第14話 再びの当たりくじ


「おいっ、コラ。聞いているのか?」


 男はほらと掌を上にしてこっちに差し出す。


妹であるシオンを当てたときと同じ、二度目の祭りが行われる今日、あのクジ屋の男は現れた。当然のように。

ユキがいなくなって、祭りなんていう気分じゃなかったけれど。

それでも、村の祭りには参加しなければいけない。

祭りの準備のこともあって、ユキがいないことなんて誰も気にしていないように見えた。

みんなユキのことが好きだったのに。

明るくて可愛くて、誰にでも親切な女の子。

そんなこが突然、姿を消すなんて異常だ。

なのに、この村では誰も気にしない。気にしてはいけないのだ。


「クジを引くんだろ?」


 男は僕の行動を促す。早くしろと言わんばかりだ。


 僕は久しぶりに男のやっているクジ引きの箱を観察する。

 最初の時以外は男の話を聞くのが目的だったので、適当な紐を引いていた。というか、最初の時以外あんなに目立った綺麗な白い紐が男のクジに入っていることはなかった。大抵はつかいこまれたもうすぐ切れそうな糸だったりする。使い回しなのだろうか。薄汚れたり黄ばみが進んで茶色くなっていたり、埃が固まって灰色の染みができているのがなんとも気持ちが悪かった。まあ、こんな野ざらしみたいな営業形態では仕方が無いだろう。


 以前なんて大雨の日にクジを引いたこともあった。大雨なのにも関わらず男は傘をささず、クジの箱も平気で雨にさらされていた。紐が湿気ってしまったせいで、なかなかクジを引けなかったのを覚えている。風邪を引いてそうな糸だから力任せに引けば千切れてしまいそうでとても慎重に引いたせいで時間がかかり僕は雨にぬれ翌日には熱をだしてシオンとユキに看病してもらったのだった。


「なあ、いっちょ前に考え事でもするようになったのかよ?」


こちらが集中しようとしていると、男は帽子の隙間からちらりとこちらを眺めてきた。

まるでこちらの心を読もうとしているみたいで、寒気がした。


「そういや、この村、二回目の祭りなんだってねえ……」

「自分の商売なのに他人事みたいですね」


僕は冷たく返事をした。

この男はきっとこの村のことを知っている。部分によっては僕よりも。

きっと、ユキのことも。

なんとなくそう直観した。

男は何も答えない。

仕方ないので僕は再びクジを選ぶのに集中する。

早くこの場所から離れたかったから。


 今回は、束の中に一本だけ古そうではあるけれど、他の物とは違いよく手入れされていそうなしなやかな糸を一本だけ見つけた。

 僕はできるだけ丁寧にその糸を引く。

 するすると他の糸から離れていくその糸は少しだけ艶があってしなやかだった。最後まで引いたとき何か不思議な手応えがあった。箱の中で銅色のプレートがキラリと優しい光を揺らした。


「三等賞」


 男はぼそりといった。

 さも、面白くないと言いたげだ。

 ハンチング帽をぐいっとかぶり直しながら、「ほら、賞品もってけよ」

 そういうとあっという間に周囲が暗くなっていく。夕方から夜になるあの短い交代の時間がものすごく早送りされているみたいな感じで、僕の目はその闇について行けなかったのだろう。

 よく見えない視界のなかで必死にシオンの手を探り出してつかむ。

 いつもは華奢で冷たいシオンの指先が今日はなんだか、汗を掻いているらしくやたらと滑り逃げていく。

 頭が痛い。頭の中でメントスとコーラを放り込まれたみたいな感覚というと笑ってしまうかもしれないが、なにかが膨張して行くと同時に神経をチクチクと刺激されるような痛みが続いている。

 僕は男がシオンを「下取り」したがっていたのを思い出して、必死にその指を捕まえる。

 闇が引いて、気がつくと俗にいう恋人つなぎみたいな手のつなぎ方をしていた。


「オニイチャン、テガ」


 シオンが恥ずかしそうに言う。


「ああ、悪かった。痛いところはないか?」


 心配のあまりシオンの手を強く握りすぎていないか心配になり確認する。どうやら大丈夫だったようで、シオンは顔を赤らめてぶんぶんと頭を左右に振った。

 可愛い妹に怪我をさせなかったというならば良かった。

 妹……そうだ、僕はさっきクジで景品を引き当てたのだ。

 シオンの時みたいに新しく妹ができているのではないかと周囲を見舞わずがそこには誰も居なかった。

 シオンと僕の二人だけ。

 静かに蝉が鳴いている。


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