第31話 閑話 ――アカネ――
この世界の人間は寿命がとても長い。
私たちとは大違いだ。
私たちは一体どうしてこんな風になってしまったのだろう。
人はいつ死ぬか分からないとこの世界の人間はいう。
驚いた。
私たちは自分がいつ死ぬか分かっているのに。
私たちは、16歳の誕生日に消滅する。
そう、世界からあとかたもなく消えるのだ。
理由?
そんなものは知らない。
知っているとしたら、「きわださま」くらいだろう。
そもそもそんな難しそうなことの理由がわかるなら、私たちの生活はもう少し豊かになるし、もしかしたら対策も立てられるかもしれない。
だけれど、現実はその理由なんてだれもしらない。
「きわださま」がどこからともなく赤ん坊をつれてきて、それをみんなが受け入れて育てるのと似ている。
どうしたいかじゃなくて、自然とそうなるからそれに従っているだけ。
ただ、私たちは衰退していくなかでそれに抗うこともできずに、なんとかぎりぎり社会というものを保っている。
毎日、ルール通りにはたらき、みんなを平等に愛する。
特別なんてない。
そうやって、歯車の一つとなって生きていく。
これが本当に生きていることなのかわからないけれど。
ただ、毎日労働に追われて生きていく。
誰かを愛することも愛されることも知らない。
私は偶然にみつけた図書館の跡地で色んな物語をしった。
誰かを自由に愛する世界。それは恋と呼ばれていた。
恋がしてみたい。
そんな風にずっと思っていた。
誰かの特別であり、特別な誰かのために何かをしたい。
私たちには労働が免除される唯一の時間がある。
それは、死の前の一ヶ月間だ。
死の前の一ヶ月間、私たちは好きな時間に眠り、好きな物を食べられるし、着る物も可能な限り融通してもらえる。
白か黒しか選択肢のなかったワンピースも資源さえ許せば、花で色づけしたり刺繍がはいったものをきることが許される。
死の前の一ヶ月間。その期間だけは自分が好きなことをできる。
人生が唯一自分の時間になる瞬間なのだ。
「死者の時間」と呼ばれる。つまり、私たちは生きていると同時に死んでいることになる。死への予行練習といったところだろうか。
大抵の人は「死者の時間」用の部屋に住んで気ままな日々を過ごす。
自分が死ぬ前の一ヶ月間を楽しもうとするのではなくできるだけ穏やかにすごそうとする。
私たちには個人の持ち物というのがないので、身辺整理をする必要もない。
ただ、いつもより豪華な――といっても果物が多く食べられるとか言う程度――食事を楽しみ。ゆっくりと眠る。
気まぐれに赤ん坊と戯れる。
それはそれは穏やかな時間を過ごすのだ。
私たちは天国にいく。その準備としての帰還だからできるだけ天国とそっくりに生きてみようという意味があるらしい。
そんな考えが根底に流れるせいかまたは現実があまりにも希望がもてないせいか、私たちの中で死を恐れる気持ちはあっても、死を目前に取り乱す人間はほとんど見かけなかった。
私たちの世界で死はこっちの世界でいうハレに近いかもしれない。
特に死者の時間の一番最後は華やかだ。
十六歳になる前の日、私たちは彼女のために花を飾る。
眠っている彼女の周りを花で埋め尽くすのだ。
だれもがそのときを楽しみにしていた。
残念ながら、最近は花が少なくなってきたので以前ほど多くの花が死ぬ者のために飾られなくなったが、それでも私たちにとって、自分だけのために誰かが花をくれるなんて人生でこの時とき限りだ。
花をもらえない私は弔ってもらってないことになるのだろうか。
もし、花をもらえないといけないのならヒロトが見せてくれた花火が私のための花だ。あんなに金色で大きな花をたくさん供えてもらえる人なんて今までいなかったはずだ。そうかんがえると、もし死後にも世界があるのならちょっとばかり誰かに自慢したくなる。
私は死ぬのは怖くないけど不満だった。
本当にこのまま誰かを愛することもなく死んでしまったとして、それは私が生きていたということになるのだろうか。
存在していた人間が死んだから、死んでいない状態は生だといえるのだろうか。
そんなときだ。
私の元にあの男が現れたのは。
正確には私の前であのハンチング帽の男は人の形をしていなかった。私に割り当てられた「死者の時間」用の部屋に突如、もやみたいなものが現れて私に問いかけたのだ。
「別な人生の自分を見てみたくないか」ってね。
それは奇妙な感覚だった。
そもそも別な人生の自分とはどういうことなのだろうか。
あの男に確認すると、男は丁寧に説明してくれた。
パラレルワールドと呼ばれる、無数にある選択がことなった場合に分岐した先の世界のことを。
なんでも私たちのいる世界は大きな事故があって本来分岐するはず無かった部分で分岐して、さらに有り得ないような事象が起きている。随分とこんがらがっているような状況らしい。
もし、その分岐がなければ自分が居たはずの世界を見せてやるというのが男の提案だった。
その代わりの条件が、男の物になるということだった。
どうも胡散臭いと思った。
だけど、同時に私の命はあと一ヶ月間なのだ。
どんなに酷い目にあったとしても一ヶ月後には死ぬと思えば絶えられる。このまま退屈に唯一の自分でいられる時間を消費していくくらいならばと思い、私は男の提案に乗った。
悪魔とでもいうのだろうか。
その瞬間、私の身体は自由がきかなくなった。
気がついたときはどこか暗くて四角い空間に閉じ込められていた。
周りを見渡すと、私と同じように身体の自由が聞かない人形のような少女がたくさんいた。
私も含めてみんな一様に首から紐を垂らしている。
ああ、このまま死ぬのだろうか。
昔の人は首つり自殺という死ぬ方法があったらしい。私たちの世界が分裂する前、寿命が十六歳と決まる前の話だけれど。分岐する前の世界の人は贅沢だ。たくさんの選択肢をもっているくせに、自分で死のうとするなんて。
このまま、紐が引かれれば首が絞まって死んでしまう。
上手い話なんてないよね、やっぱり。
ほとんどの少女が気力もなく、ぐったりとうつむいているだけだった。
少女によってはうっすらと埃がつもっているのを見て私は思わず「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。古びた人形のようだった。一体どれだけの時間、ここでこうしているのだろう。
どうしよう……こんなところにずっと閉じ込められるなんて恐ろしくて仕方が無い。
元の世界にいた方がずっと穏やかで幸せだったかもしれない。
そう思っていると、急に呼吸が苦しくなる。首が締まっていく。
紐が引かれているのだ。
息が苦しく、意識がもうろうとする。
「おめでとう。三等賞だ」
気がつくとあのハンチング帽の男が目の前にいた。
そして、私の頭の中に一気にこちら側の世界の記憶が流れ込んでくる。
私がこの世界で生きていたらと持っているはずの記憶。
その記憶はアレにそっくりだ。そう、ヒロトと一緒に食べたパチパチキャンディー。
甘くて刺激的でそして痛くて仕方がない。
この世界にいるはずの私の記憶にはいつだってヒロトがいた。
特別な人としてヒロトがいつも側に居た。
笑っているヒロト、子供の頃に私が転んだ痛みを一緒に泣いてくれるヒロト、私がいたずらをされたのを怒ってくれるヒロト。
そして私に「大好きだよ」っていってくれるヒロト。
ああ、特別な人がいるってこんな感じなのだ。
世界の色がずっと濃くなって、すべての光がまぶしいくらいに美しくなった。ぼんやりとただ過ぎ去るだけの世界が、急に生き生きと動き出す。
ヒロトはいろんな思い出をくれた。
たくさんの場所に連れて行ってくれて、たくさんの話をしてくれた。本当じゃないとわかっている私の記憶にもつきあって、昔話もしてくれた。ずっとヒロトと一緒に生きていたんじゃないかと思うくらい。
これが、本物の記憶ならいいのにと何度願ったことだろう。
でもこの記憶は私のものではない。
借り物の記憶。
記憶の中では私は「アカネ」ではなく「ユキ」と呼ばれていた。
笑ってしまう。
私と全然イメージが違うのだから。
夏の間、毎日ヒロトに会った。
ヒロトとの思い出が一つずつ宝石になって、私の心の中にたまっていく。
どんなに小さな欠片でもきらきらして私にとってはかけがえのないものだ。
人生の最後の一カ月間、私にとってヒロトと過ごせたことは大当たりだった。
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