第34話 幼馴染

「オハヨウ、オニイチャン」


 目が覚めると僕は自分の部屋にいた。

 体中が痛い。特に頭が割れそうにいたい。

 あと、そのせいか目が腫れている。

 僕はいつの間に眠ってしまったのだろうか。

 なんだかすごく長い夢を見ていた気がする。

 ぼんやりとした思考と視界の中、わずかばかり見慣れた光景の中に違和感を覚えた。

 何だか妙に片付いている気がする。気のせいだろうか。


 僕が目を覚ましたのを確認するや否や、シオンはペットボトルの水を差しだした。

 よく冷えた水分が身体の中に染みこんでいくのが分かる。体中の熱が逃げ場を見つけたふっと力がぬけていく感覚が心地よい。

 でも、なんだか少しだけ味が妙な気がした。

 風邪でもひいたのだろうか。


「お祭りに夢中になって、熱にあたったのね。ホント男の子ってバカなんだから。ねー、シオンちゃん」


 ユキがそんな軽口をたたきながら、おかゆとゼリーを運んできてくれた。

 どうやら僕は夏祭りの次の日、どこかにでかけて家に帰ってくるなり倒れたらしい。軽い熱中症ということだった。体中が熱をおびて頭がぼうっとする。少し動かすだけでも、本当に自分の身体なのか疑問に思うくらいぎこちないし違和感がある。


「ユキこそ大丈夫なのかよ?」

「大丈夫って? 私はヒロトと違って、夏祭りではしゃぎすぎませんから。はしゃいで着物を汚したりしたら大変だもの」


そう言って、ユキちょっとすました顔をした。

確かに、倒れたのは僕なのに、僕はどうしてユキの心配をしたのだろう。

でも、なぜだか僕はユキのおなかのあたりに視線がいく。


「ユキ、もしかして……太った?」


僕が自分の中の違和感を解消するために尋ねると、ユキはちょっと驚いた顔をしたあとに、


「太ってません!」


とはっきりと断言した。


「オニイチャン、オンナノコニタイジュウノハナシヲスルノハ、トテモシツレイ」


シオンまで僕をとがめる。

しゅんと申し訳なさそうな表情を作ると、ユキが笑いだす。

つられて僕もシオンも笑う。

そう、僕たちはずっとこうやってすごしてきたじゃないか。


 僕が何度もスプーンを手からすべらせるので、よこからさっとユキが僕からスプーンを奪い取る。

 一匙おかゆをすくっては、ふうふうと可愛い口をすぼめて冷ましてくれる。

「ハイ、あーんして?」といわれるので素直に口を開ける。まるで親から餌をもらわないと生きていけないひな鳥にでもなったみたいな気分だ。

 それにしてもだるい。だるくて体が動かないし、体調が悪いのが影響しているのか妙な寂しさが胸の中で渦巻く。


 起き上がろうとすると体がふらつき、シオンとユキに外出禁止を命じられた。

「何かしなきゃいけない気がする」なにか悪夢でもみていたのだろうか。衝動に駆られてそんなことをいうと、シタイジュウノ話端に座って僕の動きを封じた。


 こうして僕は貴重な新学期の一日目を登校せずに家ですごすことになってしまった。

 一日長くなった夏休みをボーナスととらえるか、地獄への一歩ととらえるか微妙なところだが。

 だって、新学期の一日目に登校しないということは、明日登校したときにクラスメイトたちとの時差が夏休みプラス一日となってしまう。

 他のクラスメイト立ち同士は今日あっているので、昨日の続きなのに。僕とクラスメイト達の間には三十日以上の時差があることになってしまう。


 なんだか奇妙な感覚だし、どうやって接すればいいか分からない。

 あの夏休みあけのみんなで距離を測れずになんとなくの空気のなかで一日ただようことがどんなに準備運動として大事かよく分かる。

 今学期は文化祭もあるから、クラスメイトと仲がよい方がいいのに。一歩で遅れてしまった。


 まあ、いい。

 きっとなんとかなる。

 幼馴染のユキだっているのだ。そこまで悲惨なことにはならにはずだ。

 そう自分に言い聞かせながら僕は今度はシオンが差し出してくれるスプーンからおかゆをすすったのであった。


 幼馴染……なぜだかその言葉が引っ掛かった。

 なにか重要なことを忘れてしまっているような気がする。

 とても大切で、でも考えると懐かしさと寂しさで胸がぎゅっと締め付けられるような感覚だった。

 おかしいな、僕の幼馴染のユキはさっきまですぐ側にいたというのに。

 なぜだか永遠の別れを告げられたような気分になる言葉だった。


 そして、再び頭痛がひどくなって呻く。

 シオンに布団をかけられ、寝かされる。

 瞼は泣きはらしたあとのように重く、閉じれば、普段より深い暗闇がまっていた。

 そう、まるであの祭りの夜にできるようなぽっかりとした深い闇が。

 まどろみの中に落ちていく途中、僕は大切なあの子の姿がいっしゅんだけ見えたような気がした。


 僕の机の上に見覚えのない貝殻が置かれていることに気づいたのは随分あとのことだった。

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