第二章 姉
第1話 姉が家に来た日
その人は突然、僕の家にやってきた。
母と二人暮らしだった僕の生活はそれから大きく変わった。
「あの家は……ほら……」
なんて陰口をたたかれることもそれまで幾度となく聞いてきた。
僕はそれがまるで僕ではなく、世間が母を責めるみたいで嫌いだった。
あの人が来てから、その声を聞くことがなくなったので、あの人は僕にとって神様みたいなものなんだと思う。
そう、だから僕はあの人に逆らってはいけないのだ。
カラスの濡れ羽色の髪に、黒曜石のように艶やかな真っ黒な瞳、そして骨自体が発光しているのかと思うほど白い肌のその人は僕にとって神様みたいな存在だった。
「今日から、君のお姉ちゃんだからね。よく言うことを聞くように」
その人は僕を見下ろしながら、言った。
僕はその人を一目見て、人間じゃないと思った。
人間の女の人ってもっと人と話すときおどおどと遠慮している。なのに、目の前にいるお姉ちゃんは堂々として、そしてとても綺麗だった。
まるで今まで一度も何かと混ざったことがないんじゃないかと思うくらい澄んだ瞳をしていた。
すべてを見透かしたような瞳は僕からそらされることはなかった。
その人から僕の人生は変わった。
何か心配なことがあっても会ったことのない神様に心の中にお願いするのをやめて、すべてお姉ちゃんに相談するようになった。
いじめっこにいじめられたとき。
学校の勉強が難しくてついていけないとき。
運動会でリレーの選手に選ばれたとき。
いままでは、心のなかで神様に「たすけてください」とお願いしても何も変わらなかったけれど、お姉ちゃんに話をするだけで僕の人生は驚くほどうまくいくようになったのだ。
いじめっこはいなくなり。
テストの答えは簡単にわかる。
リレーも僕自身はそんなに足が速くなったつもりはないのに、僕のチームが優勝することができた。
本当に魔法みたいだった。
僕の人生は薔薇色になりはじめた。
他の子供の毎日はこんなに楽しいものだったのかと驚くほど僕の生活は変わった。
毎日、家に帰ればお母さんがいてご飯をつくってくれる。
休みの日はお父さんとキャッチボールをしたり、ときどきは遠くに連れて行ってくれる。
お姉ちゃんは、僕が必要とするとき、いやそれ以外もいつもそばにいてくれた。
姉弟っていいなと思った。
それまで、ボロアパートの寒い部屋で何かにおびえながら母が帰ってくるのをまっていたのに。いじめられてひもじくてとにかくつらい毎日だったのに。
お姉ちゃんができてから僕の生活は変わった。
まるで、それまでの生活が嘘みたいに。あたたかくて素晴らしいものになったのだ。
あれからの五年間はあっという間だった。
「ほら、りゅーくん。よそ見してないで、ちゃんと見て?」
目の前で姉が服を脱いでいる。
あれから姉はまったく見た目が変わらない。
初めて会った時、女子高生かなと思っていたけれど、学校には通っていなかった。
今も目の前でセーラー服を脱いでいるけれど、この人の年齢はまったくわからない。今日は一緒にあるいているとカップルに間違えられたから、今は僕と同じ年くらいに見えているのだろう。
「美人な彼女さんですね」
僕たちが一緒にいると、知らない人たちはみんなそう言ってくれる。
あえて姉弟だとは訂正しない。
美人で頭がよくて、僕の人生を変えてくれたお姉ちゃん。
それ以上を求めちゃダメだと思っている。
ただ、お姉ちゃんの望むようにしていれば僕は幸せでいられる。
そう思っていた。
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