第26話 儀式
それから2日が経った。ゴナイ族の皆は俺を接待しようと色々画策しており、眠っている最中に裸の女性が横にいた時は心臓が飛び出るかと思った。思春期真っ只中の俺は勢いづく本能を理性で押し込め、丁重にお断りする。俺は愛のあるゴホンゴホンしかしないんだ、と心に唱えるが、流されるべきだったか、と若干の後悔もあった。
そして今はキサが秘密の場所に連れて行ってくれる、と俺を案内している。
歓待から何とか逃げ出した俺たちは今砂漠の中を歩いている。ゴナイ族や他のこの生きた砂漠にくらす者達は生まれながらにしてこの砂漠を迷わないよう小さい頃放り出されるらしい。そして皆数日以内に住処へと戻ってくる。その時にはこの砂漠を自由に行き来出来るようになるそうだ。
これも砂神のスキルが関係していそうだが、今はその疑念を頭の隅におき、悪戯な顔をしているキサに着いていく。こんな表情を見る度に、彼女がまだただの少女だということを実感させた。
「ここです!」
キサが手を広げて俺にみせたそこは、砂に埋もれた洞窟だった。恐らく誰も気付かないそこは俺が屈んでようやく入れる位の入口で、キサはそこを這って進んでいく。俺も後に続くとすぐにひらけた空間にでた。
砂漠の暑さとは打って変わり、ひんやりとした心地いい空気が漂う。
空間内はどこにも穴が空いておらず、入口以外密閉されているはずだがぼんやりと光り輝いていた。洞窟内の岩壁が発光していたのだった。
「ここは私と、長老のコシさんしか知らないんです。」
「そうか……綺麗だね。」
恐らくこれもスキルが関係しているのだろう。入口付近から想定したとしても、明らかに外観に合わない大きな空間であった。
「砂人様。私、本当は怖いんです。」
「怖い?」
「巫女として、今日まで生きてきました。訓練もいっぱいしたし、お父様より色んな勉強も受けてきました。そして、伝承の通り砂人様が現れ遂に儀式を行う。……ちゃんとできるか不安なんです。」
「キサちゃん……。」
「その、明日の儀式のために、一生懸命準備もしました。でも、でも私がもし失敗したら、そうしたら……。」
ポロポロと大粒の涙を流す。
「すいません、砂人様。私、一生懸命頑張ります。……行きましょう!」
気丈に振る舞うキサ。洞窟から出ようとする彼女を俺はよびとめる。
「キサちゃんは、砂神の事を信じているの?」
「?……えぇ!私達は砂神様の為にここにいますからね。」
「そっか……。それじゃあ頑張らないとね。」
「はい!」
アレが真実だとして、それを今の彼女に伝えられるだろうか。
だからこそコシは、今の今までそれをひた隠しにしてきたのだろう。彼ら部族の信仰する神がただの変異したネズミであり、自分たちが人身御供であるという事実を知れば、おそらく気が触れてしまう。俺には分からない感覚だが、信心とは心の根幹を担うものだろうから。
俺達は洞窟を後にする。
△ △ △
そして儀式当日。俺とキサ、コシの3人は降神の儀の場所へと立っていた。砂人、正確には土魔法に類する魔法を持つ者が必要とされるのは儀式の為の台座などをこの生きた砂漠から作り出さなければいけないからだった。……実際は他の人間でも作り出せるが、そこは変化した伝承。意味を持たせるために砂人という存在が出来上がったのだろう。
俺は台座と、台座の四方を囲むようにストーンサークルを生み出す。
儀式を執り行うのは日の照り付ける正午丁度。すでに太陽は登っており、じわりと嫌な汗が俺の衣服を湿らせる。
キサは緊張した面持ちで巫女装束に着替えており、暑さからなのか、緊張からなのか分からないがかなり汗をかいていた。反対にコシは今か今かと儀式を待ちわびている。
その他の部族の人々は降神の儀の性質上立ち入りを禁じられており、周囲の警戒役としてゴカ達数名が護衛としてかなり離れた場所に立っている。
「いよいよじゃなぁ……。砂人殿よ。決断はお主に任せる。」
「……アンタは?」
「なに、儂は抵抗させてもらおう。キサが嫌がっても、儂は何としてでもここで奴を討つ。」
既に覚悟を決めた目をしているコシから静かに魔力が揺らめいているのを感じる。あのミスリルワームよりも色濃く、そして音のない怒りが。悲しみが。
「さて、時間じゃ。キサ、よいか?」
「……はい。」
コシの合図と共にキサは台座の上に寝そべり、目を閉じスキルを発動する。
「【砂神祈祷】」
突如、砂漠全体の風が止み、急な静寂がおとずれる。俺やコシの息遣いが耳に届くほど、静か。自分の心臓の音が頭に鳴り響く。
大地が揺れる。立っているのもやっとな程の揺れが起きているのにもかかわらず、キサは目を開けることは無い。それどころか、彼女の横たわる台座周辺は砂ひとつ動いておらず、あそこが異空間にでもなってしまったかのような感覚を覚える。
横を見るとコシが獲物を待ち構える獰猛な目で周囲を警戒する。既に両手には魔法が展開されており、瞬く間に彼の持つ拒絶魔法が発動するだろう。
俺も魔法を展開していく。すると俺達の立つ地面が急速に盛り上がる。
「逃げろ!砂人!!」
コシの声とともに俺らは左右に飛び上がる。
鼓膜を劈く咆哮と共に現れたのは、ロックワームなぞ目では無いほど巨大なネズミであった。
前足は異常に発達しており、反対に後ろ足は退化しているのか前足の半分もない。身体中に多種の傷跡が残っており、両目は白く濁っている。
皮膚は腐っており所々から肉が見えている。それどころか、骨や臓器が表面に露出しており、そこからドロドロとした液体が流れ出ていた。
鼻に強烈な悪臭がひろがる。
腹から溢れ出ている腸などの内臓は意志を持つようにそれぞれが蠢いており、俺はそれがロックワームであることに直ぐに気がついた。
【巫女は何処だ!!!?】
前方の巨大な腐ったネズミが声を放つ。その声は最早爆音といって過言ではなく、周囲の砂が吹き飛ぶほどの衝撃であった。
俺とコシは言葉を発さない。
【おお、いるでは無いか!!!!巫女よ!!!何故我を眠らせた!!!!!】
怒り狂ったように喚く砂神。言葉を発する度に体から血液などが飛び散り、砂漠を汚していく。
【我々は真の愛を誓い合ったのでは無いのか!?!?なぜ……なぜ裏切った!!!】
今度は泣き崩れる。あまりにも情緒が不安定あった。困惑する俺とは裏腹に、コシは目を血走らせ、口からは血が滲んでいる。
「動くなよ砂人よ……。これは、今は儂の戦いじゃ。」
「……現れたな砂神……いやキカチマよ!!!!貴様をとうとう殺す時が来た!!!」
そう叫ぶとコシは真っ直ぐ走り出す。両手から魔力が飛ぶ。
砂神の頭部に衝撃が起こり、ゆっくりと体勢を崩す。
【!?なんだ!?何者だ貴様!?】
「貴様が……!!!貴様が愛を語るな!!!!」
コシは空気を蹴りあげ砂神の元へ瞬間近づくと、右手で殴りつける。痩せ細っていた腕はいつの間にかプロレスラーかのようにはち切れんばかりの筋肉がついており、砂神の頬を振り抜く。
血とヘドロが砂漠を汚す。何本か汚れた歯も落ちており、その大きさが砂神という存在の巨大さを物語っていた。
【思い出したぞ……!?その魔力、貴様あの時の!】
「儂は……俺はお前を殺す為に今日まで生きてきた!!!お前が……お前がミサを!!!!」
コシを爆発的な魔力が覆い、眩い光と共に周囲の砂を吹き飛ばした。砂神も思わず目を塞ぐほどの光。
光があけると、そこには俺と同じ、いや少し年上ほどの青年が立っていた。はだけた衣服越しに、心臓のある場所にぽっかりと穴が空いており、彼がコシであることを予想づける。
コシであろう青年からは恐ろしいほどの魔力を感じられていた。
【さては貴様が巫女を誑かしたのだな!!!我らの真の愛を邪魔しおって!!】
砂神がその前足を高速でコシへと振り下ろす。即座に避け、振り下ろされた腕を蹴る。蹴られた腕は簡単に折れ曲がり、体勢を崩した砂神は地に倒れ込む。砂埃が舞い、目の前が見えなくなるがコシは拒絶魔法を展開。空中に舞う砂を拒絶することで瞬時に視界を確保し砂神へと追い打ちをかける。
砂神とコシとの間の空間を拒絶し瞬間的に移動し、先程同様肥大化した両腕で手を組み合わせ、砂神に振り下ろす。衝撃と共に砂神の頭蓋がひしゃげ、白い眼球が飛びで血が大量に舞った。
コシの全身は既に砂神の血液とヘドロにより汚れており、それを腕で拭い再度構える。
【小賢しい……!!人間が!!!】
頭部が醜く潰れた砂神が叫び声をあげコシへと襲いかかる。腹部から腸のように飛び出ていたワームが一斉にコシに狙いを定め動き出す。四方を囲まれたコシだがワームの口元を蹴り、足元に魔法を展開し上空へ移動。
拒絶魔法を使うとワーム全てが口を閉じた。砂神は未だにコシへ対する罵倒を浴びせており、ワームを今度は鞭のように扱い攻撃をしかける。
最初は優勢のように見えたコシだが、砂神のワームを使った攻撃の速度が増すに連れ、防戦一方となっていく。
【巫山戯おって!!!我は!!神だぞ!!!】
「何が神だ!!俺達をここに縛り上げ!!人を喰らい!!!貴様は化け物だ!!!」
砂神の体が変化していく。潰された頭蓋や折れた腕は不完全に再生しており、歪な形を保持したまま傷が塞がっていく。
【これこそ……進化だ……。神にのみ許されし力なのだ!!】
コシは再び頭蓋を潰さんと殴り掛かるが、反対にコシの手が潰れてしまった。折れた腕でコシを薙ぎ払う。折れているとは思えないほど、強靭な腕に変化しており、防御虚しく「く」の字に吹き飛ぶコシだが、何とか体勢を保ち、キカチマへと向かう。
するとキカチマは大きな口から血液を吐き出した。コシは避けるが、片足に付着してしまう。
血液はコシの足につくと同時にその皮膚を、肉を焼き始める。見れば落ちた地面を溶かし焼いていた。
【神を恐れろ!!!崇めグァッ!?】
最後の言葉を言い終わる前に、砂神の胴体に岩の槍が突き刺さる。
「コイツを倒せば、キサ達は、あの人達は助かるんだな?」
「……あぁ。」
コシの返答を待たずして俺は走り出す。答えが否でも構わない。なぜ俺はここまで悩み、怯えていたのか。
俺が正しいと思ったことをする。
俺は今、キサを死なせたくないと思っているし、彼ら砂の民達を自由にしたいと思った。それで十分だ。
それに、目の前でお爺ちゃんがあそこまで頑張っているのに、俺が動かないのはおかしいだろ?
「コシ!!まだ立てるか!!?」
「舐めるなよ!!!」
コシの体についている魔核が割れるとコシの焼き爛れた足が時を巻き戻したかのように再生し始める。
俺達の声に呼応するように砂神、キカチマは叫びだす。俺らを取り囲むようにワームが現れ、俺らを今にも喰らわんと狙いを定めている。
ワームの1匹が俺の元へ突撃してくる。岩壁を作り勢いを殺すとワームを包み込むように壁を変形させ、そのまま頭部を潰す。
ワームの痛みも繋がっているのかキカチマは悲鳴をあげる。
後ろでは回復したコシが他のワームを蹴りで吹き飛ばし、魔法により首を切り落としていた。
【貴様ら……!!!!!】
キカチマが俺らを睨みつける。
「俺に殺せと期待しといて何ひとりで突っ走ってるんだ!?」
「いやぁ、ついつい興奮してしまっての。」
「お前とアイツにどんな因縁があるか……。後で聞かせてもらうからな!!」
俺達は背中合わせで依然として四方を囲むワームへと構えた。
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