第44話 審美
「その歳とは不相応な魔力、純粋な精霊、そしてその左腕。わかっとる。禁術によるものじゃろ?」
そう淡々と告げるショルさんの目は紫色に淡く発光していた。
俺は思わず自分の左腕を触る。皮の手袋により隠していたはずだが、どこで見つけられたのだろうか。
「安心しろ。隠し布が外れたわけじゃあない。ワシの目、じゃよ。ほれ、光っとるだろ?」
そう言いながら自分の目を指さす。
「ワシのこの目も、お主と同じ禁術により得た力じゃよ。名を「万象の理界」という。ワシの目にはな、ありとあらゆる物の情報がうつるんじゃよ。」
「では…ショルさん貴方も…?」
「ああ。禁術使いじゃよ。」
ショルさんは懐から煙草を取り出すと口にくわえる。すると突然煙草の先端が発火し、煙草特有の匂いが応接室を充満した。
しかし俺にはショルさんの双眸から目が離せずにいた。その淡い紫は人の目を離さない、魔性の何かを感じずにはいられなかったのだ。
「おっと、これ以上は毒じゃな。」
ショルさんの目の光がゆっくりと消えていく。
「ワシの目の禁術たる由縁。瞳を見た者の知識欲を異常な程に高める「魔」を放つのじゃ。流石の禁術使いでも同様のようじゃな。」
カラカラと笑うショルさん。光が消えると頭の中も次第に澄んでいく。どうやら先程目を離せなかったのはその「魔」が原因のようだ。
俺は覚悟を決めゆっくりと手袋を外す。現れたのは普通の左手ではなく、青黒い皮膚をした大量の腕の群体であった。それらは触手のようにうねり、それぞれが脈打っている。
「ほぉ、悪魔の腕とはそのようになっておるのか。百聞は一見にしかず、とはまさにこの事じゃな。」
「……それで、俺に何の用だ?」
警戒を強めると自然に敬語が外れていく。そんな部分に気を使っているわけにはいかないのだ。笑っていたショルは俺を見据えて言葉を紡ぐ。
「ワシのな、禁術本を貰って欲しいんじゃよ。」
「…は?」
△ △ △
俺とカティはサリマ王国の城下街を探索していた。俺たちの目当ては新しい装備に美味い飯、そして情報だった。そのためにかなりの金額を俺達は溜め込んでいた。
「それじゃまず装備を揃えに行くか。」
「そうね、せっかく来たんだから最高装備を揃えるわよ!」
俺達は街を闊歩しようとするが、俺はある1点が気になって仕方がなかった。
街の建物の隙間、路地裏にひっそりと深くフードを被った男。マントによる大雑把なシルエットからでもスラリとした体躯がみてとれる。その男はこちらをチラりと見ると奥の闇へと消えていった。
俺にはその隙間から見えた切れ長の緑色の瞳がやけに頭に残ったのだった。
「…?ほら行くよ?」
「ああ、すまん。」
カティに促されて俺達はサリマ王国でも有名な武具屋へと向かった。
着いた先はサリマ武具店。国の名を冠するだけあり、国営の武具屋であった。この店が有名であるのは、この武具屋を懇意にしているXランク冒険者の存在である。
「画竜点睛」のアキラの身に纏う皮鎧は、まさに神話の逸品と謳われるほどにしなやかで、美しく、機能性に溢れていた。エンゼルラビットの皮をふんだんに使用し、自己再生のエンチャントに散りばめられた魔核は装備者の魔力を底上げする。
ただの一般人を着ただけでSランク冒険者へと至らしめるという逸話すら残されている。
他にも芸術と機能双方を兼ね備えた剣や鎧などなど揃えており、常に人で溢れかえっていた。
「おぉ…これが…。」
「聞きしに勝るとはこの事ね…。」
俺達は圧巻の店内に感嘆する。店壁にずらりと並べられた逸品の数々。ショーケースに飾られるそれは国宝といっても偽りなく、その存在感を示している。
「…じゃあ私は杖を。ホランドは」
「勿論剣だ。よし、目当ての物を見つけたらここに集合!」
意気揚々と散開する。俺の目当ては勿論剣。剣の売り場はすぐにわかった。というよりこの店は剣を売りにしてるのか?という具合に剣がめちゃくちゃ店の中心に飾られていた。
俺はその中から俺のスキルにあった物を探す。
ホランドが元より持ち合わせていたスキル【剣士】は、魔力を使用した肉体強化やその状態から行われる常軌を逸した訓練により強引に進化させられていた。ホランドは未だそのスキルを十全に扱えずにいたのだった。
「黒竜の剣、エンチャントソード、ミスリルの刀…。どれも迷うな…。」
俺が店の品々を見て唸っている時、ふと後ろから肩を叩かれる。
「捜し物かい?」
随分と気さくに話しかけたその正体は俺の腰ほどに折れ曲がった1人の老婆だった。
「ん?あぁ、俺に扱えそうな物を探しているんだ。婆さんは?」
「ほっほっほ。ワシは前途有望そうな若者に声をかけておるただの老人じゃよ。どれ、お前さんに合いそうな物を見つけてやろう。」
そう笑うと老婆は店に並べられる剣達を吟味し始める。その様子は孫に服を買ってあげる祖母に他ならなかった。
一通り剣を見て俺を見る。
「ほう…お主、剣より違うものの方がおうてるかもしれんな。」
「はぁ?そりゃあ一体どういう…。」
俺が老婆の提案に対し疑問を投げかける前に老婆は去ってしまった。正確には…。
「貴様ら!!!離さんか!!!!」
「ダリの婆さんいい加減うちの店に入ってくんなよ?!?!これで何回目だ!?!?」
「何じゃ!!!ワシは迷える前途有望な若者に救いの手を差し伸べておるのじゃ!!」
「うるせぇ!!適当な出任せいうババアじゃねぇか!!!」
店員は手馴れた様子で老婆を店の外に連れ出していった。他の店員が申し訳なさそうに俺に話しかける。
「申し訳ございません。先程の者は冒険者を見つけては適当な事を言う名物といってはアレですが、そういう方なのです。お探しの物は見つかりましたか?」
「…あ、あぁ、問題ない、大丈夫だ。」
手もみする店員を他所に、俺は先程の老婆、ダリといったか、彼女が話した剣以外の可能性がやけにしっくりきていた。俺は自分の直感に任せて老婆の跡を追った。
△ △ △
「全くあのクソガキ共が!!!ワシを追い出すとは何たる屈辱じゃ!!!」
ぷりぷりと怒る老婆、ダリはこの辺りでは知らぬ者のいない超がつく有名人だった。といってもプラスの意味ではなく、かなり悪い意味でだった。
当時既に頭角を現し、Xランク目前とまで呼ばれていた「剣聖」アキラに対して「お主は壊滅的に剣の才能がない。ワシが他の武器を見繕ってやろう」と豪語。当然アキラのファンが黙っておらず、それ以来ダリは武具を扱う全店舗にてブラックリストに載せられていた。
それから「画竜点睛」の異名を獲得したアキラであったが、以降彼が剣を扱う姿を見た者はいない。
ダリにはとある才能があった。それは最早スキルと呼んでも遜色ない程。彼女はあらゆる武具の達人であったのだ。そして、その才能故、他人の筋肉や癖から最適な武器を選ぶ事にも長けていた。
老年の今でさえもその才覚は劣らず、実際アキラは全ての武器を自在に操れたがその中で剣は特別得意なものではなかった。
彼女はあらゆる冒険者に適した武器を扱ってもらい、その才能を伸ばして欲しい、ただその1点であった。しかしそれを世間は、そしてスキルは許さなかった。
だから今日も懲りずに店に出入りしては追い出されを繰り返していた。
「おい婆さん!」
後ろから青年の声が聞こえる。ダリが振り返るとそこには先程声をかけた青年が汗を垂らしながら立っていた。どうやら走って追いかけてきたらしい。
「なぁ…俺に合う武器ってなんだ?」
青年の疑いのない、純粋な問いは、ダリの耳に心地よく響いたのだった。
追放から始まる異世界探訪〜禁術使いは人間を辞めたくない〜 @mame9751
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