第32話 カリバー


「マッシュ、カナン、キルケ隊は右方から周れ! 首は必ずバーニングカリバーで焼け!」


 Sランク勇者パーティーを筆頭にAランク勇者パーティー計二〇人がヒュドラに立ち向かう。


 セイバーグループに四組しかいないSランク勇者パーティー一組を含めれば二四人もの上級勇者パーティーが肉迫するも、立ちはだかる敵は余りに強大過ぎる。


 一歩進むごとに民家を踏み潰し、電柱をへし折り高速道路やマンションを押し倒す巨体はまるで怪獣映画のソレ。


 九つの頭から吐き出される火炎はその一発一発が最上級火炎呪文(テラフレイム)級の威力を持っている。


 それを立て続けに吐くのだからたまったモノでは無い。


 まだ無事なマンションの屋上や空中高速道路に立ってなんとかその頭を落とそうとするが、あまりに巨大過ぎる相手に、生物としての僅かな恐怖感、圧迫感は拭えない。


 ヒュドラの退治方法は学校で習った通り。


 本体の頭を落とせばよいが、他の八本の首が邪魔をするのでまずは八本の首を落とし、再生しないよう首の切断面を焼く。


 そのため勇者と剣士はバーニングカリバーを首に叩き込み、黒魔術師は炎や雷の最上級呪文のオンパレードで迎え撃つし、白魔術師は自由自在に動くその首を抑えようと拘束呪文をかけるがあまりに空しい結果に終わる。


 上級勇者のカリバーでもその首は落ちず、切断しなければ意味が無いのか深い切り傷も火傷と一緒にみるみる塞がっていく。


 黒魔術師の呪文も同様に、いくら撃ち込んだところでその傷はすぐに塞がる。


 白魔術師の拘束呪文など、地響きを立てて進む数千トン級の生物を相手にしてはあまりに無力だった。


 ならば街への被害を抑えようと火炎を防御呪文で防ごうとする。


 だが威力もさることながらそのあまりの巨大さに普段張るシールドでは足りず、いつもの数倍に値する魔力で巨大シールドを張らねばならず、回復役でもある白魔術師達の魔力を容赦なく奪っていく。


 押し倒される建物の瓦礫、防ぎきれない火炎の嵐、それらに巻き込まれて避難の遅れた市民が次々死んでいく。


 これらの悲劇も、昨日ウィルトがフィリアを止めなければ、アーレイを見捨てていれば起きなかった。


 彼ら全員の一生をウィルトが奪ったも同然だ。


 この惨状を見ていなくても、今アーレイの指定場所へ向かうウィルトはヒュドラのもたらす被害を想像して自分を責めている事だろう。


「「バーニング・カリバー!」」


 前後から同時に打ち込んだカリバーが一つの首を切断する。


 黒く焼け焦げた切断面の細胞は死に、生き返る様子はない。


「ようやく一つか……」


 Sランク勇者が舌打ちをする。


 それに反応するように一つの首が大きくを息を吸って、勇者は気付く。


「デカイのくるぞ! 街を守れ!」


 Sランク白魔術師は間に合わない。


 進行方向にいた三人のAランク白魔術師はすぐに魔力を溜め、今自分にできる最大防御シールドを同時に展開。


 三人のシールドが重なる三重の盾にヒュドラの火炎、否、熱線が直撃した。


 初めて見せるヒュドラの本気に三重の防御呪文は抗う事もできず蒸発し、白魔術師達の悲鳴が熱線に飲み込まれていく。


 建ち並ぶアパート八棟が灰になり、その焼跡でボロキレ同然の法衣に包まれた白魔術師三人が仰向けに倒れていた。


 息をしているのも怪しい様子だった。


 キマイラやマンティコアなど比較するのもバカらしい、全モンスターの頂点に立つドラゴン族の中でも五本の指に入る掛け値なしの怪物。


 伝説の通り、これぞ神話級の強さである。


 敵は人間如きが勝てるべくも無い神話級、主神の子が死力を尽くしようやく打ち倒せる怪物は小癪な小人達を見下ろし、その身で街を揺らがし八つの口が同時に大きく息を吸い込んだ。


 そして忘れてはいけない、こんな化物が他に三体もいることを。

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