第23話 聖域
果てのない砂漠を1人の旅人が彷徨っていた。
男の名はバン。彼は今は亡きアラゾニア王国の誇り高き兵士であった。順調に出世街道を渡り、いずれは騎士団長をと夢見た矢先、国が戦争に大敗し命からがら逃げ出した。
他の国へ逃げ込み、新しく人生をやり直そうとしたが、世界はアラゾニアの脱走兵を犯罪者として指名手配しており、例に漏れずバンもその1人であった。
逃げ場を失った兵士達はそれぞれが最後の砦へと向かう。その中でバンは禁断の楽園を目指し砂漠を彷徨っていたのだった。
この砂漠には危険な先住民の噂があったが、自分は元とはいえ国に仕える兵士、言わば戦闘のプロフェッショナルであり兵士時代に隠していたスキルを使えばそうそう負けることはないと考えていた。
△ △ △
照りつける太陽光がバンのマントからはみ出た皮膚をじりじりと焼きつける。かれこれ数時間歩き続けているが、一向に禁断の楽園への手がかりを掴めずにいた。それどころか先住民の痕跡すら見当たらないのである。
引き返すには進みすぎており、そのまま歩き続ける。
すると目の前に突然、この砂漠には不釣り合いな青々とした草原が姿を現した。奥には湖がみえ、反射的にバンは湖へ走り出す。草をふむ感触が、これが現実であることを裏付けていた。
湖の水をすくい、暴れるように飲む。体全体に染み渡るように、喉が潤っていった。無味であるはずの水に甘味を感じ、涙を感じる。
「何者だ。」
酷く訛った共通語が後ろから聞こえる。振り向くとそこにはマント姿の女が剣をこちらへ向けていた。
「ここは聖域。貴様のような部外者が立ち入って良い場所ではない。」
「聖域……?もしかしてアンタこの砂漠の民か。」
「だったらどうする。」
「住処まで案内しろ。」
バンは女に気付かれないように後ろ手でナイフを構える。
「断ったら?」
「なに、断れねぇくらい頼むからよ?」
そう笑うとバンは女へと襲い掛かる。予見していたように剣でナイフをいなし、弾き飛ばす。バンと女は互いに距離を取り、出方を伺う。
この一瞬で女、バン、両方とも武の心得があることを把握し、戦闘のギアをあげる。
先に動き出したのは女であった。名をキサといい、砂漠の、ゴナイ族族長の娘であった。砂漠の巫女として授かったスキル【砂神祈祷】をもち、族の狩人達と同等に戦えるほどの戦闘技術をもつ彼女は初めての侵入者に対し余裕の表情を見せていた。
この男も戦闘訓練を受けているのだろうが、この私に勝つことは出来ない、と。
侮りとはまた別な、過剰な自信。現に彼女はゴナイ族では上位の戦士であり、他の砂漠の民族との対抗戦でも高い成績をおさめていた。しかし彼女には圧倒的に足りないものがあった。
そうそれは……。
△ △ △
美しい湖の近くに2人の男女が睨み合っていた。片方は右の肩から深い切り傷が見え、息も絶え絶えである。顔色の悪さからかなりの出血が見てとれ、その他にも顔や手足にも浅くはない切り傷やあざが無数に見られた。背中にはナイフが深深と刺さっている。
先程まで悠々と握られていた剣は中腹より不自然なほど綺麗に折られており、今は遠くに投げ捨てられている。
一方はナイフを両手に嘲笑を浮かべている。本来握られていたのは1本のはずだが、気付けば2本、3本と数が増えていき、気付けば無数に増殖していた。
これこそバンの持つ隠しスキル、【誤認された手札】である。手に持った物を相手が視認し、それが相手の死角あるいは懐などの見えない場所に隠れた際に、それを無くすか増やすことの出来るスキル。
バンはキサにナイフを見せつけ格闘。それによりスキルの発動条件を満たすと簡単にナイフを弾かせ、手元から離した。その後落下位置を確認し自らでナイフをキサの死角にする。するとバンの掌からナイフが現れるのだ。
弾いても弾いても現れるバンのナイフ。無限にも思える攻撃と、バンのもつ戦闘技術により1つ、また1つと切り傷が増えていった。
「お前、戦闘系のスキル持ってないだろ?それじゃあ俺には絶対勝てねぇ。」
勝者の余裕というのだろうか。すでにキサを警戒することなく獲物をいたぶり始めているバンは、反応を待つことなく1人語り始める。
「今思えば俺は本来あんなチンケな国でおさまる人間じゃあ無かったんだ。俺の強力なスキルは知られると色々不都合でな。このスキルの能力を知る人間には効果が適応されないんだ。」
「お前は自力で能力を理解したようだが、少し遅かったな。」
バンがナイフを投げるとキサの足に深く刺さる。万全の状態であれば避けることも出来たが、今の手負いのキサは意識を保つことで精一杯であった。
「さてそろそろ言いたくなったか?住処。」
「…………誰が…………言うか…………!
「まだ強がるか。」
キサの腹部を蹴り転倒させる。抵抗すらできないキサは力の流れるまま吹き飛ばされる。全身を襲う衝撃により傷口からさらに血液が流れ出している。
自分がこんなところで死ぬのかと考えた時、キサに浮かんだのは後悔であった。明らかに自分の油断が招いた結果であり、軽率な判断であったことを悔いていた。
侵入者を発見した時点で仲間に報告し、油断している隙に拘束するべきであったし、それが本来のマニュアルであった。
最後にせめて父に会いたかった。そんな心残りを残し痛みに体を委ねる。
閉じゆく眼の最後には下卑た顔でナイフを振り下ろすバンの顔が見えていた。
ナイフが心臓を貫かんと体に近づく瞬間、大きく大地が揺れる。聖域内の湖から水が溢れ出し、場所によっては地割れが起きていた。
衝撃に目が覚める。キサが産まれてこの方、1度も体験したことの無い現象が彼らを襲っていた。
「テメェか!?!?何をしやがった!?!?」
焦るバンを余所にキサはこの現象に見蕩れていた。砂漠の民である彼女、彼女達の民族は生きる砂漠を信奉しており、砂漠、ひいては大地の力を神聖視していた。その大地が見たこともないほどに動き出している。それはまさに神が動き出す、神話の一幕であった。
そして湖から爆発が起き、中の水が周囲に弾け飛ぶ。巻き起こる衝撃波はキサとバンを吹き飛ばし、地面を荒らす。
辺りを大きな土煙が覆った。
(一体なんだこりゃ……!?魔物か何かか!?……)
警戒を続けるバン。
煙がゆっくりと晴れると、少し前まで湖があった場所は完全に干上がり土だけになっていた。その中央に、フードを深く被り質素なマントを羽織った、バンより少し小さめの男が姿を現した。
外見だけでいえばあまり特徴的でなく、見てもすぐに忘れてしまうような容姿をしている。しかしそんな容姿とは不釣り合いに、太陽光を浴びて鈍く煌めく銀色の右足が不気味なほど美しかった。
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