第15話 新しい幼馴染
「ほら、起きてよ」
レースのカーテンが風に吹かれてふわりとウエディングドレスのような形をつくる。
エアコンがあるこの部屋の窓をこの夏、一度も開けていなかったことを思い出した。
ユキがいたころはたまにこうやって部屋にはいってきた。
そして、部屋の空気を入れ替えてくれていた。
ユキがもどってきた!
そう思って、起き上がってレースのカーテンをかき分けると、目の前には見覚えのない女の子がいた。
女の子といっていいのだろうか。もしかしたら少しだけ年上かもしれない。
黒髪のロングヘアーにアーモンド型の目、サクランボみたいな唇の正統派の美少女がそこにいた。
こんな女知らない。
僕が不安と警戒で即座に身体を起こすと下の階から、
「ヒロト、幼なじみのアカネちゃんが来てるわよー」
なんて母さんがのんびりした声が聞こえてきた。
アカネ?
俺の幼馴染はユキだ。
母さんだって、知ってるはずじゃないか。
そして、ユキがいなくなったことも。
俺の幼馴染のことを口に出すものはもう村には誰もいない。
まるで最初からユキなんて、俺の幼馴染なんていなかったように昨日までみんなふるまっていた。
なのに今日になったとたん、急に俺に幼馴染がいることになっている。
俺にとって幼馴染であるユキの存在は特別なものだった。
幼馴染は作ろうと思ってできるものじゃないから。偶然とか親の都合とか運命の糸が丁寧に織り込まれてできるものなのだ。
なので、その幼なじみというのは欲しいと思ったからできるわけではない。幼いころから一緒にいることが必要であり、人生のタペストリーの中で一定期間交わり続けなければいけない。
それなのに、クジ引きを引いた翌日から幼なじみができるなんて。
だけど、これは初めての経験ではない。
初めてのときは突然、妹が増えたのだからそれに比べれば大した問題ではない。
僕は必死に自分にそうやって言い聞かせた。
「ほら、ヒロト。あと一ヶ月しかないんだからぐずぐずしないで。全力で楽しまなきゃ!」
アカネはにこっと笑う。太陽みたいだった。
そうか、夏休みが終わるまであと一ヶ月しかないのだ。夏休みなんてものは始まるまでが楽しくて始まってしまえばあっという間に終わってしまう。
最高の夏休みにするために全力で楽しまなければ。
「そうだな。全力で楽しもう」
アカネが窓際に立つ。
風が吹く。アカネの白いワンピースがふわりと広がる。
簡素な腰を紐で結んだようなワンピースはシオンがはじめてうちに来たときに着ていた物とそっくりだった。
じゃあ、もしかしてそのワンピースの下はシオンと同じように……裸なのかもしれない。
「ちょっと部屋に帰って着替えてくる」
そういうと部屋の窓から出て行った。
ああ、そうか。幼なじみだから隣の家に住んでいて窓から出入りするのか。
とりあえず、危ないのでやめさせなければと心にメモをした。
「オニイチャン、アカネサン、キテタノ?」
僕がアカネが去った窓を眺めていると、トントンとシオンが開いているドアの内側に来てからノックして言った。
「ああ、一緒にでかけようだって」
シオンは静かに頷く。
「シオンも行くかい?」
可愛い妹だ。遊びに行くときは両親に許可をとるよりもシオンに一緒に行くか確認する。
そうしないとシオンは少しだけ不満そうにするのだ。
「キョウハ、ママトカイモノノヤクソクヲシテイルカラ……イイ」
シオンは小さな声で答える。シオンと母さんはとにかく仲がよい。母さんはシオンを猫かわいがりしている。
というか、母さんはシオンが来てから別人というか少しだけお洒落になった。僕の記憶ではシオンが来る前の母さんはジーパンとユニクロで買ったシャツを着ていた。
買い物と言ったら、市内にあるイオンに行くのが精々だった。化粧っ気もなく髪もいつも一つにひっつめていた。
だけど、シオンが来てからは母さんはずっと綺麗になった。普段着はユニクロで買うけれどスカートの日もある。
そして、買い物もシオンをつれて隣町のデパートに足を伸ばすようになった。デパートに行くときの母さんは髪を下ろして口紅を塗っていて、とても綺麗だった。ちょっとだけ、とうが立っているが優しいお姉さんという雰囲気を漂わせている。
シオンが僕の誘いを断るということは、今日はシオンと母さんの女だけの日らしい。
女二人だけで、レストランで食事をしてショッピングをする。母さん曰く人生の癒やしらしい。
確かに村の中の女性たち、とくに外からやってきた人たちはそうやって息抜きをしている。
生活に恵まれていても、シオンが来る前はそれだけでは満たされないのだろうかと不思議だったが、今はなんとなく息抜きが必要な意味がはっきりとではないけれどわかるような気がする。
母さんは前より、生きているって感じがしている。
そういえば、ちょっと前にデパートからセールのお知らせのはがきが来ていた。
今日のシオンの服は特に可愛らしかった。水色のチェック柄の生地のワンピースだ。裾の部分だけにフルーツとかパフェがプリントされている。非常に凝ったデザインだ。
「子供の頃、憧れだったのよね。女の子ができたら絶対着せようって決めてたの」
母さんはシオンにシャーリーテンプルキュートの服を着せる度にそう言ってため息をつく。
本当は自分も姉妹ブランドである大人向けのエミリーテンプルキュートの洋服を着て親子でおそろいコーデをするのも夢だったらしいが、残念ながらシオンがうちにやってきたときは流石の母さんでもエミリーテンプルキュートの服を着る勇気は無かったらしい。
なので、その分の費用はシオンの洋服代にばっちりとまわされているとのことだったのだ。
シオンのよそ行きの服はかなり高い。
子供服の癖に大人の服と変わらない値段だ。
その代わりとても可愛らしく、現実離れしたシオンの容姿をもはや二次元から抜け出てきたのでないかと思うくらいに完成させてくれる。
布が贅沢に使われたふんわりと広がるスカートや何種類もある綿のレース、華やかな発色のプリントに上品な刺繍が施されたブラウス。初めて見たときはアイドルかお姫様が着るような服だと思った。
僕が着ているユニクロやらしまむらの服とは明らかに違った。
「しまむらでだって可愛い洋服が売ってる」
っていう女子もいるけれど、あれは全然別物である。確かにあの女子は教室で一番可愛くて一番ませていてお洒落が大好きだったけど。
その子が着ているしまむらで買ったという白いポリエステルのブラウスとシオンが持っている綿のブラウスは同じ洋服とは思えないほどの別物だった。
デザインとか詳しいことは分からないけれど、触れてみると僕でさえ別物だって分かる。それくらい洋服としての作りが布からして別物なのだ。別に安い洋服が悪いとかいうつもりはないけれど、母さんがシオンにその洋服を着せているのは本当に可愛い娘だと思っていることが分かる。まるでお腹を痛めて産んだ本当の娘みたいに。
そう思うと心が痛む。
確かに今となってはシオンは家族だ。今更、シオンが居ない人生なんて考えられない。現れた時みたいに突然に消えてしまったらと考えるだけでも恐ろしい。
でも一方でシオンの存在について母さんはだまされている。自分が産んで育てた子供だと思っている。だけど、実際はシオンは僕がクジを引いた日に現れただけだ。
どんな偽物の記憶を植え付けられているのかしらないけれど、本当のことを知ったら母さんはどんな顔をするだろうか。
ときどきだけど、そんな不安が僕を襲う。
おそろいのエプロンをつけて楽しそうに一緒に料理をする母さんとシオン。外出先の喫茶店でケーキを半分食べて好感する二人の姿。どこからどうみても幸せそうな母と娘の姿なのだ。
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