第28話 浜辺をあるくペンギン

 イルカの水槽の前ではイルカの親子が仲睦まじくじゃれあう。

 なんとなくシオンと母さんのことを思いだす。

 イルカは知能がとても高いらしい。

 確かに大昔にみたイルカのショーはやたら高度だった。別な種族と意思疎通ができるのだからおそらく相当な知能の高さだろう。

 その穏やかな目とゆるやかな曲線で構成されたその体は見る人々を穏やかな気持ちにさせた。

 イルカが親子だということを知ると、アカネは驚いた顔をした。


 最後の大物であったその水槽の前を通り、長い廊下を進むとお土産なんかを買えるショップがあった。

 ぬいぐるみもキーホルダーも魚、さかな、サカナづくしだった。

 あとは貝殻やら、海賊がテーマの全国どこの水族館やら海方面のサービスエリアで買えるよくあるお土産たち。

 子供のころはこれらのお土産が欲しくて仕方がなかった。プラスチックやガラス製なのに本物の宝物がはいっているような気がしていた。

 どれもこれも魅力的でお土産を買う時間が楽しみで仕方がなかった。


 さっきまでの静けさが嘘みたいに、騒がしい。

 子供たちは目をきらきらさせながらお土産を選んでいる。あんな頃もあったなあ。水族館本体よりもお土産を買うことに夢中だった子供時代を思い出してすこしだけ恥ずかしくなる。

 まあ、子供なのだからこれくらいが普通なのだ。

 テーマをしぼった小さなおもちゃ売り場みたいなものと考えれば合点が行く。

 もうずいぶん長い事踏み入れることはなくなったけれど、おもちゃ屋さんでの子供の興奮具合から比べればずいぶんマシな状態であるという見方もある。


 懐かしさと同時になにか切なさでなんだか胸がつまりそうになる。

 なんでこの程度のことでこんな胸が締め付けられるような気がするのだろうか。


 夏休みが終わりに近づいているから……だろうか。


 ふと、となりをみるとアカネも子供たちと同じようなキラキラした目でお土産コーナーを眺めていた。


「お土産は一つだけだよ」


 そうやっていたずらっぽく笑うと、アカネは子供のように土産売り場にスキップしていった。最初は一緒に見ていた。小さな貝のネックレスとかイルカのぬいぐるみあたりがいいのではないかと思ったがアカネはピンとこないらしい。あまりにもあちこち行ったり来たりしているので、僕がついて歩いているのを申し訳ないと思ったのだろう。


「少し悩む時間をちょうだい」そういって、僕は追い払われてしまったのでお土産コーナーから目と鼻の先の自販機でコーヒーを飲んで休憩する。

 そして、ああでもないこうでもないと一時間近く悩んだ結果ペンギンのぬいぐるみを抱きかかえるアカネがそこにはいた。

 よほど、ペンギンのお散歩ショーが楽しかったらしい。


 ちょっと休憩と土産物屋をでたところにちょうど子供を待ちつかれた親用の自販機と椅子のコーナーでジュースをのんでいるとき、アカネはペンギンをてちてちと僕の周りをあるかせる。

「ぺんぺん」なんていいながら、ペンギンの翼で僕をぺちぺちとたたく。


 その様子はまるで小さな女の子みたいだった。


「ペンギンは、ぺんぺんなんて鳴かないよ」


 と僕がいうと、


「でも、歩くときぺちぺちって可愛い音がしたんだもん」


 なんて返事が返ってきた。

 はしゃぎ疲れたかなって思ったけど、お土産効果か元気が回復したらしい。


「ちょっと歩ける?」


 僕が聞くと、「うん」とアカネは不思議そうに頷いた。


 ***


 アカネに海を見せてあげたいって、ずっと思っていたのだ。

 砂浜を歩く。普通の舗装された道を歩くのとちがって、砂の上はやわらかく不安定でじゃりっとする。そして場所によっては湿っていて、より深く沈んでしまう。

 子供の頃は海の直ぐ側に水族館をつくるってなんか変だなあと思っていたけど、こういうふうに歩くのも悪くない。


 水族館の丁寧に整備された空間もきれいだけれど、こうやって本物の潮の匂いと砂の感触、そして夕方の潮風をあびるのはまた別な心地のよさがある。

 アカネがそれらを直接体験して驚いているのをみるとその気持が確信に変わった。

 夕焼けに染まって、銀の粉をふりかけたみたいな波が静かに行き来する。

 空は薄紫とオレンジが微妙なグラデーションを作りその合間に金色の星が輝きアクセントになっている。

 あまりにも美しくて言葉がでない。

 アカネを見ると泣いていた。


「あまりにも、きれいだから……」


 そう言っているアカネのほうが僕にとってはきれいだった。

 アカネの着ているワンピースは夕焼けの色にそまっていつもよりやわらかい雰囲気になっていた。少し潮風が湿っているせいか、ワンピースはくっきりとアカネの身体のラインを映し出していた。

 ただ、その夕焼けの色があまりにもやわらかい分、そこにできる影は恐ろしいくらい黒かった。


 帰りの電車のなかアカネは疲れたのか眠ってしまった。

 ペンギンを抱きかかえたまま、僕のほうに体重を預けてくる。

 あたたかくて重い。

 華奢な見た目のその体もこうやって意識をうしなった状態で体重をあずけられると、湿っていて熱くてぐにゃりと重い。なんだかおおきな赤ん坊みたいだ。赤ん坊みたいな甘いミルクと匂いはしないけれど。


 でも、ペンギンのぬいぐるみだけはしっかり抱きかかえている。

 すべてが無垢で純粋な存在だ。

 可愛い。

 本当にこんな幼なじみがいればいいのに。

 いや、今こうしてここにちゃんといるじゃないか。


 でも、違う。

 俺の幼馴染はユキだ。

 頭の中に自分の声が聞こえる。

 僕がユキを忘れてしまえば、あきらめてしまえばすべてうまくいくのではないだろうか。

 同時に、悪魔のような甘い思考が自分の中を漂う。

 僕は必死に頭の中から両方の思考を追い出す。


 残りわずかな夏休み……


「最高の夏休みにしような」


 そういって僕はアカネの頬をそっと指先でつついたのだった。

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