第4話 お願い。触って、確かめて……

「どうしよう……お漏らししちゃったかも……?」


 震えるユキの声が僕にすがってきた。

 正直、暗やみで分からない。そのことを告げると、


「お願い、触ってみて?」


 ユキの手が僕の手を離れてそっと、肩に寄りかかってきた。

 甘い蜜のような香りが鼻をかすめる。


「お願い。触って、確かめて……」


 ユキの涙を含んだ声は消えそうだった。

 最初は戸惑った。

 いくらユキとは小さなころ、一緒にお風呂に入っていた仲だとしても。だけれど、泣いている女の子に懇願されてそれをほうっておくなんてこともできない。


 僕は、おそるおそるユキの浴衣の裾に手をのばす。


 本当は綺麗に脱がせた方がいいのかもしれないが、綺麗に帯を結い直す自信が無い。ユキも泣いてしまってので結び直すことは期待できない。

 普通の浴衣の帯くらいならばなんとか僕でも結ぶことができるのだが、祭りの帯は別だった。


 祭りの夜に希和蛇織りの浴衣を留める帯の結び方は変わっているのだ。

 絹のように滑らかな浴衣の生地とは違い、帯は固くごわごわとした生地で出来ていた。


 この帯は高貴な方には献上していない。だけれど、村に自生する植物の繊維をより合わせて作った糸が元になっているので普通の浴衣の帯と違って扱いにくい。

 本来は着るのには適していないのだろう。


 母が内職でこの帯の糸を寄っているときに、繊維が母の肌を傷つけて何度も血を滲ませていた。

 毎年、帯作りにかり出される時期の母をみると気持ちが沈んだ。

 白く美しかった母の指の皮膚がやぶれ、血にまみれ醜く膿んでいく。その様子は一瞬で少女が老婆になっていくような薄気味悪さがあった。


 糸を縒り終えたら、次はそれを布のようにする。ただ、この帯は織るのではなく、編んでいく。機械を使うのではなく、村の女性たちの手で編まれていく。

 編むことによって、固くてとうてい着るのに向かなかった繊維が、なんとか着物を留めることができるくらいの柔軟さを持ち始める。


 手で編みところどころ毛羽のあるそれは、希和蛇織の流れるような滑らかな布肌を噛み、浴衣が着崩れるのを防いでくれる。

 帯は村の女衆で作り、浴衣と一緒で年頃の娘がいる家に支給されるが、帯は浴衣と違って返さなくてもよい。汚れても問題がないのだ。なので、帯は各家で好きに加工していいことになっている。


 染めても、刺繍を刺しても、お咎めはない。

 むしろ推奨されていた。


 昔はその帯の美しさを競う催しもあったらしい。

 ただ、帯に装飾を施してよいというのは、表向きの理由だ。


 本当の目的は帯をどう加工するかによって、その娘がその家でどのように扱われているか分かる。

 そう、村で一番大事にされていない娘がだれか分かるのだ。


 加工もせず、毛羽が強い帯は娘たちの肌を傷つける。

 村で一番大切にされていない娘は血の香りを纏いながら、居心地悪そうに微笑むしかないのだ。


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