第22話 契約
完全な白。自分の影すら見当たらない、どこが地面でどこが壁か。魔法陣により発動した魔法により、俺の周囲が認識が狂いそうになる真っ白な空間に変わっていた。
見える範囲すべて白く、建物どころか草木の一つ、いや埃すら見当たらない。魔法を使おうと魔力を紡ぐがそれは叶わなかった。
自分の体にある魔力がない、厳密に言えば魔力を感じることが出来なくなっていた。俺の唯一と言っていい武器を奪われ、焦りが襲う。どうやら先程の魔法陣は俺の魔力をすべて吸ったのだろう。
気付き右足に触れる。白い空間でも輝きを保つミスリルの右足からは、自分のものでは無いが慣れ親しんだ魔力を感じた。やはり右足は俺という個とは別なのだろう。いざと言う時にこのミスリルを使って対処しなければ。
慎重にあてのない探索を始めるが、終点はすぐ目の前に現れた。
【久しぶりの客人だから舞い上がってしまいましたわ?】
最初からそこに居たかのように、俺の目の前に見上げるほど大きな女性が胡座をかいて座っていた。
この白い空間には似つかわしくない黒いローブを身に纏い、肌は紫色。誰もが振り向くであろう豊満な肉体をはだけさせ、俺に向けて妖艶な笑みを浮かべていた。俺を見る目は白く光り輝いており、そこから先程司祭から感じた力を感じる。
【ようこそ私の空間へ。歓迎いたしますわ?土田晶さん?】
そう言い放った彼女は優しく微笑んでいたが、俺はその笑みに恐怖を感じていた。
「…………っ!?」
声を発そうとするがまるで喋り方を忘れたかのように、声が出ない。喉まででかかる疑問と突如奪われた発声への疑問が混ざり合う。
ポンと手を叩いた彼女は得心いったように呟く。
【私としたことが、久しぶりのことですので許可をだすのを忘れていましたわ!】
手で何かを払うと、俺の喉を堰き止めていたものが壊れ急速に言葉が溢れ出す。
「お前は何者だ!?ここは一体!?」
【矢継ぎ早に話されても1つずつしか答えられませんわ?】
「…………ではまず、貴方は?」
【あら汐らしい。ですが言葉遣いをなおしたことは得点ですわ。 】
【私は知の女神アナリシア。貴方は土田晶さんですわね?】
「ええ……。ここは一体どこなんですか?……俺は確かにあの教会にいたはずですが。」
【ふふ、貴方はあの司祭より受け取った本を開きましたね?それによりこの神界への転移魔法が起動したのです。】
「神界……。」
【貴方の望み、確かにきき届けました。それでは貴方には3つの選択肢を与えます。当然デメリットはありますが、どれも今後のあなたを助ける大きなものとなるでしょう。】
女神アナリシアの前に異なる色を放つ3つの光の玉が現れる。1つは紅く、1つは緑で、もう1つは黒。
【紅い光は勇気。今私の提案を断りこの空間を帰るという選択肢ですわ。神からの慈悲を断つ勇気、蛮勇とも呼ぶそれを私は尊重します。貴方の持つスキルを1つ上に進化させましょう。】
【緑の光は慈愛。彼女を救えなかった貴方の悲しみ、友人への感謝を尊重します。貴方の持つ魔力を増幅させましょう。】
【そして黒い光。それは……。】
ここで俺はここに来た理由を思い出す。禁術本に記されていた内容、それは……。
【悪魔としての契約ですわ?】
白い空間が瞬く間に漆黒に変わる。全ての光を吸収し、ムラのない黒が全体に広がる。
光源がないはずなのにはっきりとした姿のアナリシアが先程とは変わり獰猛な笑みを向けている。彼女から先程感じた神聖さは失われており、ただただ大きな力を感じた。
【禁術本がまだ現存していたとは驚きでしたが、貴方のように契約を求める人間が久しぶりに来たのは僥倖ですわ!】
興奮する女神、もとい悪魔は恍惚の表情を浮かべ興奮した声をだす。その声にはそれだけで俺の数十倍は魔力が含まれており、意識を保つので精一杯であった。
【あらあら、貴方、禁術本をお持ちなのにまだ人としての皮を破れておりませんのね?勿体ない。これまでの所有者はすぐにお望みの力を手に入れ、今程度であれば歯牙にもかけませんでしたのに。】
肩透かしされたように残念そうな表情を浮かべる悪魔。
確かに、禁術本に記されているものを片っ端から実行に移せばすぐにでも魔王を倒し、人々を守る力を得られるだろう。しかし、それに対する代償があまりにも大きすぎた。
俺という贄は出せるが、禁術の大半が自我を失い暴走するものばかりであった。守るべき人々をこちらが襲うのでは本末転倒である。故に俺は人の身を何とか保ちながら強くならなければいけなかった。
【……それで、貴方は私に何を差し出せる?】
真っ黒に染まった掌を差し出す悪魔。反転し純白となったローブを纏う彼女は今にも俺を喰らわんとこちらを見ている。
【そうですわね……。貴方の人格が残り、尚且つ暴走せず人の形を保ち……。注文が多いですわ!】
こちらの意図を察したのか、それとも俺の思考が筒抜けなのか妥協案を探し始める。プリプリと怒る素振りをみせるがその内に垣間見える濃厚な魔力により可愛らしさは微塵も感じられない。
【それなら脳はどうです?】
「……脳……?」
【テレビとかでよく見ませんか?人間は脳の数パーセントしか使用できないという話を。そのリミッター、外して差し上げますわ。】
近代で否定された伝承をあげる悪魔。一般的知識になりつつあるそれを否定する論文もでている事を知る俺は疑問を投げつける。
【心配しないで!言いたいことはわかりますわ。ものの例えですわよ。……貴方の脳を10倍にしてあげます。代償は……いえ、これについては代償は要りませんわ。キャパを超えた脳の負担は結局貴方に降りかかるのですもの。】
端まで彫刻のように洗練された指で音を鳴らす。
頭痛と吐き気、目眩などが一緒くたにやってくる。脳みそに指を入れられかき混ぜられるような、傷口に直接触れられるような、痛み。
今までの経験からか意識を失わないことが寧ろ足枷となり終わりのない痛みが俺を襲う。
【……ふぅ、まぁこんなところでしょうね。】
痛みが徐々にひく。それと同時に、今までに感じたことの無いほど頭がクリアだった。
【試しにゴーレムを作ってみては?許可致しますわ。】
体の中に戻る魔力の感覚。目の前には大きな岩が現れていた。悪魔の言う通り魔法を展開し、岩を使用しゴーレムを作る。
魔法の展開時もすぐに魔力の動かし方や理論が浮かび上がり、今まで以上の速度で生み出すことが出来た。そして極めつけは……。
目の前にいる10体のゴーレムである。ここに来るまでの間、訓練は欠かさず行っていたが同時に操れるゴーレムは4体であり、それ以上となれば思考が追いつかなかった。それが今、10体のゴーレムを余裕を持って、それぞれに違う動きを指示しながらリアルタイムで操作することが出来ている。
【貴方の脳を異空間に変化させましたの。異空間内には私が変化させ10倍、いやもっと巨大になった貴方の脳のうち、頭蓋に入りきらない部分がパンパンにつまっていますわ。】
【けど、貴方の体は脳の大きさと比例していませんわ。その脳をフルに活動しようとすればその他の部位に不備が起き、最悪の場合死に至ります。そこはご注意を。】
【それでは改めて契約をしましょう?今度は貴方が決めて下さる?】
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