第9話 二度目の祭り


 二度目の祭りが行われる。

 その話を聞いたとき、僕は思わず「ユキ」のことを聞こうと思った。


 村の祭りは基本的に年に一度だ。


 一年に一回だけの特別なハレの日。


 だけれど、時々、二回執り行われることがある。


 不作だとか豊作だとかそういう分かりやすい理由であればいいのだけれど、僕にはさっぱり分からない。

 でも、確かに二回目の祭りが行われるのだ。


 それは突然の話だ。


 だけれど、大人たちは何事もなかったかのようにあっというまに準備を進める。


 そして、なぜ二回目の祭りが行われるかなど誰も言及しない。

 子供のころは、それでも嬉しかった。

 特別な楽しい日が二回もあるのだから。

 クリスマスが二回あればプレゼントも二個もらえるというような、子供ながらの単純な理論だ。

 何も知らなければ、ただ楽しむことができる。


 だけれど、僕は二回目の祭りとユキのことを関連づけずにはいられなかった。

 僕は必死に思い出す。

 前に祭りが二回あった年のことを。


 前に祭りがあった年に誰かが消えていないか。

 誰かが現れたことは覚えている。忘れようがない。

 だけれど、誰が失われたか……。

 僕はとんと思い出すことができなかった。


 祭りの夜。

 僕はいつもと同じように振る舞った。

 ただ、ずっと一緒だったユキがいない。

 それだけだ。

 たった、それだけのことなのに、僕はどうしようもない罪悪感で押しつぶされそうになっていた。


 賑やかな光と紅の着物の中をくぐり抜け、僕はまたあのぽっかりとした闇の中に、気が付くと向かっていた。


 闇の中ならば再びユキに会えるような気がしたから。

 例え幽霊だとしても構わない。

 会って、話がしたかった。


 だけれど、闇の中にユキがいる。そんなちょっと泣けるファンタジーみたいなことは現実に起きなかった。

 当然のことだ。


 当たり前なのに、期待を裏切られた僕はユキの家へ無意識に向かう。

 小さなころ一緒に遊んだ思い出から、あの祭りの夜にユキとキスをしたこと、それから……。

 その宝石みたいな思い出を一つ一つ手にとって宝箱から取り出すようにしながら、僕はその思い出を捨てていった。

 捨てなきゃいけなかったんだ。

 そうしなければ、きっと次は僕が殺されてしまう。


 久しぶりに向かったユキの家は様変わりしていた。

 すべてがくすんで寂れていた。

 なにか良くないものに覆われているように。

 そして物々しい七五三縄でその敷地が囲まれていた。


 どうしてそんなことをするのだろう。

 すべてが黒くくすんだようになったユキの家のなかで、一点だけ光り輝く部分があった。

 そう、そとに着物と帯がつるされていた。

 それは間違いなくユキがあの祭りの夜に着ていたものだった。

 帯は確かにユキの母親が刺繍をしたみごとなものだし、リンゴ飴の染みまで残っている。


 だけれど、不思議なことにあの着物は紅ではなく白になっていた。


「ねえ、ずっと待ってたよ」


 気が付くとユキが後ろにいた。

 青ざめたその顔は確かにユキの物だった。

 髪は短く切られていた。いや、丸坊主といったほうがただしいかもしれない。

 大きな瞳のまわりはくぼんでいた。

 だけれど、幽霊ではない。

 ユキの下腹部は明らかに大きく膨らみ、前にみたときと違っていた。


 ユキは膨らんだ腹に手を添えてこちらを見て、微笑んだ。


「あのね、この子を産んだら……うち、自由になれるんだ」


 そういって、こちらを見る。

 言いたいことはいろいろあった。

 産んだ子供はどうするのか。

 そもそもいままでどこにいたのか。

 どうしてあの日ユキは来なかったのか。


 自分の責任をすべて脇に押しやってそう問いかけたかった。


 だけれど、ユキは僕に口を開かせずに言葉を継ぐ、


「うち、神様の子供をみごもったの。この子は神様の子供。あんたのこどもじゃないから、安心して」


「僕の子供じゃない?」


 困惑して聞き返すと、ユキは気でも狂ったのか。けたたましくけらけらと笑った。


「あたりまえじゃない。最後までできてなくて、自分の子供なんてよく勘違いしたね。そういう優しいとこきらいじゃないけど」


 そういって、お腹を抱える。

 ひいひいと苦しそうなので、思わず産気づいたのではないかとびびる。だけれど、ユキはそんなのお構いなしだ。


「はじめての女の子があんな風に、上手くセックスできるわけないじゃない」


 そう、捨て台詞を吐く。


「とにかくあんたの子供じゃないから」


 それだけ言うと、ユキは身に着けていた浴衣を脱ぎ、真っ白になった希和蛇織りの着物を羽織る。

 それは花嫁衣装とでもいうのだろうか。

 狂った女と和装の花嫁というのは、息を呑むほど美しかった。

 例えその腹が異様に膨らんでいたとしても。


 ユキは去って行く。


 そして、不思議なことは続く。


 実は僕には妹がいる。

 本当は妹なんていないのに。

 妹はある日突然、現れた。

 親の再婚で義妹ができたとか、実は腹違いの妹が転校してきたとかそういう学園ラブコメにありがちな話ではない。

 昨日までいなかった妹という存在が、ある日突然できて、そして僕以外の周りの人間はそれを当然のものと受け入れた世界に変わった。


 そう、だから女の子に起きる不思議なことには慣れているはずなのだ。


 この村ではそういうことが起きるのだ。


 奇妙なこと、ありえないことが起きる。

 夏が始まる前に夏祭りが行われるなんてかわいいものだ。

 そう、妹ができたのも二回目の夏祭りが行われた年のことだった。

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