第18話 理由
「ねぇシトゥン!!!離して!!離しなさい!!」
「お嬢様…。」
「ねぇ…!アキが!!!アキが!!!!」
シトゥンに抱えられるスクイーが駄々をこねるように暴れ出す。しかしその手には大切にミスリルローズが握られていた。
「お願い!アキが死んじゃう!助けに行かないと!」
泣きながら懇願するスクイーに反応することなく、シトゥンは駆けていく。
人1人抱えているとは思えないほどのスピードで走り抜けるシトゥンを、スクイーは初めて見たのだった。普段後ろに控えており、いつも自分の言う事に忠実で。困った時は頼りになる兄の様な存在であるシトゥンなら、アキのことを助けてくれると、そう信じていた。
しかしそんな信頼が今揺らぎ始めている。それはスクイーを抱え走るシトゥンの顔が、今まで見た事がないほどに冷酷であったからだ。
「シトゥン…?」
「……この辺で良いでしょう。」
突如シトゥンが足を止め、自分を乱暴に下ろす。見渡すと行きで通った道とは違う、洞窟内の別の場所だった。
「……アキさんは非常に残念でした。魔法も見事ですし、きっと有望な冒険者となったことでしょう。」
「何言ってるの!?今すぐ助けに行けば間に合う…」
「いえ、アキさんはあそこで魔物に襲われ死にます。そしてお嬢様、いやスクイー、貴方もここで死ぬ。」
シトゥンは腰からレイピアを抜きスクイーの顔に向ける。
初めて向けられる強烈な殺意と、これから起こる明確な死を感じ、スクイーは言葉すら出てこなかった。
「この13年間、私がどれほどの思いで貴方に仕えてきたか、分からないでしょう!!愛しきマリアージュ様があの様な愚かな人間と交わり、生まれた忌々しき貴方が、マリアージュ様の愛を一身に受けていた貴方が憎くて憎くて堪らなかった!!!」
顔を赤くしたシトゥンの声が洞窟内に響き渡る。ゆっくりと、彼の目の色が変化しているのが分かった。
白目の部分が徐々に黒に染まり、血管が浮き出ており、口元からは牙が見え隠れしていた。その特徴はこの世界の人間であれば誰もが知っている。
「魔族…!」
「あぁそうです。正確には魔族のハーフですがね。私は孤児だったところをマリアージュ様に拾われ、今日まで生きてきました。あの方に仕えるために。それが貴様のような愚かで我儘で無知な人間に仕えるなどとは思ってもみなかった!!」
シトゥンの叫びが空気を震わす。
魔族。魔王によって生み出された、先の大戦争の尖兵の総称である。魔王が封印されてからも強力な力を持つ魔族は猛威を奮っており、最早歩く災害とまでの認識だった。
シトゥンはそんな魔族と人間の間に生まれた子であったのだ。
「貴方をどうにかしてやりたいと常々思っていましたが、魔王様よりご指示がありましてね。貴方の持つスキルが邪魔だそうですよ。」
スクイーのもつ【女王の言霊】は魔王からすれば脅威の一つであった。それはかつて魔王が封印まで陥った戦争時、このスキルに大層苦しめられたからであった。時代がすぎた事により封印が解かれ、再度世界を掌握せんと暗躍する魔王は、先んじて戦争時苦しめられたスキルを持つものを亡き者にしようと画策していた。
すでに【勇者】や【賢者】は殺されており、その計画も進んでいるまさに最中であったのだ。
「あの男にはこう伝えておきますよ。【お嬢様が冒険者を無理やり連れて洞窟へ向かい、冒険者諸共魔物に食い殺されてしまいました】とね。…あぁ、安心してください。そのミスリルローズは渡しておいてあげますから。」
「なんで……?シトゥン…?」
「うがぁぁあ!!!その名を呼ぶな!!!泣くな!!!!貴様が!!!貴様がマリアージュ様から頂いた尊き名前を呼ぶな!!!!」
シトゥンが振るったレイピアがスクイーの足を切り裂く。傷一つなかった柔肌に赤い線が走り、そこからゆっくりと血液が漏れだしていた。
初めて感じる激痛に悶えながら、スクイーは言葉を紡ぐ。
「アタクシと…お屋敷で、お外で、いっぱいお話したのは全部嘘だったの…?アタクシのことがずっと嫌いでしたの…?」
「……嫌いでしたね。ずっと。これでさよならです。」
シトゥンは顔を顰め、心臓を一突きする。スクイーの体が揺れ、目を見開く。その目はシトゥンをずっと捉えていた。困惑や悲しみ、後悔。その中でも憐憫が色濃く現れていることに、シトゥンはやり場のない苛立ちを覚えた。
徐々に落ちていく瞼と共にゆっくりとスクイーの体が脱力していく。
魂の抜けたソレをシトゥンはゆっくり抱き抱えるとミスリルワームのいた広場へと向かう。
あのミスリルワームは魔王が生み出した【新魔】の1匹であった。ミスリルワームと違い同種を使役する力、そして全身の外皮をミスリルへと変化させる【外皮変化】のスキルを下賜されていた。
実際のところ、ミスリルワームが高い知能を得たところで、戦闘に合わせて外皮を変化させる芸当は到底不可能であったが、それでもDランク冒険者程度であれば余裕で屠れる実力を持っていた。
アキという冒険者には悪い事をしたと思っているが、後悔はしていなかった。これも全て、亡きマリアージュ様の為。そして今は魔王様の為には必要な犠牲だったと、シトゥンは割り切っていた。
しかし心のどこかで、棘がずっと刺さって抜けなかった。その違和感はシトゥンの思考を僅かではあるが鈍らせていた。
広場へと着く。瓦礫や抉れた地面からかなり激しい戦闘が繰り広げられたのは容易に想像がつく。やはり実力者であったか、とシトゥンはため息をついた。証拠にあの大きなロックワームの腹が破られていたからである。
しかしワームの近くにアキのものと思われる片足が落ちていたことで、シトゥンは彼も死んだのだと理解した。ワームの傍らにスクイーの死体を置き、振り返ることなくその場を去った。
「「おい、どういうことだ?」」
突如背後から聞き覚えのある、しかし聞いた事のない声が聞こえてくる。
咄嗟に後ろを振り向くが、首に強い衝撃を感じ、気づけば宙に浮かぶように首から持ち上げられていた。
「なっ…馬鹿な!?」
身体中の血管が浮き彫りになり、鈍く銀色に輝く片足で立つアキの姿がそこにはあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます