第26話 閑話 ――アカネ――


 ヒロトのおかげで本当に楽しい日々を過ごせている。

 私が生まれ育った場所では考えられないくらい毎日色んな事が起きる。

 世界にこんなにたくさん色があるなんて知らなかった。

 生きているって感じがする。


 毎日、目にする物がすべて新しくて輝いて見える。

 昔、本で見た知識などから人間は大きな建物が作れたということはわかってはいた。でも、それはあくまで知識でかつてそうだったというくらいの認識だった。そこに人がいて物が溢れている状態を直接見るのとは全く違う。


 たくさんの人がいて、熱気と活気と、そしてなにかをしようという意思に溢れている。誰かに決められたことを割り振らるのを待つのではなく、自分で決めて自分で動ける。


 好きとか嫌いがあって。誰かを特別好きになってもいい。


 現にヒロトはシオンちゃんを特別大事にしているし、ヒロトのお父さんとお母さんもお互いを大切に思っている。

 誰かを特別に思ってはいけないと子供の世話係を外された私にとっては、それだけでもこの世界が輝いて見える要因の一つになる。

 世界ってこんなに広くてわくわくするものなんだって……ヒロトといるとたくさんの発見がある。

 シオンちゃんも優しい。あまりたくさん話すことがないけれど、なにかと気を使ってくれている。


 お互いがどこから来たか話はしていない。

 私たちがここにいられるのはとても幸せな偶然だってことはわかっている。

 でも、私たち自身もどうしてこんなことができたのか不思議でしかたがないのだ。

 同じ選択肢があった子でも、こんなに幸せになれたのはヒロトとで会えたおかげだ。

 ヒロトと出会えたおかげで毎日が夢のように楽しい。ううん、夢のなかよりたのしい。

 私たちたちが生まれた世界はもっと色がない。

 白と黒に分けることを軸にしたルールと世界。

 女性だけの争いのない静かで穏やかなせかいは素晴らしいと教えられてきたけれど。


 実際は規則に抑えられて労働するだけの日常。

 誰かを特別に思うことが許されない世界。

 だれかに恋をするなんてありえない環境。

 こんな状態だったら、たとえ男性という生き物が私たちの世界にいたとしても争いはおきないだろう。

 ただ、みんな衰退していく自分たちの文明に流されていくだけ。みんな無気力なのだけ。白と灰色の世界は混とんとしても灰色になるだけ。

 私は虹のように色んな色が一度にたくさん存在する世界に生まれたかった。


 この前は私が「雪をみてみたい」っていったら、ヒロトは「真夏に雪って」て呆れ顔をしたけれど、少し考えたあとにかき氷というものを作ってくれた。

 ただ、「雪」といったとき、一瞬だけ顔を曇らせていたけれど。

 お皿の上に小さな雪の山をつくって、その上に小豆に白玉、抹茶のシロップに缶詰のだものを少し乗せる。

 冷たい雪の山に色んな種類の甘いがたくさんのって、混ざり合って全部が冷たくて甘くて美味しかった。

 シオンちゃんは果物をたくさんのせていちごのシロップを掛けていた。

 ヒロトはメロン味のシロップにゼリー。

 みんなで同じものを食べているはずなのにぜんぜん違う味のものができあがって楽しかった。

 食べ終わったときに、ヒロトは得意げに舌を見せてれた。緑に色になっていて気味が悪くておかしくシオンちゃんとふたりで指をさしてわらってしまった。


 あと、最近はやっと麺を「すする」ということができるようになった。

 最初にショッピングセンターでうどんをたべたときはヒロトがなにをいっているかわからなかったけど、真似しているうちに確かにうどんもそばもそうめんもすすったほうが美味しい。

 ちゅるちゅると冷たい麺がつゆとよくからまった状態で食べられる。

 こんなに美味しいのかと初めてうまくできたときは感動だ。

 その話をすると、「じゃあ今度は温かい麺にも挑戦しよう」っていってインスタントラーメンというものを作ってくれた。


「おやつにたべるインスタントラーメンは鍋から直食いするのが美味しいんだ」


 そういって、真ん中に卵をおとしたラーメンを手鍋に入れて出してくれた。

 アルミの鍋があつあつで、これはすすり方をまちがえたら肺がやけどするんじゃないかと心配になった。その話をすると、ヒロトは大笑いした。ひどい。ちょっとだけ傷つく。

 だけど、「大丈夫」といって、麺をふうふうと息で冷まして食べさせてくれた。

 正直にいうと、なんだかとってもドキドキして味はわからなかったけれどあたたかくていままで食べたものの中で一番美味しかった。


 楽しい事はたくさんある。

 ヒロトがでかけているとき、シオンちゃんと過ごすこともある。

 ヒロトは知らないけれど。シオンちゃんはとても可愛らしい女の子だ。

 そして、私にとってその存在はまぶしくて目を細めずにはいられない。

 なにがどうやったらシオンちゃんのようになれるのか私には想像もできない。

 けれど、きっとシオンちゃんはシオンちゃんだからシオンちゃんなのだろう。

 自分でも何をいっているか分からないからこんな風に言ってもほかの人には伝わらないよね。


 けれど、彼女がもっている幸運は彼女だから手に入れられて、それを手に入れたから彼女はシオンちゃんになれたのだと思う。

 うん、こういっても難しいし、もしかしたら見当違いかもしれない。

 だけれど、私だってあの世界から抜け出せたのだから十分に幸福なのだ。


 あの世界に疑問をもてたこと。


 もしかしたら、運命を変えるのには遅すぎたかもしれない。だけど、こうして毎日いろんな色に出会って、ヒロトをはじめ色んな人のあたたかさがある。

 私は幸せだ。



 きっと、最高の夏として一生の記憶に残るだろう。

 そして、人生最後の最高の出来事として……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る