砂神編
第21話 放浪
容赦なく照り続ける太陽光はジリジリと俺の肌を焼いていく。終わりのない砂漠の水平線は自分の今いる場所をぼかしていく。今前に進んでいるのか、それとも後ろに下がっているのか分からなくなるほどの、猛烈な暑さ。
あれから俺は修行のためマルトルの街を離れ、旅を始めた。
幸いなことに依頼で貯め込んだ金は十分あり、違う街、国へ移ることも可能であった。
そして今俺はオペラシー王国を離れ、今大陸の西へと向かっていた。目的地は「禁断の楽園」である。
禁断の楽園は今俺がいるこの砂漠のうちどこかに存在するオアシスのことをいう。終わることの無い、生きた砂漠とされるここは、日により姿形を変化させるらしい。
この砂漠から生きて帰った者は少ない。それは先住民の存在であった。噂程度ではあるが、この砂漠にははるか昔から住む人々が旅人を襲っているそうだ。
危険を承知であるかどうか分からないオアシスを探すのには理由があった。
「……そろそろかな?」
手元の本に視線を落とす。禁術本に、禁術の楽園についての記載があったのだ。
●悪魔との契約には悪界と現世の境目の薄い場所を見つけなければならない。
●悪魔との契約はまず悪魔に認められる必要があり、契約に至る際は自らの何かを差し出さなければいけない。差し出したものと、契約で得られるものは決して等価ではない。
●現在発見されている境目の薄い場所は、〜〜〜……〜〜〜禁断の楽園〜〜〜……。
禁断の楽園は恐らく存在する。そして俺は悪魔と契約して新たな力を得ようとしていた。
今の俺はどんな手を使っても強くなろうという覚悟をがあった。
スクイーの死は、未だ夢見心地な俺を醒させるにはあまりにも大きすぎるきっかけだった。
ホランドと話した後、俺は禁術本を詳しく読み進める。その中で、今出来ることはこの悪魔との契約であった。
△ △ △
禁術本には禁断の楽園への行き方が大まかであるが記されていた。
その記載の通りに砂漠を進んでいく。僅かであるが印が残されていた。それらをたよりに歩みを進める。
時折痛覚が無いはずのミスリルの足に痛みを感じた。戦闘の際の足枷になると困るため、どのようにすれば痛むのかを確認していく。
自分の脳の指示通りに動く右足。しかし魔法により動かした方が楽ではあった。
そこから1時間ほど歩いただろうか。本に記されていた場所に到達した途端、強烈な砂嵐が巻き起こる。自分を守るように魔法を展開し殻を作るよう周囲に壁を生み出す。
壁がしばらく揺れ、静寂が訪れる。壁を壊し外へ出ると、先程とは違う景色が目の前にひろがっていた。
「これが禁断の楽園…?」
そこは楽園と呼ぶには廃れていた。眼下にはすでに数百年は経とうか廃墟が連なっており、人どころか、生命の気配すら感じられなかった。
地魔法によりこの場所の広さを認識しようと魔力を流すが、その全てが地面に溶けてしまう。この場所にある物質全てが高密度の魔力で生み出されているようで、俺が扱う魔法は全て弾かれてしまった。
魔力による物質の形成。それはまるで魔物のようだった。
辺りを探索する。廃墟内は砂埃で覆われており、歩く度に靴の中に砂のザラりとした感触が伝わってくる。それらの砂でさえ恐らく俺の倍以上の魔力によりできており、空間内に漂う異様な雰囲気に魔力酔いに近い感覚が俺を襲う。
恐らく民家であっただろう廃墟の中に入る。そこは食卓を囲んでいたのか、テーブルの上には皿やフォーク、コップなどが並べられていた。椅子は人が座っていたかのようにそれぞれズレて置かれ、誰もいないはずのそこに家族を幻視する。
次に入ったのは店屋らしき場所だ。風化した果物が並べられており、上には砂がかかってほとんど見えなくなっている。
果物の1つを手に取る。すると一瞬みずみずしい鮮やかな色合いに変わった気がした。
この場所に来てからどこか不可思議な感覚に襲われていた。初めて来たはずなのにどこか懐かしい、明らかにかなりの時間が経っているはずなのに今も生き続けている、そんな感覚を俺は覚えていた。
△ △ △
恐らくこの廃墟群の中心だろう。教会の前に立つ。周りの建物とは打って変わってここだけは新築同然に輝いていた。
今までとは全く異なり、魔力を一切感じない、いや感じることが出来なかった。それに恐怖を感じる。しかし、ここに来て歩みを止めるわけにはいかない。覚悟を決めて扉を開け、中に入る。
教会の中は非常に綺麗で、掃除したばかりのように埃一つ落ちていなかった。
俺が教会内で歩く度に、足元に少量の砂が生まれては塵となり消えていく。それは魔法に似た気配を感じさせる。
声が聞こえる。俺が近づくと、横にあった告解室から微かに人の、壮年の男性の声が聞こえてきた。
人の気配を感じないはずのそこから発生する声に幽霊などを想起したがここは異世界。幽霊の一つや二ついるだろうと思い直し扉をあける。
信者の座る部屋には人は見えないが、司祭のいるべき場所より変わらず声が聞こえる。
【お座りなさい】
明瞭で、有無を言わせないが慈愛を感じる嗄れた声が聞こえる。声のとおりに椅子に座り、男の次の言葉を待つが、話しかけてくることは無い。
ここは告解室。自らの罪を告げ、赦しを乞う場である。司祭より話しかけられることはないのだろう。しかし俺は何を言えばいいのだろうか。
困惑する俺を見兼ねたのか、優しげに声が頭に響く。
【今、貴方は私を通じて神より見守られています。神に全てを打ち明けなさい。】
神。この教会がどこの宗教のものなのか、そもそもこの世界において神とはどんな立場なのか考えてもいなかった。それほどに俺は信心というものがない日常を送ってきたからだ。
しかし、この司祭の言葉から確かに大いなる存在の息吹を感じる。それは魔力といううちに秘めるモノとは全く異なる、まさに神威。
ぽつりぽつりと、俺はこの世界に召喚されたこと、冒険者としての日常、そしてスクイーの死。なぜ俺がここにいるかを、まとまりの無い頭に浮かんだ言葉を紡ぎ発していく。
【神は貴方をみています】
突如告解室の仕切りが塵となり消え、声の主が姿を現す。
黒いガウンを身に纏い、片手には1冊の白い表紙の本を携えたそれは俺と同じくらいの身長の骸骨だったが、俺にはそれが白髪のふくよかな、瞳が青色の男性と認識していた。
思わず息を飲む。
骸骨はすぐに音を立てて崩れていく。地面に落下した骨は接触と同時に仕切り同様塵と化し、先程まで着ていた祭服と、本だけがその場に残された。
本を手に取り、埃を手ではらう。表紙には何も描かれておらず、少し不気味なほど白いソレは俺に読まなければならないという強迫性を訴えていた。
ゆっくりと本を開く。すると目の前に掌ほどの魔法陣が展開されていく。
「…っ!?しまった!」
その魔法陣が含む魔力はあまりに膨大で、この空間にある魔力全てを使用していた。形の保てなくなった物質が崩れ、それらが急速に魔法陣へと吸収されていく。同時にどんどん陣は大きく、そして高密度に変化していく。
これによって引き起こされる魔法がどれなのか、陣から読み取ることは出来ない。全く知らない言語により構築されているそれから生まれる文字の羅列は実体を持ち、俺の手足を拘束する。
逃げようと魔法を展開するが、周囲の魔力が吸収されるのと同時に俺の展開する魔法も分解されていく。まさに八方塞がりであった。
そして展開し終えたのだろうか、陣の動きが止まる。
次の瞬間世界が白く変化した。
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