魔之書編

第41話 事後

 未だおさまらない土煙が視界を文字通り曇らせる。腐臭と焼け焦げた嫌な香りは街全体を覆い、今も尚人々を不安へと誘っていた。


 サキノアの街は壊滅の2文字以外では表現出来ないほどに、凄惨に、執拗に破壊しつくされていた。街の人々の多くは突如現れた謎の存在に食い尽くされ、遺体すら残らず。

 原因とされているアゴイニア学園はサキノアよりももっと悲惨なものであった。教師、学生、警備。そのほとんどが何かに食い散らかされたように手足は千切れ、頭蓋は粉砕され臓物が辺りを汚していた。


 偶然近くの街にいたXランク冒険者が辺りを探索すると、地下にて怯えながら隠れる学生達を発見する。



「君達、大丈夫かね?」


「あ……あいつは…あいつはいないのか!?」


「あいつ?」



 冒険者が見つけた時には学生達は錯乱状態にあり、意識が明瞭になるまでにひと月ほどの時間を有したのであった。


 しかし人とは強い生き物であった。復興は速やかに行われ、学生達が正気になるまでに街の大半は修復されていた。

 当然学生達が正気を取り戻したのだからギルドの上層部やサキノアの街を統べるミゼル王国の兵士たちは彼らに問いかける。何が、誰がこの惨劇を繰り広げたのか。

 しかし生徒達は1人を除き口を開くことは無かった。



「それで、マケドイ・スントル殿下。貴方は正体をご存知だと?」



 訝しむように問いかける。



「無論だ。あれは、アゴイニア学園が生み出した怪物なのだから。」


「というと?」


「学園を破壊し、私は見ていないが街を壊したのはあの学園の生徒、ミレーナと呼ばれる平民なのだよ。」




△ △ △




「それでアキ、あの子は。」


「あぁ。死んだよ。……どうやら肉体の限界を超えたらしい。」



 俺の目の前で目を充血させる男は静かに事の顛末を語る。最後に会った時と同じ、いやそれ以上に消沈していた。

 どうやら先程の化け物、いや少女はアキの知り合いらしい。詳しい関係は聞けはしなかった、いや聞けないだろう、こんな姿を見せられては。


 スキルの暴走。強力なスキルをもつ者が陥るそれは世界的に見てもかなり稀有な事例だった。

 今回の少女、ミレーナというらしいが、彼女の場合は生命を喰らう事で肉体を変化させるスキル。恐らく許容限界を超えるほどに喰らい続けたのだろう。最後はアキを食べようとして爆発したらしい。


 再びアキをみる。俺とカティがミレーナを追いかけた先の森の中で肉塊に縋り付き泣き崩れていたコイツを見つけた。その時はかなり憔悴しており、目は充血し顔は腫れていた。

 

 アキの力になってやりたい。こいつはかなり不安定な存在だ。どこ出身かも知らない。人あたりはかなりいいけど仲のいい人間もあまり見たことがなかった。


 アキは異質だった。ホランド程のレベルともなれば、ある程度相手の力量を推し量ることができる。最後にアキと出会った時はまだ分かっていたが、今は全く底が見えなかった。短期間で、これほどまでに魔力や戦闘経験、そして得体の知れない何かを獲得する、というのはありえない話だ。


 だからこそ、俺は今のアキが不安定で仕方がなかった。



「…なぁアキ、俺達と一緒にちょっと旅に出ないか?」


「……旅?」


「あぁ。俺達はこれからサリマ王国に行く。あそこで近々デカいオークションが開かれるんだ。…こういうのって言い難いけどさ。気分転換にもなると思うんだ。…どうだ?」



 気分転換とは名ばかりに、今のアキは誰かがついてやらなきゃいけない。自暴自棄になるかもしれない、どうなるかもわからないのだ。目の届く所にいてもらいたいというのが本心だった。


 暫しの沈黙の後、アキが口を開く。



「……行くよ。…ありがとう。」


「よっしゃ!善は急げだ!」



 ホランドとカティは顔を輝かせるとアキの手を引き冒険者ギルドへと向かう。サリマ王国へ向かう馬車の護衛依頼を探しに向かった。




△ △ △




 地下深く。絢爛豪華な城下町の下には、それとは真反対の陰鬱とした雰囲気が漂っていた。


 全身を鎧で包んだ兵士の1人が地下へと降り立ち、牢屋の中の住人に配給食を渡す。給食といっても王城の残飯であり、それも排泄物や何やらが混じった、本当に流れ着いたカスだけが配られるのだった。

 兵士は顔を顰めながら牢屋の前に置く。


 本来であれば見たくもないソレを、牢屋から伸びた手は勢いよく掴み取り、むしゃむしゃと食べ始めた。


 飯とも形状しにくいそれをがっつきながら食べる牢屋の住人は、長い耳に緑色の長髪、ミイラを彷彿とさせる程にやせ細った、「エルフ」であった。

 兵士は改めてそのエルフを見やる。ここに幽閉される前は息を飲むほどの美人で気丈な存在だったが、飢餓か姦淫か。いつしか目から光は消え、今や糞尿ですら喰らうほどに衰弱していた。



「…そろそろ貴様も売りに出される。よかったな。」



 兵士はエルフの行く末について伝えるが、反応はない。それもそのはず。エルフと人間は言語が違うのだ。


 流石にいたたまれなくなった兵士は足早に他の牢屋に配給食を置きに行く。牢屋は見通せないほど大量にあり、そのどれもがエルフを筆頭とした珍しい種族ばかりであった。

 獣人、ドワーフ、ゴブラン、妖人。全員やせ細り全盛期の陰も残さぬほどに衰弱していた。


 彼ら全員がこれから売りに出される。これがこの王国の栄華の裏にある、ひとつの闇であった。

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