――ユキ4――


 お堂の中で待っていると、この前の夜と同じように気が付くと得体のしれない影がすぐ側にいた。

 ただ、前回と違って私に触れる様子はない。


 そして、不思議なことに前ほどは嫌悪感を感じなかった。

 もしかしたら、自分の胎内にいる存在のせいかもしれない。

 そう、きっと私の一部は人間ではなくなっているのだ。


 そう思うと妙に冷静になることができた。


「ねえ、願いを叶えてよ」


 私ははっきりと言葉にだして、きわださまに言った。

 もう、怖くなんかない。

 だって、すぐ横にいる存在は私を殺すことどころか、傷つけることができない。


 だって、私はそいつの子を孕んでいるのだから。

 私を傷つければ、自らの子供も傷つけることになる。


 だから、私ははっきりと自分の望みを伝えたのだ。


 意外なことに私の望みは聞き入れられた。

 きわださまは私がヒロトとセックスしたのを怒っていたけれど。

 一発なぐってくるといっていた。

 ただ、時間がかかるらしい。

 神隠しというのだろうか。


 神様の子供を身籠もったからしばらくそんな状態にならなければいけなかった。

 本当はヒロトの側を離れたくなかった。

 でも、同時にこれから膨らんでくるお腹をみられるのも嫌だった。


 そして、私は知ったのだ。

 きわださまのいる別な世界の存在を。

 どうやら、世界はいくつにも分岐しているらしい。

 イメージでいうと昔のSF小説のパラレルワールドというのが近いのだろうか。


 きわださまは、その使わなくなった分岐の世界を自分のものとしていくつかもっているらしかった。

 私がつれてこられたのもその分岐の一つ。

 そこには私と同じようにきわださまの花嫁にされた女性がいた。

 だけれど、不思議なことに子供はいなかった。


 その世界は時間の進み方が私のいる世界とは違うみたいだった。

 神様の子供だからなのか、それともその世界の流れのせいなのか、私はあっというまに臨月に近づいた。

 子供を産むと思っていたので怖かったけれど、実際は眠っている間にきわださまがそっと取り出してくれた。

 痛みも実感もない。

 私にとっては、ただ元通りの自分の体にもどったという感覚だけだった。


「娘はどこにいったの?」


 私は神隠しの終わり――元の世界に帰るとき――にきわださまに聞いた。


 きわださま曰く、神の子供たちの世界があるということだった。

 正確には神と人間の間に生まれた子供のためのパラレルワールド。

 神様と人間の間に生まれた子供は、寿命が神様よりも人間よりも短いらしい。

 そんな儚い命のための世界をきわださまはもっているらしかった。


 ただ、そんな世界にも盗人はいるらしい。

 ときどき、その子供たちが別な世界に連れていかれてしまうことがあると嘆いていた。

 自分は私を勝手に花嫁に選んだくせにと私は内心、蔑んだ。


 もとの世界への帰り道、私は変な男とすれ違った。

 薄汚いジャンパーを羽織ったハンチング帽の男。

 なんというか奇妙だけれど、どんな時代にいてもおかしくなさそうな服装だと思った。


 きわださまはその男に気付くと、男を殺した。

 一瞬のことだった。

 男の体はバラバラになった。

 けれど、血の一滴もながれなかった。


 ただ、古い紙が破かれたみたいにみえた。


『この泥棒!』


 きわださまが声を荒げたのをはじめてきいた。


 だけれど、紙切れになった男はカサカサと紙がこすれるように笑い続ける。


「私は別に悪いことなんてしてません。おたくのお嬢様たちが望んだから、その手助けをしただけでさあ」


 きわださまがいら立ったように手をぶんっと一振りすると風が吹く。

 風に吹かれて男はどこかへと消えてしまった。



 私が、きわださまに何を願ったかって?








 ――それは内緒。

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