――ユキ――

 ユキという名前は気に入っている。

 なんていうか、地味だけれど、とある童話の主人公を思い出すから。

 ほら、白雪姫っているじゃない?

 そう、おばあさんに騙されて毒リンゴを食べてしまうお姫様のお話。

 小さいころはなんて間抜けな女の子なんだろうと思っていた。

 だけれど、たぶん、彼女はまぬけじゃないのだ。

 とてもしたたか。


 だって、白雪姫は毒リンゴを食べて死んだんじゃないのだもの。

 毒リンゴの毒を摂取しないように、かみ砕かずに、大きな塊を喉につまらせて自ら死んだように見せかけることに成功したのだから。


 そして、最後には王子様と結ばれる。


 それって、すごく……女の子として理想だ。


 ヒロトは私の幼馴染だ。

 そして、私にとって王子様だった。

 ずっと、ヒロトのことが好きだった。


 ヒロトと一緒にいられるのなら、こんなつまらない村で一生を過ごしても構わないと思っていた。

 私の家はとても古い考え方だから、成績がよくても、村から通えないならば大学なんて行かせてもらえそうにないことは小さいころからなんとなくわかっていた。


 でも、そうなったとき、ヒロトは私のことを忘れずにいてくれるだろうか。

 そんな不安が私の中でだんだん大きな闇になっていた。

 一方で、ヒロトを信じる気持ちもあった。

 ちゃんと、ヒロトに気持ちを伝えられればきっと大丈夫。

 そう思っていた。


 チャンスがやってきたのは、そうやってあきらめることを覚えたころだった。

 私は村が祭る神様の花嫁に選ばれたというのだ。


「花嫁って、うそでしょ?」


 私は最初、困惑した顔でお母さんに問いただした。

 きっと「冗談よ」といつも通りほがらかに笑ってくれるのを想像していたのに、お母さんの表情は変わらなく。

 私のことをまっすぐとみていた。

 そこには母親としての感情もない。

 ただ、私とそっくりな黒い瞳のなかには、泣きそうな顔の少女が映り込んでいるだけ。


「もし、いやだっていったら?」


 私は、なんとかお母さんの反応を引き出そうと思い声を出す。

 だけれど、お母さんは返事なんてしてくれない。

 その代わり、もし、花嫁になればなんでも願いが叶うということを聞かせてくれた。

 この村はそうやって、豊かになってきたのだと。

 日照りが続くときは、花嫁が雨を望み。

 ダムの開発の話が上がれば、やはり花嫁がその計画がとん挫することを望んだ。

 そうやって、この村は今日まで平和になりたってきたのだ。

 毎年、行われる祭りだって、その神様が花嫁を選ぶために行われているという。

 建前上は。

 祭りで少女たちがお揃いの着物をまとうのも、神様が選びやすくするためだという。

 だけれど、実際は祭りが始まる前にすでに花嫁が決まっているというのだ。

 以前、願いをかなえてもらうだけで、祭りの夜に逃げてしまった少女がいるから。

 その女は神様からの贈り物をもって逃げてしまった。

 結果、その年は村はひどい飢饉に襲われた。

 もちろん、逃げた女は死体で見つかった。


 その神様の力は本物なのだ。


 そのときは、もう村の人々は豊かになって神様という存在を半分信じていなかったけれど。

 そのときから村は変わった。

 半ば形骸化していた、神様への信仰心があつくなった。


 神様の花嫁は毎年選ばれるわけではないらしい。

 そりゃあ、そうだろう。

 そんなことをすればあっという間に、花嫁候補なんていなくなってしまう。


 だからこそ、たまに選ばれた神様の花嫁は重要な意味をもった。

 断るなんてことをすれば、村八分ではすまないかもしれない。

 一族は皆殺し、選ばれた娘は無理やり神様に差し出される。

 お母さんはそんなことを震える声ではなしてくれた。

 ばからしい。

 せめて、おびえているのならば涙の一つでもながしてくれればいいのに。

 私はそんなことを思っていた。


 要は私に拒否権はないらしい。

 ならば、せめてかなえてもらう願いは自分のために使おうと思った。

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