第3話 こんな田舎にあるわけない
ユキの家に帰るのに、僕らは何時もと違う道を選んだ。
本当なら、出店などがならぶ賑やかな通りを歩けばいいのに、僕らはキスが照れくさくて、そして、ユキの浴衣が――希和蛇織りの浴衣を穢したことを誰にも知られたくなかったから、僕らは人がほとんど通らないひっそりとした道と言えない道をあるくことを選んだ。
祭りの夜は星も月もない。
その方が、偽物の昼間が映えるから。
提灯の明かりに煌煌と照らされた場所は賑やかで人々は、いつもより楽しそうだった。
だけれど、祭りの場所以外はまるでそこに何もないかのような闇がぽっかりと口を開けている。
子供じゃないのに、そんな闇が怖くて仕方が無かった。
そんな闇の中を早く通り過ぎてしまいたいのに、僕らはなかなか見覚えのあるユキの家に辿りつくことができなかった。
「ねえ、おしっこしたい」
ユキがもじもじと言う。
さっきから歩みが遅いと思ったら、このせいか。
ユキの手はさっきよりももっと冷たく、汗ばんでいた。
今までただ僕に手を捕まれているだけだったユキの手が、今度はぎゅっと詰めがくい込むくらい僕の手を握りしめた。
急に言われても困る。
なんせ、こんな田舎の村に公衆トイレなどもとからほとんどない。
あるのは田んぼと畑。そして、それぞれの家の庭という名のうっそうとした木の群生。
子供ならどうにか使用はあるけれど、ユキは年頃の女の子だ。どうしようもない。
「大丈夫……?」
ユキに寄り添うようにしてそっと彼女の背中をさすった。
ひどい汗だ。浴衣の生地がぴったりと彼女の肌に張り付いている。なのに、僕は彼女のそのひどい状態よりも、浴衣の生地――希和蛇織越しにユキに触れることに夢中になっていった。
絹よりも滑らかなさわり心地の上に手を置くと、小川に手を浸したときのように、やわらかな流れが手のひらをくすぐる。
生きているみたいだ。
ありえないことは分かっている。
きっと、この暗やみとユキの汗、そして世にも珍しい織物という条件が僕にそう錯覚させているだけだ。
「ユキ、歩けるか?」
ユキの背をしばらくさすり続けた後聞いた。
こうしていてはどうにもならないと思ったから。
まるでおこりにかかっていたように震えていた彼女が一瞬とまる。
「はやく、帰ろう」
僕は彼女を励ますように言った。
震えもともったこの瞬間がチャンスだと思ったのだ。
それに小さい頃から育ったこの村のことだ。どんなに遠回りしてもそんなに遠いわけはないし、目を瞑っていても道に迷うなんて有り得ないと思ったのだ。
そして、一歩、彼女の手を引いて踏み出すと、わっと彼女は泣き出して座りこんだ。
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