第17話 バスに乗って
「ほら、ヒロト。時間が無いよ」
アカネは今日も僕の部屋に起こしに来た。
もちろん、シオンは窓から直接忍び込んでくる。
残念ながら、僕はすでに起床したあとだった。
というか、シオンに起こされたのだ。
今朝のシオンは少しだけ変だった。
いつもなら僕が朝寝坊してもリビングでのんびり待っていて、朝ご飯を温め直してくれるのだが、今朝は目覚めると目の前にシオンがいた。胸の上に手を置いて眠ると悪夢をみるというのは、手を置いた重さのせいで呼吸が苦しくなるからといわれているが今日は起きるとシオンが僕にまたがっていた。
またがるといっても変な意味ではなく、普通に布団の上から僕にのって「オキテ」と僕を揺り動かしていたのだ。
もちろん、シオンはきちんと服を着ているしパンツだって履いている。
そもそも、シオンがパンツを履いてなかったのはうちにはじめて来た日ぐらいだ。
普段のシオンはパンツどころか、ドロワーズとかパニエとか普通の女の子と比べても多く下着を身に着けている。母が着せたがる女の子の夢がたくさんつまったような子供服の贅沢なスカートをきれいに着こなすのには欠かせないらしい。
シオンにしては強引だなと不思議に思いながらも素直に従う。いつも控えめな人間が強気にでると従うほかない。シオンに促されるまま朝の支度を済ませて朝食を食べる。
朝食はシオンが作ってくれたおにぎりを渡された。
しかし、シオンはなぜか急かしてくる。美味しいのにもったいない。
シオンの作ってくれたおにぎりはやけに大きくてまん丸でちょっとしたソフトボールくらいの大きさがあった。中には鮭に卵にほうれん草に漬物と非常に具沢山だった。もしかして、これは朝食を味噌汁以外すべておにぎりにしてしまったのだろうか。そう疑問に思いながら味噌汁で流し込めとばかり僕が一口おにぎりを齧るたびに味噌汁の椀を渡してくる妹をすこしだけ恨めしく想った。
シオンはなぜだか僕の髪にワックスまでつけて整えて、コーディネートまで勝手に決めてくれた。
流石に、着替えさせようとしてパジャマのボタンに手をかけてきたときは止めた。
最近の僕はそんなにだらしない格好をしていたのだろうか。
「なんか、今日は爽やかでかっこいいね」
アカネは言った。「そうでしょそうでしょ」といいたげにシオンはにこにこして頷く。
女二人の様子をみると、やっぱり最近の僕はダサかったのかとちょっとだけ恥ずかしくなる。
「今日はどこに行くの?」
「ああ、ちょっと遠出して郊外のショッピングモールに行こうと思う」
本当は水族館に行きたかったが、なんせ金欠だ。
女の子が好きそうでそんなにお金がかからない場所。
見て回るだけでも楽しいし、話題に事欠かない。
大型ショッピングセンターというのは学生の味方だ。
残念ながら大きな出費こそ抑えられるのだが、うっかり細々としたお菓子や軽食などでいつのまにか財布が空になってしまうのが不思議なところである。
大型ショッピングセンターはなぜだか郊外の中の郊外にできる。
もっと便利な場所につくればいいのにと思うが、駐車場の確保などを考えると無難なのかもしれない。しかし、田舎というのは怖ろしいものだ。
今日行こうとしているショッピングセンターは、もともとは馬鹿みたいに巨大なホームセンターだったらしい。
あまりにも広くて人が集まるので、そこに隣接してファッションやグルメを楽しめる施設を併設した。さらには、広大な敷地内には映画館やユニクロに回転ずしにファミレスにブランド物のアウトレットショップなどまで建ててしまっている。
そして、近年はコストコに家具屋に家電量販店に大型書店などが周囲の広大な土地を活用するべく出店している。
とても便利なようだが、それはあくまで車で移動することを前提にした設計であり、逆に車だと施設同士が近すぎでめんどくさくなって結局本体のショッピングセンターのほう一つで用事をすませてしまうという現象が起きている。
車がない僕たちはもちろんバスに乗る。
村からそのショッピングセンターがある街までは、村役場がバス会社と契約して、朝と晩だけ町まで行ってくれる格安バス。また、お目当ての街の駅前についてからも市が運営している――村よりはずっと本数や行先の多い――バスにのる。
普通の民間のバス会社のバスに乗ればいいのだが、金欠なので村や市が運営している格安バスに乗る。学生なりの涙ぐましい節約術だ。
普通のバスに乗れば片道三百円だが、このバスにのれば百円だ。回数券を使えばもっと安くなる。
ただし、お年寄りのために市内を循環しているからいろんなところに停留する分、目的地に着くまでに時間がかかる。細い道に入って、団地やスーパーなどをチェックポイントにして巡回していく。
ゆっくりでもどかしいけれど、おかげで乗り物に乗り慣れていないアカネでもおびえることなく乗ることができて逆によかったかもしれない。
バスによったりして具合が悪くなったら大変だ。しかし、そんな心配は無用だったようでアカネはバスの中で始終はしゃいでいた。子供みたいだ。
「はやい、はやい」と喜んでいる。そして、子供と同じくバスの停車ボタンに興味をもつ。お決まりのように自分たちが下りないバス停で押そうとしたので止めるのが大変だった。
バスの中では、アカネといろいろ話すことができた。
アカネはシオンと違ってよくしゃべる。そしてユキよりもよく喋る。
シオンに聞いても彼女が元々いた世界の話はしてくれないので、てっきり話すことが禁止されているのかと思っていたのだが、実際は単にシオンが口べたなだけだったらしい。
なんとなくだけど、シオンやアカネの存在はこの村の禁忌とされている部分になにか関係があるんじゃないかと思っていた。
最初にシオンが現れたときから、ずっと……。
だけれど、そんなことはどうでもよかった。
シオンが家族であることには変わりないし。シオンが何も言わないのは何か言いたくない事情があるのかと思っていたから。
だけれど、ユキがいなくなって事情が変わった。
消えた人間がいる。
現れた人間がいる。
消えた人間が向かった先は、現れた人間の元居た場所だろう。
僕はどうしても、アカネに聞かなければならなかった。
「私の元いた世界?」
「うん、どんなところだったの?」
「うーん、こことは全然別な感じ。似ているけれど、似ていないところが多いなあ。あっ、この間、図書館で見た昔に似てるかも。あれをもっと錆びさせた感じ」
アカネは静かに自分のいた世界について話し始めた。
アカネの話は突拍子もなかった。
にわかには信じられない。
あまりにも現実とかけ離れた物語。
シオンの存在を知らなければ、アカネのことを美人だけど頭のおかしい女の子だって思っただろう。
でも、本当におかしいのは僕が育った村なのかもしれない。
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