第28話 契約
遠くでキサが泣き叫ぶ声が聞こえる。目の前には頭部を失ったゴカの死体が転がっていた。急いで振り向くとそこには様子が違うキカチマがいた。
傷は既にふさがっており、コシが必死に殴りつけた頭部も、俺が魔法にて潰した手足もそのままであった。しかしギラりと睨む目はまだ燃え上がるような生命を感じさせる。
先程と違い、自らを神と宣う事すらせず、俺たちをじっと見つめていた。ゆっくりと歩き始めるキカチマ。
俺はなけなしの魔力、ミスリルの足に残る魔力で石礫を打ち放つが、キカチマの外皮は固く、傷1つ負わすことはできなかった。
キカチマは俺の地魔法に適応し、俺が生み出す硬度に対応した進化をしてしまったのだ。
そうなると今の俺に出来ることは無い。幸い四肢を潰したためか動きがかなり鈍重になっており、この場から一先ず逃げることはできる。
俺は倒れるコシと泣き続けるキサを担ぎ走り出す。兎に角今は時間を稼ぎ、魔力を回復させる。
俺が向かった先は、昨日キサと共に訪れたあの洞窟だった。
△ △ △
「ではあれが砂神様……?」
「うむ……。これが真実じゃ。」
禁術による若返りの効果が切れ、既に老人に戻っていたコシがキサに砂神、キカチマの正体と巫女の本当の意味について語った。
父を失い呆然としていたキサにこの話はかなり重く、信じられないといった表情ではあったが現実を目にしている分納得は早かった。そして次に彼女に浮かんだのはコシに対する怒りだった。
「なぜその事をゴナイの皆に言わないの!?皆死んでもいいっていうの!?あんなのが神様なわけないじゃない!!!」
「昔儂も伝えたさ。じゃが人とは信じたいものを信じる。ゴカの父親達は儂を背信者と蔑んだ。」
「コシ……。お前とキカチマの間には何があったんだ?」
そこからコシは荒い息の中過去について語りだした。
「昔……それこそキサやゴカが生まれるずっと前に、儂と当時の巫女、ミサは恋仲じゃった。いつもずっと一緒でな。……巫女として降神の儀を執り行うその日、儂はミサが心配で隠れて見に行ったんじゃ拒絶魔法により姿を隠してな。」
「そこから先は、……まぁ想像つくじゃろう。奴が現れミサを喰い殺した。儂は奴に襲いかかったが到底及ばず、今に至る。そんなに難しい話じゃない。」
コシは脱力するように溜息をはく。
「砂人よ。お主には迷惑をかけたな。」
「何言ってるんだ?まだ終わりじゃないだろ!?キカチマを倒すんだろ?」
「じゃが儂には既に力が足りん。それに奴はもう儂らのスキルに適応してしまったかもしれん。」
「…………こんな早くに使うことになるとはな……。」
「……?何を考えておるお主。」
コシにキサ、それに他のゴナイ族を助ける為には最早手段を選んでいる余裕はない。
代償によって引き起こされるそれが俺にどんな影響を及ぼすか分からず、俺は今の今まで切る事の出来ない手札が1枚あった。それは諸刃というより俺側に鋭利すぎる代物だった。
そんな悩んでいる暇はないようで、すでに洞窟の入口が震え出している。俺はキサと動けなくなっているコシを庇うように前にでる。
ミスリルの足に残る魔力を使用し、臨戦態勢をとる。
爆音と共に俺たち全員を吹き飛ばすほどの衝撃。仄暗い洞窟内に外からの太陽光が降り注ぐ。突然の明るさに目を細め、音の正体を見つめる。巻き起こる煙越しにみえる遠くからでもサイズが分かるほどの巨体。
キカチマだ。手足が潰れているためか、動きは非常に緩慢であるがその巨体の為か俺たちと比較しても十分に速い。白く濁った目は真っ直ぐ俺たちを見据えており、口元からはダラりと涎が垂れていた。
コシは覚悟を決めたようにキカチマを見つめ、キサは未だ恐怖の顔をしている。
ズリズリと、その巨体を揺らし這うようにゆっくりと、しかし着実に俺らを狙わんと近づくキカチマ。その執念、生命力は神と謳われるだけあるだろう。
「これで終わりか……。」
「お父様……砂人様……。」
「……終わりじゃないさ。まだ、諦めなければ。」
「……何を?」
俺は息を吸い込むと心の奥底にある、鍵の掛けられた箱に手をかける。それは1度開けたら二度と閉まることの無い、災厄の箱であった。
△ △ △
キサには目の前の光景が理解できなかった。自分が瀕死の時に颯爽と現れたのは砂人様。薄れいく意識の中でみた彼はとても凛々しく、かっこよかった。
お礼を言うために再び会った時も優しく、自分の知らないことを沢山知っていた。それに顔も……整っていた。
砂漠から出たことの無いキサにとって、砂人は、アキは憧れの人であり、自分の考えを変えるきっかけでもあった。
この儀式が終わったら、砂人様について行きたい。一緒に旅をして、色んなところを見て周り、その中で恋に落ちたり……年頃の女の子らしい想像しをしていた彼女は、目の前で身体中から血を吹き出しながらも戦い続ける姿を飲み込むことができなかった。
私達を庇うように砂人様が前へ走り出すと、彼の左腕が急に変形する。皮膚は青黒く変化し、小さな腕が大量に生え始める。それらは互いに腕を組み、手を繋ぎ、手と腕の群体が形成されていく。触手のようにも見えるそれの周囲は空間が歪んでいるような、砂漠の蜃気楼のような違和感を覚える。
後ろで横になるコシは信じられないような目で砂人様を見ている。それから起こった事も目を疑う光景であった。
近づく砂人様に気づいた砂神様、いやキカチマは雄叫びをあげ口から数十匹にも及ぶワームを生み出す。ワームは一直線に砂人様を襲うが、砂人様が変形した腕を振るうとワームは口元から螺旋を描き捻じ切れる。
ワームの様子に反応を見せないキカチマはそのまま砂人様へ体当たりをするが、神鉱で出来た足を変形させ大きな壁を生み出しそれを防ぐ。
変形した腕から更に群体の腕が、手が生えだしより大きく、巨大となっていく。キカチマの身半分ほどの大きさへと変貌した左腕は先程のワームのようにキカチマへと襲いかかる。
キカチマの肉体を掴み、握りつぶす。全身へと至るほどの攻撃ではあったが、さすがの巨体の為か決定打とは至らなかった。
魔法を展開し、キカチマの体へとぶつけていく。オーガやドラゴン、ウルフといった姿に似ている粗雑だがしっかりと幹のあるゴーレムを展開しキカチマの意識を分散させながら石壁で足場を生み出し俊敏に移動する。
すでにキカチマの周囲には50体以上のゴーレムがそれぞれ独立した動きをしながらキカチマへ牙を向いており、憎々しげにアキを睨み続けている。
一見圧倒しているようにも思えるアキであったが、その顔は満身創痍であった。
「砂人よ、まさかお主悪魔と契約したのか……!?」
「悪魔との契約……?」
「急激な魔力の増幅と肉体の変化。儂も数行程度しか知らぬがまさに悪魔契約の条件と一致する。」
「……でも、これなら勝てるんじゃ!」
「…………悪魔との契約には代償が付き物じゃ。あれ程の力。どれ程のモノを犠牲にしておるのか儂には想像つかん。……それにあのままでは勝つことは出来ぬだろう。」
現在防戦一方のキカチマであるが、未だ体をよろめかせるほどのダメージは負っておらず、反対にアキは変形した腕は肉体の変化についていけないのか音を立てて筋肉が切れ出血しており、顔は血管が浮きでている。
同時に魔法を展開し、地面より神鉱の槍や石礫、壁を生み出し攻撃しているが限界が近いのか先程より威力も速度も格段と低下している。
取り囲んでいたゴーレムも一体、また一体と砂へと変化していき、キカチマにより残りは潰されていた。
このままでは確実に砂人様は負けるだろう。彼の肉体があのネズミの巨体に潰されることを想像してしまい顔を青くする。
自分に何か出来ないか探すが、戦闘では到底役立てるとは思えず、さらにスキルは奴に食われ眠らせることしか出来ない。しかし、足が竦んで動くことすらできなかった。
そんなキサを慰めるように肩に手が置かれる。振り向くと顔を青くし、荒く肩で息をするコシが立っていた。
「なに、お前が気に病むことはないよキサ。大丈夫。儂と砂人を信じてくれ。」
「でも……でも!」
コシがゆっくりと前に出る。
「これが儂、最後の魔法じゃ!!!」
魔法の分からないキサですら視認できるほどの魔力のうねりが巻き起こる。空間が渦をまくようにねじ曲がり、太陽の光すらも歪む。コシの手のひらには拳ほどの黒い何かが生み出された。
その黒い何かをキカチマへ向けて放つ。同時にコシは力尽きるように地に倒れ込んだ。慌ててかけよると、ゆっくりとだが呼吸をしている。生きていたことにホッとし、放たれた黒い何かを見守る。
ゆっくりと黒い何かはキカチマへ近づき、奴の体へと吸い込まれる。するとキカチマの体を吸い込むように、皮膚を、肉を削り、歪ませ、潰し始めた。何かは周囲の地面や砂人様が生み出した神鉱すらも吸い込む。
必死に逃げようと蠢くキカチマであるが、それを砂人様が許さない。神鉱による楔に変形した腕による進行の妨害。キカチマの肉体はゆっくりと消滅していった。
その時、キカチマの周囲に落とし穴が生まれる。
突然のことのため、アキは抵抗できず落下する。地面に落ちた衝撃と共にアキは声もあげずに気を失う。この場に残されるのはキサのみ。
自分のために、アキは立ち向かった。コシは、過去の精算のために向かい合った。自分には何が出来るのだろう。
弱っているが未だ圧倒的な存在感を放つキカチマを見た時、キサの中で何かがカチリとハマる音がした。
△ △ △
自分の持てる全てをだしきったキカチマは既に満身創痍であった。一見頑強にも思える肉体へと進化した彼だったが既に進化へと至る能力は限界へと至っており、今の外皮や筋肉を突破されると打つ手はない。
想定以上に目の前の人間2人による抵抗によりキカチマは目覚めた時よりも弱く、現在であればBランク冒険者パーティーであれば討伐できるレベルにまで落ちていた。
しかし何とか邪魔者は消し去った。使い方をイマイチ理解していなかったスキルについても分かり始め、次は負けることは無いだろう。
今は勝利の美酒に酔いしれるために、目の前の愛する巫女を見つめる。
いつもと違い眠っていないが、この濁った瞳越しでも強い生命力を感じる。ゆっくりと近づき壁と挟み逃げ場を無くしていく。丸呑みでもいいし、味わって食べてもいい、と妄想しながら這っていく時、1つ違和感を感じていた。
目の前の巫女の生命力、いや何かそれとは違う力が増大しているのだ。急速に。
初めは取るに足らない微々たる差と感じていたが、その変化は徐々に無視できない、より大きなものとなっていく。
巫女を一刻も早く食べなければ。急いで移動するが先程より巫女との距離が開けていた。
そして、見下ろしていた筈の巫女を自分が見上げていることに気付いた。
△ △ △
辛うじて残る意識の中、キサを守らんとコシは気合いで起き上がる。周囲を見渡すが憎きキカチマの姿は見当たらない。
遠くに横たわる砂人、アキの姿を見つけ動かない体を無理やり使い転がるように近くへ移動する。
悪魔との契約のためか左腕は幾重もの腕が絡み合い群体が腕の形をしていた。色は青黒く、人のものでは無いと容易に想像できる。右足は神鉱、ミスリルになっておりこの少年が幼いながらに幾多の危険を経験してきたことがひしひしと伝わった。
キサの姿を探すと、崩壊し天井が壊れ太陽の光が指す入口付近で佇んでいた。手には何かを包むように持ち、空を見ていた。
儀式のために着用していた巫女装束は先程と変わり、ゴナイ族の証である黄色いラインが仄かに光っていた。魔法使いであり、禁術使いであるコシだからこそわかった。その光が魔力によるものだということを。
キサの顔を見る。短くまとめられていた髪は足元まで伸び、金色に輝いている。その1本1本が膨大な魔力を含んでおり、最早笑いすら起きてしまうほどであった。
当人であるキサは光る青き瞳でこちらを見ると、優しく微笑む。
瞬きの合間にキサは儂のすぐ横に立っていた。
「ごめんなさい。私はようやく自分について理解出来ました。」
抑揚の少ない声が謝罪する。
「……キサ……なのか?キカチマは……砂神は?」
「奴は神としての役目を終え、今はここにいます。」
キサがゆっくりと両手で包み込むように持っていた何かを見せる。
そこには掌でおさまるほどに小さなネズミが1匹、怯えながらこちらを覗いていた。
「これが、キカチマですよ。」
少し悪戯めいた笑みを見せた彼女は、確かにキサだった。
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