第19話 憎悪
「なぜ貴様が…!?死んだはずでは…!?!?」
「「そんなこと言われる筋合いはねぇ、どういうことだって聞いてんだ答えろ!!!」」
先程とは全く雰囲気も纏う魔力すら違うアキが叫ぶ。その声には若干の魔力が含まれており、洞窟が揺れる。
シトゥンは戦慄していた。失っていた片足が戻っていることも気にはなるが、戦闘前と今とでアキの持つ魔力量があまりにも違ったからだ。
魔族は魔物同様に魔力が肉体を伴った存在であるため、人間が持つ魔力などは手に取るように把握することが出来る。故にシトゥンが最初アキを見た時、異常に魔力量が多いと驚いていたのだが今は驚くというレベルではなかった。
異常。何をしたらこの領域に短時間でなり得るのか。
自らの胸倉を掴み上へと持ち上げるこの膂力にしても。人間が到達できない高みに今アキは上り詰めていた。
「お嬢様は魔物に襲われて亡くなったのです。」
「「魔物だァ!?魔物はレイピアを使うのか??!」」
魔物が始末してくれるとばかり考えていたシトゥンはほぼ傷のないスクイーの死体を置いてきただけだった。誰が見ても、あれが心臓をひとつきされて亡くなった事くらいわかるのだ。
失敗だ。どうにかして逃げなければ。
シトゥンの頭の中に、すでにアキを殺すという選択肢は含まれていなかった。それほどまでに今のアキは強大な力を秘めていたのだ。
「…私は魔族だ、魔王様の命令により彼女を殺した。それだけだ。」
「「なるほどな…魔王様ね……魔王様魔王様…。」」
△ △ △
禁術により無理やり肉体を再構築し、その際瀕死のミスリルワームと融合した結果、アキの失った右足はミスリルと化していた。加えて以前と違い自身の型を作らずに術を行ったためアキの体は非常に不安定であった。
本来であれば即死してもおかしくないはずの彼が体を保ち、今こうして自我すら残っているのはまさしく奇跡そのものであった。
しかし、術の影響で情緒不安定となっているアキは、冷静に物事が判断できない。その中で突然スクイーの死体をみつけ、犯人がシトゥンであったこと。そして彼が魔族で、魔王のために行っていたことを聞いた時。
「「ふざけんなぁぁぁあ!!!!!!」」
彼の怒りは頂点に達した。
「「魔王魔王魔王!!!!!お前のせいで俺はこの世界に呼ばれこんな目にあい!!!!!お前のせいでスクイーは死んだってのか!!!!!!!ふざけるな!!!お前が死ね!!!!クソがあああ!!!!!!!」」
並の魔物であれば聞くだけで気絶するような濃厚な魔力と咆哮。シトゥンは体が痺れるのを感じていた。
「「もういい…もういいよ……」」
急に泣き崩れるアキ。チャンスだと言わんばかりにシトゥンは逃げに転じるが体を動かすことが出来ない。
シトゥン自慢の両足が綺麗さっぱり無くなっていたのである。
痛みに悶える隙もなく、体を土でできた縄で縛られるシトゥン。必死に藻掻くが、身動きひとつ取れはしなかった。
宝物を扱うようにスクイーの亡骸をアキは抱き抱え、洞窟を出ていく。
後ろからオーガに似たゴーレムがシトゥンを乱暴に担ぐ。拍子に彼のポケットから何かが落ちる音がした。
振り返るアキ。そこには先程まであどけない顔で満面の喜びを表していた少女が大切に持っていた一輪の薔薇が落ちていた。
欠けることなく、その美しい姿を保持していたソレをアキは彼女同様壊れることなく慎重に手に持ち亡骸に添えつつ運ぶ。
徐々にアキの肉体が完成していく。その様子をみたシトゥンは戦慄した。
(まさか禁術か…!?しかし成功例など聞いたことがない!!!)
噂にきく禁術を成功させたであろう目の前の冒険者を、シトゥンは急に恐ろしく感じていた。自分の足を消し去ったことより、魔力量が増幅していたことより何より、「あの魔王様ですら成功することが出来なかった禁術」を成功させたのが、こんなただの人間だということに。
△ △ △
「嘘だ……嘘だと言ってくれスクイー!!!」
亡骸に崩れ落ちる男。彼こそオヤバーカ現当主であり、スクイーの父親であるアルホ・オヤバーカその人であった。
娘の消息が途絶えていたことを心配したアルホはマルトルの街に来て娘を探していた。そんな中、全身に傷を負い、片足を引きずった冒険者が目の前に現れたのだ。
彼は娘を抱きかかえ、その後ろには両足を失った娘の召使いが体を縛られゴーレムによって連れられていた。
「なぜお前まで…なぜだ…マリアージュよ…お前に続きなぜスクイーまで奪うのだ神よ!!!!」
「神じゃないよ。」
スクイーの亡骸を運んできた冒険者が語る。
「何を!?!?」
「貴方の娘さんを、スクイーを殺したのは神じゃねぇ。コイツ、そしてその後ろにいる魔王だ。」
「魔王…!?」
冒険者の言葉を聞き、召使いであるシトゥンをみる。すると彼の目は真っ黒で、口は獰猛な牙を携えているではないか。
「コイツは魔族で、スクイーの持つスキルを狙って殺したんだ…全て魔族が悪いんだよ!!!」
涙しながら私に訴える冒険者。シトゥンに事についてたずねる。
「…。【公正な審判を】。シトゥン。貴様は魔族なのか?」
「違いっグアアア!!!!?何だこの痛みッグアア!!」
「スクイーを殺したのはお前なのか?」
「違ギャァァア!!!!!」
シトゥンは痛みにのたうちまわる。私のスキル【公正な審判を】は嘘をつくと相手に人生で最も痛かった瞬間の痛みを与える。
……つまり事実なのだろう。
「…貴様からは後でゆっくり話を聞かせてもらう。衛兵よ!この魔族を地下牢へ連れて行け!!」
私の命令とともに、マルトルの兵士がシトゥンを連れていく。同時に体の力が抜けていき、その場にへたりこんでしまった。
娘とは再婚の話で喧嘩ばかりであったが、私は娘を心の底から愛していた。この結婚も、スクイーの為になればと、本気でそう思っていたのだ。私は何を間違えたのか。
頭を抱える私に、冒険者が肩を叩く。
「貴方に渡したい物があります。」
「なんだ、後にしてくれないか…。」
「……これを。」
冒険者が取り出したのは淡く銀色に輝く金属の薔薇だった。
「これは…!?」
「スクイーは貴方との仲直りの為にこれを探しに行ったんだ。もうすぐ誕生日だからって。仲直りの為にって。……大事に、大切に取ってたよ。受け取ってくれ。」
冒険者から震える手を抑えつつミスリルローズを受け取る。
これは私がマリアージュへプレゼントした物で、でもこれを見る度に彼女を思い出して…。だから遠ざけていた。だから見ないふりをしていた。
スクイー…。すまない。私が、私がもっとお前のことをわかっていれば。
ポツリ、ポツリと雨が降り出す。野次馬は徐々に去っていき、また街は動き始める。
唯一、亡骸に縋り付く哀れな父親だけが、止まったままだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます