第27話 拒絶

 コシの扱う【拒絶魔法】。それは魔力に応じて万物を拒絶するという強力なスキルである。

 テントで使用した際は、周囲からの干渉を拒絶。今の戦闘においては空間を拒絶することでその空間を無かったことにし、瞬間移動を実現した。またワームの口を閉じた際は、彼らの発言を拒絶する事により口を強制的に閉じさせた。


 一件無敵にも思えるようなスキルであるが、当然制約もある。そもそも魔力が通じない、つまりコシより圧倒的に魔力が多い相手には通用しない。また、対象が抵抗するほどに必要となる魔力量は増加していく。

 干渉の拒絶であれば、そもそも人が入ろうとしないため僅かな魔力で事足り、ワームにしても声を上げる、という知能がないため抵抗すら起きなかった。


 反対に砂神、キカチマは現在コシの行う全てに反発するためにかなりの魔力を使用しなければ拒絶する事が出来ない。


 現在彼が若返った方法などは他に要因があるのだが、それは今現在必要の無い情報である。


 コシからスキルについて聞けた部分を作戦に考慮しつつ方法を考える。


 目の前には怒り狂ったキカチマが暴れ回っていた。腹部からは数十体にも及ぶワームがこちらに襲いかかっており、それらの幾つかは地面を掘り進め地中から俺たちを攻撃している。


 キカチマは酸性の血液を吐き出しており、無事な腕を乱暴に振り回していた。キカチマ自体も冷静な判断が出来ていないのか、時たま血液をワームに掛けたり、反対にワームがキカチマに噛み付いたりしている。


 俺とコシは避け、迎撃しながら一瞬一瞬で作戦をたてていく。

 しかし有効打となる手立ては出来ず、俺達は一進一退の攻防を続けていた。集中の切れた方から死ぬ。


 飛びかかるワームの口目掛けて岩の槍を生み出す。ワームは綺麗に串刺しになるが、瞬間ワームは弾け酸性の血液の雨が降りだす。

 コシは拒絶魔法によりそれらを弾き、肥大化した脚にて後ろからくるワームを蹴り飛ばす。



【神のォォ……進化だァァ……。】



 キカチマの体が変形し始める。その隙に俺はキカチマに石礫を生み出し高速でぶつける。石礫はキカチマの丈夫であった腕にぶつかり、その腕はそのままへし折れてしまった。

 先程までの強靭なはずのキカチマの体であれば、先程の石礫で折れるはずはなかった。



「コシ!!今を狙え!!」


「!?わかった!!」



 コシは拒絶魔法によりすんでのところでワームを避け、キカチマ本体へと辿り着く。掌に拒絶魔法の魔力を乗せ、再度頭蓋に殴り掛かる。すると強靭に回復したはずの頭蓋は簡単に砕け、今まであげたことの無い叫び声を上げた。


 変形が終わり、体にあった傷跡が塞がり分厚い皮膚となり適応していたが、俺がぶつけへし折った腕と砕けた頭蓋はそのまま血を流していた。


 俺とコシは顔を見合わせると頷き、飽和攻撃を始める。


 キカチマの恐ろしいところは適応という名の進化、それに伴う再生能力だ。コシが、蹴り、殴った箇所は既に同様の攻撃では傷すら追わないほど強靭になった。

 しかし、先程適応進化の最中に攻撃するとその部位だけは進化どころか再生すらしなかった。つまり。



((進化の最中であれば奴を殺せる!!))



 強制的な進化を促すため、俺達は全力で攻撃し始める。奴に手数を追わせて進化を促し、変化し始めたところを狙うためだ。

 当然進化を促す事自体難しいし、長引けば俺らのスキルがキカチマに適応され、殺される可能性だってある。しかしやるしかないのだ。


 俺とコシは残り魔力を振り絞りキカチマへと攻撃を続けた。




△ △ △




 儀式の場所であったはずの砂漠には大量のクレーターができており、地面は赤黒く染まっている。周囲には血の匂いと腐臭が漂い、ワームのちぎれた死体がそこらかしこに散乱していた。

 その原因である巨大なネズミは息も絶え絶えで、しかし未だにギラギラと敵である人間2人を睨みつけている。


 本来のキカチマであれば、すでにこれらスキルに適応し2人を捕食した後、巫女を味わっていただろう。しかし前回食した巫女の影響により、彼の体は以前と比べ衰弱していた。

 以前の巫女は世にも珍しい2つのスキルを持ち、その両方の効果によりキカチマは全盛期より数段落ちた状態に退化していたのだ。


 現在の体力であれば、次の進化が限度であろう。それは本能で認識した自分の限界であった。


 彼のもつ適応し、進化する力は遥かつての禁術使いにより促されて生まれたものであった。

 本には禁術となるルーティンを偶然持った、と記されているがそれは誤りであり、本来は禁術方法を他動物に適応したらどうなるか、という実験の元生まれた存在であったのだ。故に禁術本に記載されているのだ。


 禁術には代償が伴う。故に禁じられている。例に漏れずキカチマの進化にも代償が存在した。それは急激なエネルギー消費である。

 進化する度に人間にして数百人、いや数千人を喰らわねば、彼は飢餓で死ぬ。適応進化にてスキルが手に入った彼は砂漠から人間を逃れられないようにし、養殖を始めた。


 そこから定期的に人間を食らっていたある時、1人の少女が現れた。キカチマはその少女を喰らう。すると数百人喰らった時の数十倍のエネルギーを得ることが出来たのだ。満足感から眠りについたキカチマは目覚める度にあの少女と同じ、1人にして数千、数万の人間と同様のエネルギーを持つ少女を喰らっていった。


 そしていつしか養殖した人間達は自分の事を神と呼ぶようになり、キカチマはそれを信じた。

 そしてこの特殊な少女達は自分と運命で繋がっているのだと、思った。思ってしまった。


 故にキカチマは巫女を喰う。彼女達を愛しているから食べるのだ。証拠に喰らった巫女全てが喜びの声をあげていた。


 愛のため、目の前の人間を殺す。キカチマは最後の進化を始めた。




△ △ △




 身体中に切り傷や、噛みちぎられた跡がある。既に痛みは感じなく、気合いだけで俺らは戦っていた。

 コシの体につく魔核はすで残り数個となり魔力量も僅かであるが、執念と禁術により彼は今ここに立っていた。


 目の前のキカチマの肉体が膨張し始める。傷つけた肉体から肉が溢れ、ちぎれたワームは時が戻るように生え始める。その姿はかつて俺が戦ったミスリルワームそのものだった。


 しかし、進化の後を気にしている暇などない。俺とコシは走り出す。


 俺は残りの魔力を使ってキカチマの手足と頭部を岩で地面に縫い付ける。進化途中だからか、力のまま地面に倒れ込むキカチマへ、コシは全力で殴りつけた。


 既に彼の魔力はそこをつき、残りは禁術により底上げした筋力でキカチマを殺さんと殴り続ける。拳を振るう度に血液が飛び散りコシへと降りかかる。彼の皮膚を、髪を焼き付くすが痛みにより辞めることは無かった。

 体の膨張は未だ続いており、キカチマはまだ死んでいないことは確かである。俺は全てを振り絞り巨大な岩を生成、キカチマの両足、腹部へと落とす。抵抗なく潰れる肉体。大量の血とヘドロが辺りを汚す。凄惨な現状であり、昔の俺なら吐き出していただろう。

 徐々に肉体の動きが弱まり、勢いよくボコボコと音を立て変化していた肉体が少しずつ縮まっていく。あと少しで、キカチマを殺すことが出来るのだ。


 肉体の限界まで酷使したコシは目を充血させ、すでに口からは血を流していた。



「これでトドメだ!!!」



 両手を振り上げ、全力をこめる。。




 コシの振り上げた両手を縄が縛り上げる。



「!?」



 驚き縄の出処を振り向くと、そこには泣き顔で、困惑した表情のゴカが縄を握りこちらを見ていた。



「長老……いや、コシ……。爺さんが言ってたのは本当だったのかよ……?砂神様を殺そうとしてるってのは本当だったのかよ!!!!」



 顔を真っ赤にしたゴカが縄を勢いよく引き上げ、コシを引き寄せる。

 先程全てを出し切ったのか、抵抗することなくコシは引き寄せられ、地面にバウンドする。



「ゴカさん!今はそんな時じゃ、」


「お前は黙っていろ!!!この偽物め!!!!」


「……ゴカよ……。」


「俺は子供の頃聞いたことがあった。コシ、お前が何年も年をとってねぇって事も、砂神様を殺そうとしてるってのも。……年寄りの戯言だと思ってたが、それは本当だった。何故だ!?何故こんなことをする!?」


「お前は……知らんのだ……。」


「知らないのはお前の方だ!!!神をみよ!!!人智を超えた!!圧倒的な存在をお前らはきっと卑怯な手を使ったんだろう!?!?」



 ゴカは興奮しているのか、俺達の話を聞こうともしない。それどころか、足元に引き寄せたコシを蹴り始めた。



「やめろ!ゴカ!!砂神はただのネズミの化け物なんだ!!」


「黙れ貴様!!!貴様砂人ではないな!!??思えばおかしな話だったのだ!!あの侵入者も貴様の仲間だろう!!!」



 目を血走らせて俺を睨みつける。


 ふと後ろをむくゴカ。そこには未だ台座に横たわるキサの姿があった。



「貴様らキサをどうする気だ!?キサ大丈夫か!?」



 ゴカはキサの元へ駆け寄り体を揺さぶる。そのせいか、ゆっくりキサは目を開けた。



「お父様……?儀式は?」


「あぁ、キサ…大丈夫だ、儀式は俺が執り行う。安心しろ。」



 柔和な笑みを浮かべるゴカ。その顔に安心したキサだったが、目の前を高速で何かが通り過ぎると、顔面に何か液体がかかる。思わず目を閉じたキサは父に問いかける。



「お父様?今のは何ですか………?」



 ベトりとした嫌な感触のその液体を腕で拭い、ゆっくり目を開く。そこには先程笑顔を浮かべていた優しい父の顔はなく、遠くにこちらを喰らわんと睨みつける白く濁った目をしたネズミがこちらを睨みつけていた。


 視線を下におろす。


 ゴナイ族長のみが身につけるマントを羽織った何かが、綺麗に彩られたマントを赤黒く汚していた。

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