第2話 ふたりあそび

「ねえ、りゅーくん。お姉ちゃんとかくれんぼしない?」

「えっ? どうしたの、急に。」

「じゃあ、だるまさんが転んだでもいいよ」


 お姉ちゃんの突然の提案に僕は困惑した。

 だって、小学生じゃあるまいし。

 いや、むしろお姉ちゃんは僕のお姉ちゃんになるなり、いくつかの遊びを禁止した。

 かくれんぼ、だるまさんがころんだなどありふれた遊びだ。

 もちろん、当時の僕には友達もいないしそんな遊びをすることはなかったが。

 一度、小学校低学年の子供と遊ぶボランティアみたいなものに参加したときそんな遊びをしたとお姉ちゃんに話したら、ものすごい剣幕で怒られたのを覚えている。

 僕の手首にはくっきりとお姉ちゃんの手のあとが赤く残っていたくらい。

 いつも僕には優しいお姉ちゃんがとても怖かったのを覚えている。

 だから、変だと思ったのだ。

 あれほど禁止していたかくれんぼを一緒にやろうなんて言ってくるのは。

 しかも、僕たちはもうかくれんぼをして遊ぶようなこどもではないのに。


 だけれど、お姉ちゃんは高校生になった今、かくれんぼをすることをもとめた。

 神様であるお姉ちゃんが求めるのだから僕はしなければいけない。


 まずは、お姉ちゃんが鬼になった。

 木に向かって自分でめかくしをして、数を数える。


「いーち、にーい、さーん、……」


 僕はなるべく早くかくれんぼをおわらせようと、大股でお姉ちゃんに近づいていく。

 学校からの帰り道の途中なのだ。

 はやく帰らなければ。

 お母さんは家で夕飯を用意しているし、今日は明日の週テストのための勉強もしておきたい。

 はやく家に帰れるように、僕は必死でお姉ちゃんのほうに近づいていく。


「よーん、ごーお、ろーく、なーな、はち、きゅう、じゅ」


 お姉ちゃんが振り向く。

 走る様にしてお姉ちゃんに近づいたせいか。それとも、振り向いた瞬間の緊張のせいか。額にひやりとした汗がつたった。

 お姉ちゃんの真っ黒な瞳がこちらを見つめる。

 ――動いてはいけない。

 そう、本能的に感じさせる鋭い視線が僕をさした。

 お姉ちゃんが僕を見つめているのはほんの数秒のことなのに、永遠に時がとまっているのではないかと思うくらい長く感じた。

 満足したのかお姉ちゃんは再び木に向かい、数を数える。


「いーち、に、さん、よん、ご、ろーく、なな、はち」

「切った」


 さっきとは比べ物にならないくらいの速さで数えていたお姉ちゃんにそっと触れる。

 本当ならば、鬼であるお姉ちゃんにつながれた子供とお姉ちゃんの手の間の鎖を切る真似をするのだが、二人だけなのでお姉ちゃんに触れる。

 そして、僕は全力でダッシュした。

 走っている間、自分がいつもと比べ物にならないくらい速く走っていることが分かった。

 さっきまで見えていた景色が恐ろしいスピードで後ろにきえていくのだから。

 お姉ちゃんが「ストップ」という前にできるだけ遠くまで逃げなければいけない。

 お姉ちゃんが僕を捕まえられないように。


 だけれど、僕はお姉ちゃんの「ストップ」という声を聞くことはなかった。


 振り向くとお姉ちゃんはいなくなっていたから。


 それ以来、お姉ちゃんは僕の世界から姿を消した。


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