第25話 砂神

「禁術本とは、世界中の禁忌とされた魔法陣や肉体改変の方法、真理や生物の生態が記されたものでな。儂が持つのはこの【命の書】じゃ。」


「……他にもあるのか?」


「うむ。正確な数は把握しておらんが、儂が曾祖父から聞いた話だと他に【体の書】、【魔の書】、後は変わり種じゃと【舌の書】があるそうじゃ。」


「…………それでこれは。」


「命の書、じゃな。このネズミが描かれておるじゃろう。これがお前の知りたい「砂神」じゃよ。」



 禁術本には、腕が肥大化し充血した目をしたネズミが描かれている。



「これによると砂神とよばれるアレは……【キカチマ】と呼ばれるネズミの1種だそうじゃ。偶然、禁術により究極の環境適応能力を備えたネズミ。普通のネズミが行う変わったルーティンがまさか禁術となるとはのぅ。面白いもんじゃ。」


「しかしこれが何故神と信奉されているんだ?」



 禁術本を閉じるとコシはゆっくりと俺を見る。



「そりゃあ勿論強いからじゃよ。」


「砂神はこの砂漠に適応し、日光と飢餓、脱水へ対応した進化を遂げた。……しかしここは普通の砂漠とは違う。無限に変化し続ける生きた砂漠じゃ。砂漠が変わると同時にまた適応し、それを数百年と続けた結果、しぶといただのネズミは神と見紛う程の力を手にした訳じゃ。」


「そして儂らの祖先は砂神を発見し、討伐しようとした。しかし、それが間違いの始まりじゃった。」


「砂神は人に適応したのじゃよ。」


「数百年という歳月は、砂神を手の付けられない、真の神へと変貌させたんじゃ。祖先が持つスキルを1つ、また1つと適応、そして無効化していき、最終的にほとんどが砂神の胃袋じゃ。」


「何とか逃げ、生き残った僅かな彼らが年老い、子を産んでいった時あることが起こった。それが……。」


「巫女……。」


「左様。【砂神祈祷】は砂神を呼び寄せ自らを贄とすることで神を数百年眠らせることの出来るスキルなのじゃ。」



 納得がいった。ここ数百年巫女が現れていないのにも関わらず信仰が根付き過ぎているし、伝承の内容も都合が良すぎる。神とは人に寄り添ったものではないと俺は考えていた。もし神がいるなら、俺はこの世界にいないはずだから。



「じゃあ砂人とは?俺も餌になるのか?」


「いや。これは所謂伝承が少しまがって伝わった為に出来た異なる内容という奴じゃ。ほぼ意味はない。」



 その存在を鎮めるという裏の目的のために彼らゴナイ族はこの生きる砂漠に住み続けているそうだ。他にも部族は多数あり、そのどれもが砂神への対処スキルを持つらしい。



「逃げようとは思わなかったのか?」


「そりゃあ最初は逃げようとしたさ。しかし、砂神のスキルがそうさせない。」


「スキルを持っているのか!?」


「うむ。砂神の持つスキル【砂漠の迷宮】により、我々全部族はこの砂漠から出ることはできんのじゃ。」



 スキル【砂漠の迷宮】。それは指定した砂漠を迷宮へと変化させ、支配することができるスキルだそうだ。昔は生きた砂漠とはいえ、終点はあったが砂神がスキルを手にするとそれが消え、条件を満たさない限り脱出は不可能となった。

 脱出条件も毎回異なるらしく、ほとんど逃げ果せた者はいない。



「しかし、その反面恩恵もあったのじゃ。お主も見たであろう。この砂漠に不釣り合いな草原を。あれらも毎回ランダムに生まれるのじゃよ。」



 そうして彼らは生き続けてきた。砂神を鎮めるために、抜け出すことの出来ないこの砂漠で、数百年、世代を考えればより昔から。



「そして、お主のような存在が現れたのは、実は初めてなんじゃ。儂はお主に希望を持っとる。」


「……なんの希望だ?」


「そりゃあ勿論。砂神を殺してくれることだよ。」



 優しく微笑むコシ。



「儂はこれまで何人も、何人も巫女として贄を捧げてきた。それが義務だと。砂神を世に解き放てば取り返しのつかない事になる。その大義のための犠牲だと言い聞かせてきた。」


「しかし、お主が現れた。」


「……あのな、アンタが俺に何を期待してるのか知らんが、俺に出来ることは多分ないと思うぞ?」



 先程とは違い、柔和な笑みを浮かべたコシが俺の目を真っ直ぐ見つめる。



「この砂漠に他の禁術使いが現れたのは初めてなんじゃよ。」


「!?」


「安心しろ。……儂も禁術を扱っておる。……いや、扱っておったわ。」



 そう呟くとコシはローブを脱いだ。すると老人だからというにはあまりにも衰弱しきった、肉はほとんど削ぎ落とされ、皮膚は血管に張り付きその形が浮き彫りになるほど痩せ細った肉体が姿を現した。

 肉体のあちこちには吹き出物のように紫に輝く球体が埋め込まれており、心臓部にはぽっかりと大きな穴が空いていた。



「儂の持つ禁術本は命。生命の強化と生態の把握、生物の改造などが載っておった。儂は生まれながらに心臓に病を持っておっての。余命僅かと言われた儂は禁術に手を染めた。」


「簡単な話じゃ。1度だけ、儂の持つスキルを神域にまで昇華させたのじゃよ。拒絶魔法により、死を拒絶した。その結果、心臓を失った。」


「だが、それで終わりではなかった。」


「代償として、失った心臓の代わりになるものが必要じゃった。様々な物や機械を試したがダメ。そして行き着いたのが……。」


「魔核か。」



 コシは頷き、体に埋まる表面がざらついた魔核を手に取る。体に埋まっていた魔核は抵抗なくポロリと取れ、コシの手におさまると塵となり消えた。



「しかしそれも限界がきておる。……恐らく儂はもうすぐ死ぬじゃろう。故に、お主に期待せざるをえんのじゃ。」


「どうか、砂神を、【キカチマ】を殺してはくれんか?」




△ △ △




「あ……あの!!砂人様!助けていただきありがとうございます!」



 テントを出ると、花束を持ったキサが頬を赤らめ待ち構えていた。手足には包帯が巻かれており、先程までの怪我の大きさがうかがえる。

 キサは恥ずかしそうに俺に花束を渡す。花束には砂漠では見かけないような真っ赤な花が束ねられていた。



「ありがとう。怪我はどう?」


「いえ!もう平気です!私、結構丈夫なんですよ!」



 それからキサに案内され、先程コシがいた場所より少し小さいテントへ招かれる。

 そこには手足を縛られた状態の、先程キサと共にいた男が横たわっていた。



「おいお前ら離しやがれ!!!クソが!!」



 喚きながら逃げ出そうともがいているが、その度に彼を縛る縄がきつくなっていく。これはキサの父、ゴカのもつスキル、【相反する自由】による効果だ。逃げ出そうと力をいれて動くほど、より強く縄は締まる。

 スキル保有者が対象を拘束した際、対象の行動により発生する事象を反転させるスキルだ。故に逃げ出そうと画策すればするほど拘束は強まる。捕まった者は大半が逃げ出そうと考えるため、その反対の考えに及ぶ者はほとんどおらず、強力なスキルである。



「この者は聖域へと侵入し、キサを脅迫し我らが住処を襲おうと企んでおりました。」


「うーんと、その辺りは貴方々で対応してくださいよ。……俺はあくまで部外者なんでね。」


「かしこまりました、砂人様。」




△ △ △




「それでキサは巫女なんだ。」


「はい!……ですので砂人様。3日後、この生きる砂漠にて降神の儀を執り行います。どうか、参加していただけないでしょうか?」



 キサが縋るようにこちらを見る。



「……いいよ。」


「ありがとうございます!」



 顔が一瞬で明るくなる。

 彼女から頼まれなくても、俺はその儀式に参加するつもりであった。コシから聞いた話、そして禁術本に記される内容が事実であれば、3日後彼女は砂神と呼ばれるネズミに食われて死ぬこととなる。

 どうにかそれを回避する方法を探さなければいけなかった。



「それまで、この辺りを案内してもらえるかな?」


「喜んで!!砂人様!」



 そうしてキサにゴナイ族の住処周辺を案内してもらう。

 この生きた砂漠には違和感を覚えるほど青々とした草原がちらほらとあり、そのどれもに湖があった。

 湖の水は全く濁っていないにも関わらず、中には様々な種類の魚が自由に泳ぎまわっている。これらの魚は厳密には魔物に属されており、この湖内、正確には砂神から溢れ出る微量の魔力を主食としていた。この魚達は迷宮におけるモンスターの様な立ち位置らしい。

 この生え茂っている草ですら、砂神のもつ【砂漠の迷宮】スキルにより生み出された産物である。


 そんな事を知らないキサは輝く瞳で俺を見つめる。



「……凄いですよね。こんな美しい風景が、生きた砂漠のここに産まれるのって。……これも全て砂神様のおかげなんです。」


「そして、砂人様がいらした。やっと私の巫女としての役目を果たすことができます。……そうだ!砂人様は砂漠の外をご存知なのですよね!お話を聞かせてくださいますか!?」



 笑顔で話すキサ。



「キサは、ドラゴンって知ってる?」


「ドラゴン?何ですかそれ?」



 俺は魔法を展開し、岩を生み出し形をドラゴンに変えていく。ものの一瞬で俺の掌におさまるほどのドラゴンの彫刻が生み出される。



「一体なんですかそれは!?!?」



 意識をドラゴンに集中させ、キサの周りを旋回させる。口から砂のブレスを放ち、キサの掌へと着地する。


 そこからドラゴンの他に俺の見た事のある魔物や、地球にいる動物、マルトルの街の建物なんかを魔法で再現していった。

 いつからか他の人々も見に来ており、まるでショーのようになっていた。その殆どが俺の魔法を目を輝かせてみており、このゴナイ族がいかに外界に出ていないかを実感させられた。そして彼らの顔を見る度に心に痛みが走った。

 彼らは砂神を鎮めるためだけにここで生きる部族であり、決して外に出ることは出来ない。仮に出ようと考えても、砂神のスキルにより戻されてしまうのだ。

 そして最前列にいるキサは、3日後に砂神に喰われてしまう。その事実を知らない彼女、そして彼らの無垢な顔を俺は正面で見ることは出来なかった。


 俺の身の丈ほどの虎を生み出し、咆哮する。テントが衝撃で震え、思わず皆耳を塞ぐ。

 おさまると同時に巻き起こる歓声。



「凄いです砂人様!!!」



 その後ろで無表情なキサの父、ゴカの顔がやけに心に残った。

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