第37話 食餌

 虐めの主犯格であるマリーと、その友人の男共に犯されたおかげか、私はとうとう自分のスキルに目覚めることが出来た。……感謝は一切しないが。


 私のスキルの発動条件。それは精霊を食べることだったらしい。今、脳にハッキリと自分のスキルについての全てが刻まれている。


 私の持つスキルは【精霊喰らい】。効果は名の通り。精霊を喰らうことでそのエネルギーを身に宿し、精霊が持っていた能力も含めて全てを吸収、操作するスキル。

 今私が喰らったのは狼、ピクシー、蛍の精霊。たった3匹喰らっただけで身体中に力が漲り、五感は驚くほど鋭くなっている。


 軽く体を動かす。狼の持っていた俊敏さ、ピクシーが操る炎。蛍が扱う癒しの光。その全てを十全に、まるで初めから体にあったかのように使い方がわかる。


 そうして体やスキルの確認をゆっくり行っていくと、徐々に興奮の熱が冷めていく。

 今までグツグツと煮えたぎり、しかし液体のようにどっちつかずであった心の奥底の憎しみや怒り、殺意が明確に形を持ち出す。


 このスキルで、もっと精霊を喰らえば復讐できる。


 あんな学園。この世界に必要ない。そこに通い、私への虐めに加担した者、見て見ぬふりした者。無関心だった者。全てこの世界には必要ない。


 必要なのはアキのような、心優しい少年のみだ。もっと力をつけて、彼に話そう。スキルの使い方が分かったと、精霊とは何か、分かったと。そうすれば、アキはもっと私と一緒にいてくれるかもしれない。


 ミレーナは軽い足取りでアゴイニア学園へと向かった。

 その手には、血が抜け真っ白になった女の頭部が頭髪をギリリと握られており、最期がどれだけ無惨だったのかを語っていた。




△ △ △




「くそ!!早く先生達を呼んでこい!!」


「無理だ!!もう皆逃げてるよ!?」


「クソが!!」



 スントル帝国第1王子、マケドイ・スントルは突然の事態に驚きを隠せずにいた。


 突然起きた学園正門での大爆発。多くの警備や教員が事態の確認へと向かうと、次に起こったのは向かった人々の四肢や頭部を失った死体の飛来であった。

 強力なスキルを持っているアゴイニア学園の教員や、元騎士団などで実力のある警備員達が原因を探るため爆発により起きた煙の中に入ると、死体となって吹き飛ばされる。

 それを見てまだ子供である生徒達がパニックにならない訳がなかった。


 煙の中から1人の少女が姿を現す。


 彼女のことを知らない生徒はいないだろう。学園全体で虐めにあっている、無能の落ちこぼれ。精霊科の恥、ミレーナであった。


 彼女を虐めていた生徒のひとりが問い詰めようと近づく。

 ミレーナの近くに立った瞬間、肉体が何かに挟まれたかのように押しつぶされる。肉、骨は瞬時に圧縮され、人型を留めておらず辺りの地面を赤く濡らす。


 冒険者としても活動していた生徒達は、全ての元凶がミレーナであることを瞬時に判断しスキルや魔法を展開、ミレーナに即座に攻撃する。


 しかしミレーナの体に炎や氷などの魔法や、スキルにより力の上乗せされた剣や矢が届いているのにも関わらず、傷1つ負わせることが出来ずにいた。


 彼らの中には既にBランクに上がっている学生もいるというのに、そんな彼らでさえミレーナの足止めすら不可能であった。


 お返し、とばかりにミレーナが手を振るうと、ミレーナへと攻撃していた周囲の学生の頭部が爆発する。



 その様子を教室の窓からみていたマケドイは戦慄していた。手を振るった際に、なんの魔力もスキルの気配すら感じ取れなかった。

 そこまでは問題ない。ミレーナが精霊科であることは周知の事実であったから。しかし。



「精霊でもない……!?あれはなんなのだ!?」



 マケドイ・スントルが持つスキルは【万眼】。

 ありとあらゆる、万物を見通すスキルである。それは魔力の微量な動きや、スキル発動時に発生する僅かな力の揺らめき、そして精霊そのものを視認することが出来る。

 相手の筋肉の動きなどを見る事で、擬似的な予知を実現させるほどの強力なスキルを持ってして、ミレーナが今何を行ったのか理解できなかったのだ。



「おい!!精霊科の奴らは今どこにいる!?」


「……そうだ!!精霊ならアイツ倒せるだろ!」



 そう。精霊とは人間とはそもそも生きるステージの違う全く別の生物。精霊であれば問題なく彼女を制圧できるだろう。

 精霊科の学生も同じように考えたらしく、下卑た顔を浮かべながらミレーナの前に立ちはだかる。


 ミレーナの前には精霊科の学生が数十人立っており、そのどれもが精霊を使役させ、すぐに突撃させる準備をしていた。



「これなら問題ないだろう……。」



 マケドイの目には精霊科の学生の背後に控える夥しい精霊の軍がうつる。

 龍や巨人、悪魔や鎧の兵士がズラリと並んでおり、その圧は凄まじいものであった。



「殺せーー!!!」



 1人の学生の叫びを皮切りに、精霊達がミレーナに襲いかかる。


 その後起きるのは、ミレーナの四肢が吹き飛ぶ無惨な死体。思わずマケドイの横でみていた学生のひとりは目を逸らす。




 ミレーナは自身を喰らわんと大きな口を開けた龍の顔に飛び乗るとその大きな眼球に手を突き刺し、目玉を抉った。

 痛みに悶える龍を他所に、ミレーナはその目玉を頬張る。咀嚼の度に、ミレーナの奥底にある大きな器に水が1滴ずつ溜まっていくのを感じる。


 暴れる龍に困惑する学生。ミレーナはそのまま龍の肉体に齧り付くと、生きたまま精霊を喰らい始めた。

 精霊達は仲間の精霊に攻撃が当たるため、力を行使できない。


 遂には龍は半身を瞬く間に喰われ、地面に力なく倒れ込んだ。



「これだと食べにくいわね?」



 ミレーナが不気味に呟くと、ミレーナの肉体が膨張し始める。

 見上げるほど大きな体へと変貌し、尾が生え牙が生まれ。皮膚には鱗が見えていた。その姿は、まるで先程無惨にも喰われていた龍に似ていた。



「さて、まずは副食ね?」



 ミレーナは周囲で困惑し、怯える精霊に襲いかかった。




△ △ △




 すでに学園内は見るに堪えないモノへと変わり果てていた。


 校舎の殆どは瓦礫の山と化し、それらは赤黒く血に染っている。死屍累々がそこらかしこに積まれており、歩けばちぎれた腕を蹴ってしまう。



「こりゃあ随分とひでぇもんだな?」



 1人の軽装の男がヘラヘラと見渡す。



「お嬢ちゃん、なんとも思い切ったことをしたもんだね。」



 男が見つめる先には、あらゆる生物を粘土で繋ぎ合わせたような、醜悪な生物が鎮座していた。頭部以外にも大量に付いている目玉が、さらなる獲物を喰らわんとギョロギョロと四方を探している。



「まぁ、なんだ。もう壊れちゃってるけど学園と契約してたからさ。……まぁここ俺あんま好きじゃないんだけど。だって階級による差別がない〜とか言ってるけど差別だらけよ?俺も貧民街出身でさ。……かなり虐めされたわ……。まぁそいつら殺したから気持ちは分からないくはないけどな。」



 同情するような言葉をかけるが、その声に気持ちはまるでこもってはいない。



「ってことで、……まぁここで殺されてくれ。」



 Sランク冒険者、「斬撃」のヨシノブはそう伝えると腰に携えた刀に手をかける。


 ミレーナであった生き物と、Sランク冒険者の戦いが今始まった。




△ △ △




 ヨシノブが持つスキルは【不変】。適用した物を、如何なる干渉を持ってしても変わらぬ物へと変える強力なスキルであった。


 どれだけ生き物を斬ろうが刃はこぼれず曲がらず。


 どんな爆発が起きようがその衣服は破れず燃えず。スキルが適用される前の状態を永遠に保ち続ける。

 

 どんな硬いものにぶつけても欠けることの無いその刃は、実質この世界で最も硬い存在へと昇華する。

 ヨシノブが振るった刀はまさにバターのようにミレーナの肉体を切り落とし、ミレーナの腕が地に落ちる。


 しかしそれに対して何の反応も見せず続けてヨシノブへと襲いかかる。気付けばすでに切られたはずの腕は再生しており、地に落ちた片腕は独立してヨシノブを狙っていた。



「おいおい嘘だろ!?」



 飛びかかった片腕をいなすとミレーナから距離をとる。


 ミレーナの体をじっくりと観察すればするほど、歪な実体が明らかになる。

 辛うじて人型を留めているが背や腰からはゴブリンや人間、蜘蛛などの腕が何本も生えており、肉体のあちこちに狼などの頭部が引っ付いていた。


 その肉体の奥底に揺らめく莫大なエネルギーは距離を撮っているはずなのに皮膚を焼き尽くすほどに感じ取れる。

 ヨシノブは今相対しているこの生物が今までで1番強い相手であると判断し、出し惜しみせず即座に殺すことを決意する。



「【変ワラズ壊レズ恐レ知ラズ】」



 魔力を全身にこめる。全身に筋肉や骨が軋み、悲鳴を上げるがスキルによりヨシノブの肉体は壊れることは無い。

 Sランク冒険者達の大半が習得している、魔力を肉体に浸透させることで筋力などを爆発的に増幅させ、身体能力を向上させる技。少量であれば、肉体に対する負荷も少ないが、今ヨシノブが行っている量の魔力であれば、肉体を動かすだけで筋肉はちぎれ、骨は砕けるだろう。


 魔術師をも凌駕するほどの魔力に包まれるヨシノブは、その圧倒される程に強化された両脚で踏み込むとミレーナに向かって走り出す。


 強化された肉体により、最早音に近い速度で近付くヨシノブに、ミレーナは全く反応出来ずにいた。


 そのまま音速で四肢を切り刻まれていく。切り離された腕や足は再生するまえに細切れにされ、徐々に肉体が小さくなっていく。


 ミレーナの到底声とは思えない金切り声が響き渡る。その声は既に人間というよりは精霊に近く、ヨシノブは思わず顔を顰めてしまう。



「これで最後だ!!」



 ミレーナが劣勢と見ると慢心からか、口からトドメのセリフが飛び出してしまう。

 故に、ミレーナはその一撃が自身を確実に殺すものだと判断し、逃げの一手に出た。


 ミレーナは肉体の根幹部を切り離すと、サキノアの街へソレを放り投げた。


 ヨシノブも離脱しようとしている意図を読み、根幹部に切りかかるも、残された肉体がそれを阻む。



「邪魔だああ!!!!」



 瞬間的に微塵となるミレーナの肉体であったが、既にミレーナの根幹部はサキノアの街へ放たれてしまった。



 2人の戦った後はそこらかしこにクレーターが出来、その傍らにはミレーナの肉体であったモノが散乱していた。

 加えて途中より体液を毒へと変化させていたのだろう。地面や瓦礫、そしてヨシノブの衣服も所々が溶けだしていた。


 引き攣った笑みを浮かべるヨシノブ。



「こりゃあ街が大変な事になるぞ……!?」



 考えうる最悪を想定しつつ、ヨシノブは足に魔力をこめサキノアの街へ走り出した。

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