第21話 いちご味とストロベリー味

 僕たちは怠惰にそして全力で夏休みを過ごした。

 ショッピングセンターをぶらついたり、一緒に家で映画をみたり。冷房をガンガン聞かせた部屋でゴロゴロしたかた思えば、冷凍庫で凍る寸前まで冷やしたジンジャーエールを庭でのんで過ごした。

 デートとは言われていたけれど、特別なことを毎日続けるのは無理なので、日常のなかでできる範囲で小さな楽しい事を一緒に見つけられるようなことをした。


「もし、世界が明日滅亡するなら何をする」なんて問があるけれど、それにたいしていつもと同じ日常を過ごすという人の気持ちが何となくわかる気がした。

 終わりがくるとき、人はそれまでの普通を手放して新しいものに手をのばすより、それまでの普通を繰り返して味わい直したほうが幸せなのだ。


 だから僕は夏休みという記憶の中で楽しかったものを毎日再現する。

ただし、この夏はそこにアカネが加わっているけれど。

本当はここにユキがいるはずなのに……その言葉が喉にまで出かかって必死で飲み込む。


 ショピングセンターにくりだして、適当な店を冷やかしたり、熱帯魚をみたり、母さんのおつかいをしたりした。おつかいを頼まれたときはもちろんお駄賃をもらうことにしている。残念ながら我が家のおつかいは現金を渡されない。僕は先日のお昼代の三千円でくいつないでいる。あらかじめある程度電子マネーにお金を入金しておいて、非常時やおつかいのときにそれを使うという仕組みだ。なのでお駄賃はおつかいのときに一緒に高めのアイスクリームを二つ放りこむ。


 おかげでこの夏はアカネと二人で高級アイスの味をほとんど制覇することができた。ちなみに、アカネのお気に入りはストロベリー味だ。僕がいちごというとなぜかアカネは怒る。

 アカネ曰く「マックのシェイクがいちご味で、高級アイスクリームはストロベリー味」らしい。何度もいちごもストロベリーも同じものだと説明するのだけれど、アカネは一向に聞く耳をもってくれないのだった。


「いちごはすごく甘くて、ストロベリーは甘酸っぱい感じがするんだもん」そう言ってアカネは両方を喜んで味わうのだった。


 図書館に行って涼む。これはお金がかからなくて結構いい。

去年まではユキともよくこうやって過ごした。

村の図書館で勉強をする人はあまりいないので、僕たち二人の貸し切り状態だった。

午前中からいくときは、アカネがお昼を作ってきてくれて二人でお弁当をロビーで広げる。


アカネの料理は少し変わっている。というか、本音をいってしまうと単なる味覚の話で言うと味が薄い。例えば、パンを食べるとき普通はバターやジャムを塗ると思う。けれど、アカネはそこに何かを添えたりしない。

前に一度、


「あの、アカネさん。これ味薄くありません?」


ときいたことがあった。そしたらアカネは一口たべて、


「そうかな、ちゃんと塩と小麦の味がするけど」


といった。

流石に、最近は僕と食事をしたり本を読んだりするうちに味をつけるのが一般的だと気づいたのか、ハムやら野菜が挟まれることになった。ちなみに、パンは自分で生地をこねて焼いていたらしい。


 お昼のお礼に僕はアカネに絵本を読んで聞かせる。

 絵本をよんでいると、意外と内容が深くてはっとさせられることも結構あった。

 普通に自分の興味がある本だけ読むのとはまた違った発見があった。

 ときどきは、シオンもついてきたが何故か大抵はアカネと二人きりだった。


 今までの夏だったら、シオンはどんなときもついてきていたのに大人になって兄と一緒にでかけるのが恥ずかしい年頃になったのだろうか。ちょっとだけ寂しくなる。


 ただ、別に「お兄ちゃん嫌い」みたいなことを言われるわけではなくでかけるのについてこないだけ。

 朝食を作ってくれたり、お菓子を焼いてみたり、学校の宿題を聞きに着たりと家の中ではいままで通りの態度だ。今まで通りの家族にも兄にも優しい天使のように可愛い妹である。

「お兄ちゃんの洗濯物と一緒に洗わないで」なんて叫んでいるところはまだ聞いていないし、少なくとも昨日の洗濯物は家族みんなのものが一緒に洗われていたから大丈夫なはずだ。


 リビングのソファーで一人でごろごろしているときなんかは、むしろ前よりよってくるくらいだ。大丈夫だと思いたい。ソファーの前にすわって軽くこちら側によりかかってくる。そんなときは、頭を撫でろという意味なので優しくシオンの頭を撫でる。こういう愛情表現は猫みたいだ。

 シオンつやつやの髪は天使の輪ができるくらいきれいだった。


「なあ、シオン?」

「ナニ?」

「いや、なんでもない」


 僕はどうして最近あまり一緒にでかけようとしないのか聞こうとして途中でやめる。

 夏休み前はあんなに一緒に過ごす時間を楽しみにしてくれていたのに。

 この間まで一緒にたくさんでかけようって言っていたし、いままでの夏ならずっと僕のそばにいて離れなかったのに。

 別に僕のことが嫌いになったわけではないのかもしれないけれど、なんとなく寂しかった。

 もし理由を聞いてしまった時、「お兄ちゃんのことが嫌いになった」なんて理由が万が一返ってきたら僕は悲しくて死んでしまう。

 大げさか。

 でも、それくらいシオンのことが気になるのだ。

 ずっと一緒にすごしてきたかけがえのない存在。

 大切でずっと守っていくと決めた可愛い妹。

 もし、シオンが将来お嫁にいくことになったら兄として素直に祝福するつもりはある。でも、数年後に彼氏をつくってうちに連れてきたときはそこまで広いこころを持てる自信はない。

 こうやってみると、僕は自分で思っているよりもシスコンだったのかもしれない。

 ただ、シオンを大切に思っている。

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