よくもまぁ禁断の楽園を見つけることが出来たものです。あれは巧妙に隠してあったはずなんですがね……。】
「やはり知っているか。」
【まぁ、神ですから。】
微笑むアーモス。
「それでお前は何故俺にコンタクトをとる?俺の存在が何故今に繋がるんだ?」
【簡単な話ですよ。貴方は今神々の間で注目の的となっているのです。】
「注目の的だと?」
【ええ。盤上の外からの駒である貴方は偶然にもハズレの土魔法持ち。加えて禁術も会得し今までいないタイプのキャラクターに興奮を抑えきれません!】
笑顔で話し続けるアーモスに対して、俺は生理的な嫌悪を浮かべずにはいられなかった。俺が、どんな思いで禁術を使い、今までどんな思いだったのか、そんな事を知っていたらこんな話出来るはずがない。
【まぁ怒る気持ちも分からなくはありません。ですので、今回は謝罪と感謝の気持ちをこめて、伺いにあがったのです。】
「……感謝だと?」
【ええ!貴方のおかげで私の名を騙る害獣を駆除出来ました!……あの【砂漠の迷宮】スキルは神からの目を欺くほどの力を秘めていたようで……。ようやく気づくことが出来たのです。この子達には悪いことをしました。】
本当に申し訳なさそうな顔をキサの体で浮かべるアーモス。
【ですので、間接的ではありますが貴方には感謝しています。お礼にこちらを授けましょう。】
アーモスの掌の中に赤黒い光が生まれる。それは神々しさの中に禍々しい、明らかに人に仇なす気配を感じていた。
その光はスーッと俺の体の中へと入っていく。体内に入るが浸透はせず、何か異物が入り込んでいる違和感と気持ち悪さが俺を襲う。
【それはいずれ…いやすぐにでも貴方の役に立つでしょう。どう変化するのか楽しみです。それでは。】
「なっ待て!!」
そう言うと俺が制止する声を聞かずに瞳の光が落ち、キサの意識が戻る。
「もしかして神の声を聞きましたか?!」
「えっ…ああ。」
「流石です!!やはり貴方は砂人様なのです!」
まさに神を見るように俺をみつめるキサ。どうやら真の神と交信した為か、俺をみつめる目が何やら狂信めいていた。
「そうだ!砂人様!まだ体が痛むのは重々承知ですが、こちらへ来て頂けませんか!?」
キサが俺の体を持ち上げる。本来であれば一応育ち盛りの男を年下の女の子が軽々と持ち上げる事など不可能なはずだが、彼女の中にあるかつて砂神と崇められてきたバケネズミのエネルギーがそれを可能にしていた。
「コシが貴方に話があるそうなのです。」
△ △ △
連れられた先は1番大きなテント、コシが住む場所であった。周囲にはゴナイ族の皆が集まっており、中には泣いている者もいる。嫌な予感が頭を駆け巡る。
中へ進むと地面に敷かれた布の上に、枯れ木のような老人が横たわっていた。胸は僅かに上下しており、まだ息があることを伝えている。
コシ、その人であった。
禁術による生命力の強制使用や度重なる高度な魔法の酷使。キカチマとの1戦の最中に亡くなっていてもおかしくない彼をここまで生かし続けたのはひとえに復讐の念だけであった。
その相手が自分達が全力を奮ったとはいえ削りきれず、第三者により討伐された、という事実は彼の最後の灯火に容易く息を吹きかけた。
「あぁ、砂人か…。」
「コシ…。」
キカチマのように目は白く濁っており、顔中に汗をかいている。唇は乾きひび割れており、血色のない死体と見紛う様な状態であった。
「お主には本当に迷惑をかけた…。許してくれとは言わない。」
「……もう長くは無いのか?」
「あぁ。儂が一番自分の事を分かっておるからのう。」
「私は少し席を外します。……コシ、これでいいですね?」
「すまんなキサ…。」
キサはコシの細い手を優しく包み込み、恐らくゴナイ族の伝統であろうか、何か文言を唱えるとテントを去る。俺とコシだけとなり、静寂が訪れる。
「お主に何か礼をしたいと、ずっと考えておった。」
「礼なんか要らないよ。」
「いや、受け取って欲しい。…禁術を使い、悪魔と契約し。お主が進む道は決して明るいものではないじゃろう。…故に、受け取って欲しいのだ。」
天井を向いたまま話し続けるコシ。すでに顔すら動かせないほどに衰弱しているようだ。
「儂の持つ禁術本。命の書に記された最大の禁忌を儂は今から行う。それを受け取って欲しい。」
「お前!?いい加減にしろ!!自分を大事にしたっていいんだ!!」
「もう十分すぎるほどに生きたからのう…。死後の世界が無いことくらい、禁術本を読んだお主なら分かるだろう?ここで儂が死ねば、魂は分解され、この世界の本流へと流れひとつとなる。儂という個はここで本当に死ぬんじゃ。最後くらい役に立ちたい。」
言葉が出なかった。禁術本を持つものが最初に知る事実。この世界において、死後の世界は存在しない。死ぬと魂は地中の中心に存在するエネルギー核へと吸収され、この世界のリソースとなるのだった。
「押し売りじゃ。受け取るが良い。」
少し口角をあげ、そう話す。途端、コシの胸元が光り輝く。そこから淡い緑色の光が生まれ、宙へ浮いた。
「これは命の書最大の術。人の魂を使用し、精霊を生み出す禁術じゃ。この精霊がお主の旅の供となり、お主の行く末を良きものにしてくれるよう、儂は祈っておる…。」
光は俺の胸の中に入り込んでいく。乾いた地面に水が落ちるように吸収され染み込んでいく。まるで最初からそうであったかのように違和感なく、しかし体の奥深くに存在を感じることが出来る。
コシをみる。目は閉じられ、体はピクリとも動かなかった。
△ △ △
「コシはいったようですね。」
テントから出てきた俺にキサが話しかける。
「禁術については聞いてあります。神から預言がありました。」
「…何だ?」
「【精霊は魂によりその姿を変え、進化する。貴方の想い描く物を集め、ネオス聖国の大神官に会いなさい。】」
「…この砂漠を南に真っ直ぐ行けば出ることができます。……お元気で。あとこれを。コシが貴方に、と。」
キサが俺に手渡したそれは前にコシに見せてもらったものであった、禁術本、それであった。
精霊、進化。コシの想いを胸に俺は前に進む。魔王討伐をより確実にするために。スクイーの様な犠牲者を二度と出さないために。
俺は南に向かって歩き始めた。
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