第32話 消えた幼馴染
アカネが消えた。
夏の終わりに行った、街の花火大会の翌日、アカネは僕の部屋を訪れなかった。
それどころか、アカネはこの世界からいなくなっていた。あとかたもなく。髪の毛一本残っていない。
僕は思い切って、何か大人特有の事情を知っているかもしれないと母さんに尋ねる。
「母さん、アカネは?」
「アカネってだれ?」
嘘だろ。
アカネがいない。その存在の証拠も他の人の記憶も消して完全にいなくなっていた。
「いや、幼なじみで隣に住むアカネがいたじゃないか」
「何言ってるの、あんた夏休みでマンガやアニメの見過ぎじゃないの。そういえば大昔、何で僕には幼なじみがいないのって駄々をこねたことがあったわねえ……ちゃんと寝てるの?」
母さんの顔が険しくなる。
僕の幼なじみは突如あらわれて、あらわれたときと同じように突然消えてしまった。
アカネが存在していた証拠が無いかと僕は必死に自分の部屋を探す。
たくさんの思い出の欠片が僕の部屋には残っているはずだったのに、何一つのこっていない。
二人でとった写真からはアカネの姿だけが消えていた。僕が一人でイルカの水槽の前でピースをしている構図の悪い写真。
僕のスマホのカメラロールにはハンバーガー、うどん、ながしそうめんに海鮮丼にリンゴ飴など食べ物の写真がずらりならぶだけだ。あとは毎日のようにアイスクリーム、アイスクリーム、アイスクリームと高級アイスクリームの蓋の写真がずらりと並ぶ。本来その奥にそれらの食べ物を前にしてにっこりと微笑んでいるはずのアカネの姿はどこにもない。
これじゃあ、単なる僕の夏休みの食い倒れの記録だ。こんなもの見返したってなんにもならない。
僕が残しておきたかったのは笑っていたり驚いているアカネの姿だったのだから。
アカネと一緒に借りた図書館の本は確かに僕の部屋の机の上にある。
アカネとあとで一緒に食べようと買った駄菓子。体に悪そうな紫とかピンク色をしているのでてっきり添加物の塊みたいなものでできているのかと思ったら天然由来の素材ばかりで二人で感心した。
アカネと一緒に行った水族館のチケットの半券にレシート。
数々の思い出の品物はあるのにも関わらず、ただの一つもアカネがこの世界に存在していたという証拠にはならない。
僕が夏休みに一人でどこかに出かけた記録に見える。
アカネが完全にいなくなってしまっていた。
アカネは本当にこの世界に存在していたのだろうか。
夏の暑さで頭が煮込まれ脳みそが蒸発した僕の妄想だったのではないか。
そんな風に思えてくる。さっきまではっきりと覚えていたはずの子供の頃のアカネの姿が薄れて記憶から消えていく。嘘のはずの幼なじみの記憶が周囲の人だけでなく、僕の中からも消え去っていく。
そう、おかしいのは僕の頭。
これではユキの時と同じだ。
そんな結論にいたって頭を抱えていると、コンコンと軽い音が聞こえた。僕は思わず期待を込めて窓の方をみるが、何もない。窓を開けているのにも関わらず、ちっともカーテンが揺れる様子はない。
「オニイチャン、コッチ」
気がつくとドアのところにシオンがいた。
ペンギンのぬいぐるみを抱いている。
あれは、僕がアカネにかってあげたはずのペンギンだ。
自分の妄想だと思っていたのが、やっぱり記憶としてよみがえってくる。
水族館で「絵本で見たのと一緒だ」と言ったアカネの横顔。
ペンギンを抱きしめて嬉しそうにするアカネ。
砂浜をあるいて海の美しさに感動するアカネ。
はしゃぎすぎて電車のなかで眠るアカネ。
記憶なのか妄想なのかぐちゃぐちゃになって僕の中に溶けていく。頭のなかだけじゃだめだ、全身に記憶をしみこませなければ。
アカネと過ごした一か月間の思い出も、アカネと過ごしたはずの幼なじみとしての記憶とアカネが現れる前の現実と。すべてが千切れ、頭の中でかき混ぜられる。
もう何が本当なのか分からない。
「ペンペン」
僕が頭を抱えてうずくまっているとやわらかい感触が僕の頭をぽすぽす叩いた。ペンギンだ。ペンギンは「ぺんぺん」なんて鳴かないって前もアカネにいったのに、このペンギンは直す気がないらしい。
もう、仕方ないなあと僕がペンギンを見上げると。
ふわふわとしたペンギンの後ろにはもちろんその子を抱き上げているシオンがいた。
「オニイチャン、コレ、アカネサンカラ」
そういって、シオンはペンギンのぬいぐるみを差し出す。
シオンの姿が一瞬だけアカネと被る。
「アカネのこと覚えているのか?」
僕が必死に聞くと、シオンはこくんと頷いた。
そして、ペンギンを僕に押しつけるようにして持たせる。
温かくてふわふわで安心できる。
よく見てみると見覚えがあるものがペンギンの首からかかっていた。
「3」と数字が書かれた銅のプレートでできたペンダントトップ。
アカネが首から提げていた物だ。
「これは?」とシオンに聞く。
「アカネサンガ、オニイチャンニモッテイテホシイッテ」
アカネが存在した証拠だ。
「三等賞」
そういえばあの男はそういえばあの男はそんな風にいっていた。
僕はあの男に聞かなければならない。
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