第11話 銀髪美少女な妹
「オニイチャン……」
僕の妹は可愛い。それはこの世の物とは思えないほど。
夜空の星の光を編み込んだみたいな銀色のロングヘアーにミルク色の肌。苺みたいに赤い瞳の美少女だ。
とても美しい……でも、ありえない。
どう考えても普通の人間ではない。銀色の髪に赤い瞳なんて有り得ない。世の中にはアルビノで赤い瞳に白い髪で妖精めいた容姿の人もいるとは聞くがそれとは全く違う。
アニメやマンガの世界のように髪の毛は本当に銀色なのだ。
それなのに誰もちっとも不思議に思わない。
今朝も母はにこにこしながら「シオンの髪は本当に綺麗ね。まっすぐでさらさら。かぐや姫みたいだわって自画自賛ね。おほほほほ」なんて妹であるシオンの髪をのんきに梳かして遊んでいた。母はとくに何も思わないどころか、そのシオンの美しさを保つために京都から柘植の櫛と椿油まで取り寄せる熱心さだ。
父親は「シオンの入れたコーヒーは美味しいな」なんて新聞を広げながらのんびりと朝の時間を過ごす。
まあ、幸せな光景だ。
妹であるシオンの異常な容姿を覗けば。
こんな風にいうと僕が妹を嫌っているように思われるかもしれないが、そういうわけではない。
小さい頃からずっと面倒をみている可愛い妹、かけがえのない存在であることに間違いはない。
でも、違うのだ。
シオンはたぶん人間じゃない。
そもそも、シオンは母親のお腹から生まれていない。腹違いとかそうじゃなくて・・・・・・ああ、どうして説明しようとするとこんなに難しいのだろう。
簡単に事実だけ述べると、シオンはクジ引きの景品だった。
僕が、夏祭りの夜に引き当てた一等賞がシオンだったのだ。
僕は妖しげなクジ引きを引いたと、意識を失い。気がついたら妹ができていた。
男の前で頭を抱えて蹲っていたのに、気がつくと友だちに囲まれていた。
それはかごめかごめをする時みたいに、僕の周りにはぐるりとはぐれてしまった友だちとがいた。そしてその中の一人にシオンがいた。
「どうしたの?」
「頭痛いの?」
「大丈夫?」
友だちは口々に僕に質問してくる。とくに、幼馴染のユキなんて心配そうな顔をしてこちらをのぞき込んで、熱を測ろうとおでこを押し付けてきた。
周りからは「夫婦」だの「バカップル」だの冷やかしの声が上がったけれど、それどころじゃなかった。
「ああ、頭が痛くて死にそうなんだ。見て分からないのか」
そう返事をしようとして口を開くと不思議とさっきまでの喉の渇きがどこかに消えて、ぐっしょり濡れているはずの服も何事もなかったように乾いていた。
そう、すべては何もなかったことになっていた。
僕は友だちとはぐれてなんかいない。服も濡れてない。汗を滝のように流していないし、失禁もしていない。
急にしゃがみこんだ僕を心配してみんなが囲んだことになっているらしい。
僕は自分の認識と事実があまりにも異なることに混乱した。
「風邪引いたみたいだから、先に帰るわ」
なんとかそれだけ言ってみんなから離れようとすると、ユキが俺の手をひっぱって歩みを止めさせた。
「ほら、シオンちゃん。ちゃんと連れて帰らないとおばさんに怒られるよ!」
そういって、ユキは銀色の髪の美少女の手を僕に握らせた。
こんな子、知らない。見たいこともない。
そう思ってその女の子の手をふりほどき、
「シオンってだれ?」
そう聞こうとしたとき、銀色の髪の少女は僕の袖をぎゅっと引っ張った。
「オニイチャン・・・・・・」
ルビーみたいな綺麗な瞳がこちらを見ていた。
炭酸水が爆ぜる時みたいな小さな声だったけれど、それは僕を止めるのには十分だった。
普通なら、冷静でいられないだろう。
知らない人間じゃない生き物がいきなり自分の妹だなんていうのだから。
だけど、シオンはとても綺麗だった。
真っ白なワンピース一枚だけ来たその姿はまるでそれだけで作品になるくらい。
でも、その姿は明らかに不可解なのだ。
友だちと夏祭りに着ているのに裸足だし、首からは銀色の小さい板に「1」と書かれたネックレスをしている。そういえば、さっきクジを引いたときの箱にあんな感じの板がいくつも入っていた。そして、子供服なのにポケットもない簡素な白いワンピースに裸足。うちの母さんなら絶対こんな服を着せたりしないし、子供に靴を履かせないなんてありえない。
そもそも、この村の女の子ならばみんな希和蛇織の着物を着るのが決まりなはずだというのに。
それでも、僕にはどうすることもできなかった。
子供になにができるというのだろう。
ある日、まったく自分の記憶と異なる日常が自分の日常とすり替えられていたとしても、ただそれに流されるしかない。受け入れてなんてことないフリをしなければ気が狂ってしまう。
どんなに元どおりの世界をもとめても戻る方法なんて分からないのだから。
僕はみんなに言われるまま、妹と言われた銀髪の美少女シオンの手を引き家路についた。
父さんや母さんまで変わってしまっていたらどうしようと思いながら。帰り道、シオンはずっと無言だった。
自分より幼い少女が普通、こんなに黙ったままでいるものだろうか。
僕はたまらず家に着く直前、何でもいいから話しかけた。
「その、首からさげてるやつって何?」
僕は偶然、目についた銀色のネックレスのことを聞いてみた。単に話題が欲しかっただけ。シオンの中で一番、普通そうなものだから聞いてみただけだった。
「・・・・・・イットウショウ」
シオンはか細い声で返事をした。
一等賞だって?
じゃあ、やっぱりあれは・・・・・・あの男もクジ引きも夢じゃなかったということか。
気づくと僕の膝はがくがくしてなかなか前に進めなくなっていた。
僕はシオンに引っ張られるようにして家に帰った。
「おかえりー。シオンちゃん楽しかった?」
家に帰ると母さんはいつもと変わらなかった。ただ、母親の認識の中にシオンという存在が加わっているだけ。
シオンはコクリと頷く。
「ヒロトは無駄遣いしなかったかしら?」
なんて母さんがおどけると、シオンはぶんぶんと首をよこにふる。
無駄遣いはしてないとシオンに報告してもらってわずかにほっとする。本当は夏のお小遣いを全部使いはたして財布はからっぽだったけど。
ただ、父さんがいうことにはお金をたくさん使うことが無駄遣いというわけではないらしい。
正しい目的や物に使うなら問題がない。ただ、やみくもに浪費するのが無駄遣いなんだそうだ。
僕が考え事をしているのを母さんは、僕が疲れて眠い性だろうと思ったらしい。
「二人でお風呂、入っちゃいなさい」
そういって僕とシオンをバスルームに放り込んだ。
知らない女の子と二人きりのお風呂。
これが物語ならばきっとすごく甘酸っぱくドキドキするのだろう。
ずっと一人っ子だったから、女の子の裸なんてみたことがない。だけど、今の僕にとっては女の子の裸を見ることよりもこの得体の知れない存在と一緒に無防備な状態で狭い空間にいなければいけないと言う方が大問題だった。
――バサリッ
シオンは一瞬で裸になった。そりゃあそうだろう。布に穴をあけて腰の部分を紐で縛っただけみたいな、布のワンピースしか身に付けていなかったのだから。
この前、歴史の授業でならった貫頭衣にそっくりな作りだった。簡単な作りで機能性はちょっと足りない昔の服。いや、着物にも少し似ているような気がした。そう、袖がない着物にも似ているかもしれない。
そんな服をシオンは着ていた。そしてその下は完全な裸体であった。
パンツの一枚も着けていない。
シオンはその姿を特に恥じる様子もなく堂々としている。
そして、細々とした服を脱いでいく僕を興味深そうに見つめている。本来恥ずかしがるのはシオンかと思いきや、いつのまにか僕の役目になってしまっていた。
「そ、そんなにみるなよ」
僕は強がってわざとぶっきらぼうな口調になるが、シオンは特に気にする様子はない。
そのまま何もしないのは気まずいのでシオンに風呂の入り方を説明する。
シオンは温かいお湯や、ふわふわに泡立つシャンプーをみて驚いていた。
驚いてばかりでは仕方ないので、シオンの髪をあらってやる。
お湯で揺らして、シャンプーを頭の上で泡立てる。自分のと違う長い髪を洗うのは絡まらないか心配だったがシオンの髪はとても素直で絡まることなく洗われてリンスをすると更に輝きを増したのだった。
流石に身体は自分で洗ってもらうことにし、僕もお湯に入るため素早く自分の身体と頭を洗った。
母さんは気を遣ってくれたのか湯船には青い入浴剤が入れられていた。
「オソラ……ミタイ」
シオンが感心したように言う。
少なくともシオンがもといた世界とこちらの世界の空の色は同じ色のなのだと気づいて少しほっとする。
「ねえ、どこからきたの?」
僕はつとめて静かな声で聞いた。
「トオク」
「ホントは僕の妹じゃないよね?」
「イマハ、オニイチャンノイモウト」
そういって、首から下がった銀色のネックレスを見せる。
クジ引きの景品の「一等賞」ということだろう。
僕はあのときのことを思い出して、再び吐き気に襲われる。
いないはずの妹なのに、周りはシオンが僕の妹であることに一ミリたりとも疑問をもたない。
そして、シオンの変わった容姿にも。銀色の髪も苺みたいな目もとても綺麗だけれどあまりにも現実離れしている。たとえ髪や瞳の色について、アルビノみたいな色素の関係といわれてセーフだったとしても、外国の女の子のようなぱっちりとした瞳や彫りの深さは日本人顔のうちの両親から生まれるとは思えない。ありえないが母さんが外国の人と浮気したとしてもシオンの日本人離れというか人間から離れた美しさを作り出すのは不可能だろう。
妖精の子供。
シオンをたとえるならば、この言葉が一番しっくりくる。
憂いを帯びた瞳に儚げな雰囲気。幼い容姿との対比でそのアンバランスさがなんとも危うげで妖しい美しさが漂っていた。
でも、どう考えても異常だ。
クジ引きを引いたら人間が当たったなんて・・・・・・しかも、まわりの人間はそのことに気づかない。シオンが今日になって突然に僕の妹になったことに気づいた人間は僕の他に誰もいないのだ。
魔法みたい。
馬鹿みたいだけど、そう思わずにはいられなかった。
あの日以来、シオンは僕の妹になった。
突然化け物になって僕のことを食べようとしたり、魔法が使えたりする様子はない。
見た目以外は、普通の可愛い妹である。
人というのは不思議と慣れてしまう生き物らしい。
僕とシオンは兄妹喧嘩もするし、仲良く一緒におやつも食べる。
兄として妹のことは守りたいと思うしかけがえのない存在だ。
もし、シオンの髪や瞳が普通の色だったらシオンがクジ引きの景品だったなんてタチの悪い子供の妄想だと笑い飛ばせただろう。母親に怒られるか妹ばかり可愛がられているのを面白くない兄が、子供っぽい嫉妬からつくりあげた想像の物語。
だけど、本当にシオンの髪や瞳の色は普通じゃない。普通だったらどんなに良かっただろう。せめて、その色の特異さに他の人間も気づいてくれればいいのに。
何度も試している。いろんな人に「シオンの髪の色って変じゃないかな?」ってそれこそシオンがうちに来た日からずっと聞き続けている。でも他の人の回答は「確かに普通よりちょっと色が薄いかもね。でもとても綺麗だし、それがシオンちゃんの個性だよ」とにっこりと笑って僕を諭していくばかりだった。
学校に行ってもだれもシオンの髪や瞳を馬鹿にすることはなかった。
子供というのは大人よりも異質な物に敏感であっという間にいじめられるか、異常なカリスマ性をもつ崇拝の対象になるのかと思ったのに。シオンは普通の美少女として扱われている。
僕は不思議で仕方が無かった。
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