第20話 偽物を本物と錯覚するとき
気がつくと昼時になっていた。
このショッピングセンターには恐ろしい数の飲食店がある。ステーキに中華料理に地元素材をつかった海鮮丼。和定食にピザに串揚げなんて選択肢もある。
だけど、なんといってもショッピングセンターに来たからには行くべきはフードコートだろう。
広々とした空間の真ん中にいくつもの椅子やテーブルが乱雑にならべられ、その周りを囲うようにいくつものファーストフード店がならぶ。この空間が大好きだ。
色とりどりの看板がならび、みんなが思い思いに自由ではちゃめちゃな食事ができるから。
長崎ちゃんぽんを食べている人の目の前でステーキの鉄板からの油は根から実を守るひともいれば、ミスタードーナツとマクドナルドを半分こして食べるカップルもいる。
なんだかすごく一人一人のニーズを満たしてくれるデタラメな感じがとても楽しいのだ。
僕はいつもここに来て食べるものは決まっている。うどんだ。
一番安いメニューを頼んでもネギもショウガも天かすもかけ放題。
このフードコートのなかでは比較的値段もやすく身体にもよさそうなのに、味が自由に調整できるのが嬉しい。
「僕はうどんにしようと思うけど、アカネはなにが食べたい?」
「ヒロトと同じのがいい」
金欠なので助かる。まあ、昨日の母さんからの援助のおかげでアカネくらいならステーキを食べることもできる余裕はあるのだが。
フードコートで二人でうどんを食べた。
アカネは止めたのだが、僕の真似をしてショウガもネギも馬鹿みたいに盛り付ける。
それこそトッピングでうどんがみえなくなるくらいに。
「美味しいね」
アカネはそう言って笑う。
「麺類はすすった方が美味しいよ?」
「すするって?」
「こう、説明するの難しいな。こうずるずるって吸い込むというか」
そういえば海外の人は麺類を食べるときにすすらないらしい。
すするというのは特殊な食べ方なのかもしれない。
だけど、アカネは一生懸命くちびるをすぼめて練習する。
残念ながら、最後の一本をかろうじで「ちゅるり」と食べられた……かな?くらいで終わってしまったのだが、きっと次に食べるときはもっと上手く食べられるはずだ。
唇をすぼめて一生懸命にうどんを“すすろう”とする姿はなんだかとても可愛らしかった。
昼食を食べ終わったあと、いくつかの雑貨や洋服の店をぶらぶらと見て回る。
女の子向けの店も、シオンによくつきあわされるので特に苦ではなかった。
何件かの店でアカネは試着を勧められた。
「着てみませんか? お似合いになると思いますよ」
と店員に声をかけられ、試着室に連れてかれるが顔はとても不安そうだった。
店員のセンスがいいのもあるだろうが、それより素材としてのアカネがとても可愛い。なにを着てもとても似合っていた。
スラリと伸びた手足に華奢な体つきは服をデザインした人の意図をくみ取るように布を体のラインに沿わせる。ちょっとギャルっぽいミニスカートから上品なお姉さんっぽい服まで着こなしてしまう。
しかし、アカネは一着も買おうとしなかった。
あとで聞いてみると、「自分で服を選ぶのになれていない」ということだった。いつも、配給されていたものを着ていたので洋服を自分で決めるという行為にとても憧れていたらしい。けれど、いざ自分で決めるとなると難しくてできなかったと寂しそうに笑った。
僕はそんな寂しそうなアカネを慰めたくて、僕の今日の洋服も髪型も妹のシオンが選んだものだと白状した。
僕ってかっこ悪い。
「じゃあ、私も今度シオンちゃんに服を選んでもらおうかな」
といってアカネはいたずらっぽく笑ってくれたので胸をなでおろした。
海外からの輸入食材の店でコーヒーのサンプルをもらったり、雑貨屋をひやかしているとあっというまに夕方になった。
そろそろ帰ろうかと二人ではなしていると、母さんからの電話が鳴る。
「ショッピングセンターにいるなら買い物頼まれて」って、おつかいを頼まれる。恐らくシオンが僕たちがショッピングセンターにでかけたのを母さんに話したのだろう。
そういえば、今日のシオンは母さんと約束があるわけでもないのに不思議なことについて来なかった。ユキと一緒に行くときは、自分も行くといって聞かなかったというのに。
アカネと二人でショッピングセンターに併設されたスーパーマーケットで買い物をする。カートを押しながら頼まれたものを次々とカゴにつっこんでいく。本当はカートなんて押したくないのだが母さんからの指令のおつかいは結構な量になるのでこの方が効率がいい。
母さんからメールで送られてきたお買い物リストを一人が読み上げて、もう一人が品物を探し出してカゴに入れる。一人でやるのとくらべてサクサクと進む。
「これって、なんか夫婦みたいだね」
なんてことないようにアカネが言った。
「ええ??」
と僕はすっとんきょうな声を上げる。
よくそんな台詞を照れもせずに言えるものだ。
僕が焦ってどきどきしていると、アカネはしまったという顔をして訂正を入れる。
「ああ、ごめん。夫婦っていきなりすぎるよね。同棲しているみたいだね」
あの、アカネさん。言い直してもそれはそれでちょっと関係が進み過ぎているのですが……。
不純異性交遊の香りが少しだけ、いや結構、いやものすごく濃ゆく漂っているのですが。
しかし、当の本人は自分が言ったことの大胆さに全く気づかず、僕だけがドキドキすることになったのであった。
帰りのバスでは、流石になれないことをして疲れたのかアカネは気づくと僕の肩によりかかって眠っていた。
なんだかとても懐かしい気がした。
本当にずっとアカネとこうやってすごしてきた気がする。
小さなころから一緒に過ごして、親にショッピングセンターに連れてってもらって、帰りの車の中ではお互いの身体を預けあいながら眠る。そんな小さな幸せな思い出があるような気がしてくるのだ。
遊んだゲームや買ってもらったおもちゃ。毎回、フードコートのタコ焼きを一パックかってもらいそれを二人で半分こして食べるのが楽しみで……そんな記憶が僕の脳内に映像として映るんだ。
でも、それは本当はアカネとの記憶じゃない。
ユキとの記憶だ。
ユキはもっと大人っぽくてしっかりしていたけれど。
アカネみたいに無邪気に笑ったりしなかったけれど。
もっと、静かでおちついていて……でも、ときどき子供っぽい瞬間もあって。
そう、アカネは偽物の幼馴染だ。
あのくじ引き屋からクジをひいて手に入れた。
『幼馴染』という名前の商品に過ぎない。
僕はだまされてはいけない。
アカネは偽物だ。
でも、そんなこと言ったら、シオンはどうなるのだろう。
シオンは僕にとって妹だ。
考えているうちに何が正しいのかわからなくなる。
考えれば考えるほど、静かな闇が脳に広がっていく。
抗おうとすればするほど、得体のしれない毒が心の中にさあっと流し込まれていく。
僕はいったん落ち着くために、考えるのをやめた。
そして、ふと隣を見つめると、僕の肩に寄りかかって眠るアカネの首筋に目が留まる。
アカネの首には銅でできたペンダントトップがかかっている。
そこには「3」の数字が刻まれていた。
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