第33話 くじ引き屋
また、祭り囃子が聞こえる。
もう、今年の祭りは終わったというのに。
さすがにアカネが消えるという不可思議なことがあっても、三度目の祭りなんてありえない。
食物を煮込む匂い、甘辛いたれが焦げた煙。
遠くて近い賑やかな幾種もの声なのか鳴き声なのか分からない音たち。
ああ、また来たのか。いや、やっと来たというべきか。
僕はまた時々迷い込むこの懐かしくて苦い空間にいた。
あのハンチング帽を被った男がこちらに問いかける。ジャンパーもあいかわらず薄汚れている。シミまで全く同じ位置なのだから嫌になってしまう。
そして、僕に声をかけるのだ。
「おう兄ちゃん、一回やっていくかい」って。
今まで何度もあやしげな男だと思ってきた。きな臭くて胡散臭くてどこか影があって下手に背中を見せたら頭から丸呑みにされる。
そんな恐怖があった。
だから僕は男に言われるまま、その場の空気のままにクジを引いていた。
この場でイニシアチブを握っていたのはいつだってこの男のほうだった。
僕は大切なシオンのこともなかなかまともに聞けずにいた。
男から聞き出せるのは小出しの情報だけだった。
でも、今日は違う。
僕は聞かなければいけない。
アカネのこと。そしてユキのことも。
この男はすべてを知っていると、妙に確信していた。
僕の大切な人がどこに消えてしまったのかと。
幼なじみのアカネはどこにいってしまったんだ。
「おや、兄ちゃん。随分怖い顔をしているね」
男はおどけた口調でいうが、その目は僕の一挙手一投足をとらえている。そして、そこから感情を読み取ることができない。真っ黒なビー玉が埋め込まれているみたいだ。そんなハズレの真っ黒なビー玉が二つ僕のことを、僕がどうでるかを値踏みしている。
「アカネは、アカネはどこに消えた?」
僕はできるだけシンプルに男に尋ねた。男に余計なことを悟られないように。そして、男が余計なことをしゃべる糸口を与えないように。
少し考えたふりをして、男の口元がにやりと歪む。
「ああ、あの三等賞のことかい。消えたよ、存在まるごと。綺麗さっぱりね」
可笑しそうに笑う。こちらを挑発しているのだろう。
その証拠にその二つの瞳は意地悪そうな光を湛えたまま細めることはあっても、い一瞬たりともまばたきすることはない。
「消えたってどういうことだよ」
「また、難しいことをいうね。消えたのは消えた。ただそれ以上でもそれ以下でもない」
男は本質を答える気がないらしい。ならばと、こちらも使いたくなかった言葉をつかう。
「消えるなんて不良品だったてことか?」
シオンとアカネを物のように扱うみたいで嫌だった。こんな言い方をする自分を責めずにはいられない。
胃から喉のあたりまで酸っぱい胃液があがってくる。
いやだ。こんな言い方したくない。
だけれど、真相を知るため僕は仕方なくこう言った。
男を挑発してイラつかせたかったのだ。
しばらくの間がある。
汗が流れ落ちる音でさえも聞こえそうなほどの静寂だった。
すると男は大仰にそして慇懃に答えた。
「不良品だなんてとんでもない。この店の商品に不良品なんて一つもございません」
「じゃあ、なんで消えたんだよ?」
「そういう性質の商品だとしか」
「幼なじみは消えるものじゃないだろう。それにシオンだって、ここから連れてきた。なのにちゃんと存在している。ならば、アカネが不良品だったと考えるのが自然だよな」
僕はじっと男を見詰める。
「幼馴染が消えることなんてない」なんていったけれど、今の状況からすれば皮肉だ。現に、僕の幼馴染のユキは消えているのだから。
でも、もし目の前の男がなにか知っていれば、うまく口を滑らせるんじゃないかと期待したんだ。
「あなたの幼馴染だって現に消えてるじゃないですか。だから不良品じゃありません」みたいな感じで。
男もこちらを獲物を狙う猫のような目でこちらを見詰める。
しばらくにらみ合いをつづけていると、男がふと力をぬいて笑った。
さも、おかしいことがあったというように肩を震わせながら笑う。カとハの間みたいな音がその喉を震わせて口から漏れてくる。すごく不愉快で腹がたつ声だった。
「ふざけるな」僕がその態度を咎めると、男はその笑いをこらえるように下をむいたまま話はじめた。
「お客様、お客様は勘違いされている。そのお客様の隣にいる商品とお客様が『消えた』とおっしゃる商品は別のものでございます。お客様は覚えていらっしゃいますか。今、お客様の隣にいる少女は確か私の記憶でございますと、数年前一等賞の景品でございました。一方でお客様が消えたとおっしゃる商品。それは三等賞です。まったくの別物です。まさか、一等と三等が全く同じとは思っていませんよね。一等と三等が同じ価値があったら一等を引かれたお客様には納得いただけなくなってしまいます」
男は慇懃に頭を下げたまま続ける。
「今お客様の隣にいらっしゃる商品「妹」は一等賞。お客様が消えたという「幼なじみ」は三等賞。実は、この二つの景品。本質的には品質にそんなに差があるものではないのでございます。というか、この店で少女を引き当てること自体が大当たりというか……そして、その少女の中にはそれぞれ寿命がございます。もちろん、みんな少女と言える年齢なのは間違いありません。ただ、彼女たちの世界では人間の寿命は十六歳まででして景品としての価値の差。つまり、一等と三等の価値の違いは残りの寿命によるのですよ……まあ、ある意味いいかもしれませんよね。生物として一番輝いている絶頂のときに死ねるのですから。花が咲いた瞬間に散っていく、花火みたいでとても美しい。見てくださいよ、私なんて無駄に年をとってお腹もたるみ、肌だってこんなに老化が進んでいる。まあ、年のわりには若いってよく仲間内ではいわれますけどね」
とにやりと笑った。
今、この男はなんて言った?
この店の景品の十六歳……ということはアカネは死んだということか。そして、もしそれが本当ならシオンも十六歳で死ぬということなのか。
僕は混乱して、動けなくなってその場にしゃがみ込む。頭が重い。そして熱く痛い。自分の頭なのにひどく巨大で熱をもっていて支えていられないような気がした。
「ありゃあ、お客さん知りませんでした。じゃあ、悪いことしちゃったなあ。ショックでしょう。いやあ、悪いことをしてしまった。大抵の人は分かっているんですけどね。ほんの一瞬の楽しみだって。あと、お兄さんはついているんですよ。普通こんなにクジが当たる人もいない。しかも、あてたとしても残りの寿命なんてほとんどのこっちゃいないのがほとんどなのに。いやあね、こちらも商売といっても人をさらってくるわけじゃないので自ら進んで景品になってくれる少女じゃないとだめなんですよ。そうなると大抵は残りの寿命があと少しなんて子に限られてしまう。まあ、寿命はあと少しといっても十六歳やそこらなんで肉体的にも若くて美しいから大抵のお客さんは喜ぶんですけどね。あこがれの幼なじみやら妹やら姉やら。人生の一番輝いて美しい状態の少女を自分の好きにできるのだから。それはたった一日だとしても、売ってくれなんてお大尽もいるんですよ。札束をいくつも積み上げる。だけど、こっちもクジ引きやとしてのプライドがあるので売りませんけどね。こんなに寿命が残っている子を当てられたお兄さんはとっても運がいい。当たりを引いて、その上、当たりが世界に入り込む隙間があるタイミングだったのだから」
男はぺらぺらとしゃべり続けた。
へらへらとしたり、こびへつらったようなつくり笑いが神経を逆なでする。
どうしてこんなことを男は言うのだろう。
少女たちだって一人の人間なのに。
シオンやアカネだけじゃない他の少女だっているはずだった。その少女たちはもっとひどい扱いをうけているということだろうか。
この男は少女たちのことをただの物のように語る。
怒りで頭の中が煮え切った湯を注がれたみたいに熱い。
ぐらぐらと眼球が沸騰して視界が狭くなる。
ああ、もうこんな場所にはもういたくない。
そう思うけれど、足が動かない。
ここから逃げたい。
興味本位で大昔クジを引いた自分を恨む。
いや、興味本位じゃなかったかもしれない。
この場に迷い込んでここから出るために、僕はクジを「引かされた」のだ。
シオンは可愛い妹だ。
シオンのことを疎ましく思ったことなど一度もない。
だけれど、この状態は正しいことなのか、僕には分からなかった。
「ああ、ショックですよねえ。もし、ご入り用なら記憶を失う薬なんていかがですか。うちはクジ引き屋なんで本業ではないんでちょっと高くなってしまいますがね。お客さんは珍しい常連さんですし、特別価格にしてあげますよ。これを飲めばイヤな記憶だけすっぱりと忘れられますぜ。そうですね、そちらの商品を下取りさせていただければいいですよ。それとも誰か取り戻したい人でもいますか? 死人を生き返らせる……なんてことは無理ですが、また会いたい人とかいるんじゃないですかい?」
どさくさに紛れて男はめちゃくちゃな提案をしてくる。
シオンを手放せる訳ないだろう。妹なのだから。
僕が渾身の力をこめてにらみつけると男は、下手に出て誘ってくる。
「ほら、お客さんにとっても悪くはない話だと思いますよ。なんせ、いやな記憶をすっかり忘れて、しかもその証拠になるその商品だって手放せる。それにお客さん、これは時間の問題ですよ。その商品だって下取りの価値があるのは今のうちです。時間がたてば寿命を迎える……そのときになって下取りしてほしいって言われても無理ですから。いくら人間の価値が低いといってもねえ……」
男は口調は下手にでていても、こちらの様子を値踏みしている。挑発して、怒らせて、下手にでて……この男はいつもこうである。こうやって人の心をかき乱して、ばらばらにする。
これがこの男の戦法だ。
「そんなことできるわけがない」
僕が必死で言葉をしぼりだすと、愉快そうに顔をゆがめる。
「ああ、そうですか。まあ、そうですよね。大抵の人は全財産払ったって惜しくない。それどころか、必死に金を積んで手に入れようとするくらい“物”ですから。そんな簡単に手放せませんよね」
「シオンは物じゃない!」
僕が男に殴りかかろうとしたとき、僕のことを止める力がはたらく。
「ダメ、コレイジョウ」
シオンが僕の腰に抱きつくように僕を取り押さえている。
なんだよ。この男を庇うのかよ。
こんな非常な男のところに戻りたいのかよ。
こっちはお前のためにこんな必死になって怒っているというのに。
「あーあ、惜しかったな。もう少しで手を出してくれるところだったのに」
シオンに抑えられている僕をみて男は抑揚のない声でいう。
「手を出してくれれば、もうあんたは客じゃないって殺した上でその子を回収できたんだけど……あんた、本当に運がいいな。ほら、もうこれ以上、わたしがしゃべれることはない。おとなしくクジを引いて帰りな」
そういって男は僕に一本の紐を握らせる。
「ほら、先にお代をちょうだいすることになっています」
男がそう言い終わるより先に、シオンは僕のポケットから財布を取り出して、その中をすべて男の手においた。
「毎度あり」
男がそう言うと、風が強く吹く。
砂を含んだ風が通り抜けて、小さな砂の粒子が皮膚にあたって痛みを感じた。
風がどんどんつよくなっていく。
立っていられず、思わず後ろに尻餅をつく。
周囲はまっくらだった。
僕の引いた紐の先には何があったのだろう。暗闇の中、確認はできないが、ハズレの時と違って確かに手ごたえがあった。
それより、シオンだ。
僕の後ろにいたので砂粒の風の被害はたいしたことないかもしれないけれど、あのままの体勢では僕が押しつぶしているかもしれない。
暗闇のなかで僕は必死に可愛い妹の名前を呼んだ。
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