第34話 VSバハムート


「いっくわよぉー! ライトニングブレイク!」


 屋上で襲い掛かられたエリカの剣がバハムートの足を弾き返し、間髪いれず跳び上がってその顔面に渾身の一撃を叩き込む。


「バーニングブレイク!」


 バハムートがそれをもろともせず噛みかかり、サーシャの白魔術による光のシールドでエリカは九死に一生を得る。


 とはいえサーシャの防御呪文でもキングオブドラゴンの噛みつき(バイティング)を防ぐことなどできず、ただ一瞬送らせただけ、その一瞬でエリカは空中でしなやかな体をひねり、間一髪のところで直撃を免れた。


 それでも、鎧越しに突き飛ばされて屋上のアスファルトに叩きつけられそうになって、素早く受け身を取ってまた立ち上がる。


「こんのデカトカゲ!」


 エリカの剣から放たれた炎の刃が首に当たるがバハムートは何事も無く屋上に着地して足を進め、アスファルトにヒビが入る。


「エリカ! 遠距離法術(エッジ)系じゃ無理だ、近距離法術(ブレイク)系か極大法術(カリバー)系しか効かない!」


「なんつー反則よそれ!」


 実際にはバハムート相手にブレイク系が効く時点でおかしいのだが、煎じて詰めれば、エリカは強いのだ。


 Aランク剣士より遥かに優れる。


 ただしその強さは酷く限定的で、ウィルト達以外には誰からも認められる事はなかった。


「おーい、呪文の効果切れるわよクロエ!」

「任せて! ウィルトもこっちに!」


 エリカのすぐ横にウィルトとクロエが降り立ち、クロエは二人の剣にドラゴン殺しの呪文をかけて、コートの内ポケットから緑色の試験管三本を取り出しバハムートの腹に投げる。


 その巨体は試験管如き簡単に砕くがその中に含まれるドラゴン殺しの魔薬がバハムートの防御力を下げる。


「うっしゃ、行くわよ!」


 最強のドラゴン相手に怖じることなく、むしろ嬉々として駆け込み、振りわれる長い尾を跳びかわしてその腹に剣を叩き込む。


「バーニングカリバー!」


 バハムートが咆哮する。

 その咆哮でクロエとウィルトの髪が真後ろに暴れてエリカの勇気に感嘆する。


「相変わらずモンスター相手にはめっぽう強いね」

「モンスターは罠も張らないし口車に乗せてこないからな、直情バカのあいつにゃ相性良過ぎるんだよ」


 鋭い爪が襲い掛かる。


 それをエリカは全身のバネを使い、体をひねり、剣と鎧で受け流し、衝撃を和らげて回転し落ちながらもドラゴンキラ―と化した剣でヒザを斬りつけてやる。


 硬い金属質の手ごたえにエリカが舌打ちをする。


「かったいウロコねー!」

「なら焼き尽くそう」


 クロエの右手が赤い光に包まれる。


 相手は最強のドラゴン、狙うは最上(テラ)級呪文ではなく、極大呪文、最強には最強、各属性を象徴するうちの一つたる無慈悲な黒魔術は滅びと死を叫び対象へ放たれる。


「極大火炎呪文(プロミネンス)!」


 あまりの威力と消費魔力にSランク黒魔術師でもおいそれと撃てない呪文がバハムートの腹を焼く。


 バハムート相手では気休めかもしれないが、全ドラゴン共通の弱点として腹はウロコが薄い事が上げられる。


 ヒュドラの一撃よりもなお協力な業火に巻かれて、バハムートが大きく羽ばたき上空へ逃げようとするが、その直前にクロエが叫ぶ。


「上に逃げてからブレスを撃つよ!」


 戦い前にかけた魔導メガネ越しにクロエがバハムートの魔力の流れを読み取る。


 ドラゴンはその巨躯を翼の揚力(ようりょく)だけで飛んでいるわけではない、翼を触媒にして魔力で飛んでいるし、口の火炎も魔力を使った火炎魔術にその特性は似ている。


「バーニングリフレクター!」


 隣のビルの屋上に立つサーシャが、火炎反射呪文をバハムートが口を開けた瞬間、その目の前に張る。


 火炎属性に対して特に強い特性を持つソレは跳ね返すことは叶わないが、バハムートのブレスを遅らせてその隙にまたクロエがプロミネンスを浴びせる。


 今回サーシャのシールドは攻撃を防ぐのが目的では無い。


 相手はキングオブドラゴン、盾をあてにしてはいけない、あくまでシールドは攻撃を遅らせるだけ、あとは死に物狂いでよけるしかない。


 一見すると有利に見える戦いだがそれはまやかし。


 特製の違う四人が適材適所の動きで完璧に息を合わせ、完全なるリズムを取ることでどうにか攻撃をかわしながら攻めているだけ。


 彼らの装備では、一撃でも直撃を受ければ即死。


 この戦いは無傷か死かの二択なのだ。


 そしてクロエの呪文が作った一瞬の隙をウィルトは逃さない。


ウィルトとエリカはビルの屋上から屋上へと跳び移ってからバハムートの背後に跳びかかる。


 だが背中を狙っているわけではない、四人の目的はあくまで弱点の腹部、最強のドラゴン故の戦闘能力に絶大な信頼を置いての作戦だ。


 かくして、敵は信頼を裏切らずに極大火炎呪文を受けながら振り向き迎撃態勢に入る。


 自身の顔面に向かってくる脆弱な人間を自慢の爪で斬り裂こうとして、二人の人間は突然急下降する。


 タネ明かしは単純、サーシャが本来敵の攻撃を防ぐシールドを空中に張り、ウィルトとエリカはそれを足場に蹴って斜め下へ真っ直ぐ跳んだのだ。


 風魔術を応用した飛行術もあるが、魔術を使えないエリカは無理だし、使えてもそれでは魔術に神経を使ってしまう。


 ウィルトとエリカには全神経を集中する必要がある。


 翼無き者には有り得ない行動に虚を衝かれて、バハムートの反応がまた一瞬遅れる。


 その隙にバハムートの腹部が目の前まで迫り、勇者と剣士は最大魔力で以って同時に鋼の刃を直に叩き込み叫ぶ。


「「ダブル! 零距離バーニング・カリバァアアアアアアアアア!!」」


 神話にヒビが入る。


 バハムートが苦痛の呻き声を上げる。


 螺旋を描く二本の光に吹き飛ばされビルに叩きつけられて肉体を深くめり込ませ動きが止まる。


 しかし相手は最強のドラゴン、この程度で終わる筈が無く、だがそんな事は百も承知のウィルトは風魔術の応用でエリカを抱きあげ一度上昇、ビルに埋まるバハムートに様子見などせずに跳び込み、風を解いて余力で飛びながら再び剣に魔力を収束させる。


「クロエー! サーシャー!」

「任せなさいエロ勇者!」

「任せてウィルト!」


 二人の詠唱でサーシャの手からドラゴン殺しの防御低下呪文、クロエの手からはドラゴン殺しの攻撃力強化呪文が放たれ、バハムートの腹部とウィルト達の剣にそれぞれ当たる。


「いくぜエリカ、二回連続での……」


 二人の剣が真紅に輝き、うねりを上げて轟いた。


「「ダブル! 零距離バーニング・カリバァアアアアアアアアアアアアア!!!」」


 神話のドラゴンがビルを突き抜け落下する。


 瓦礫やガラスをまき散らし、翼を動かすことなく重力落下に身を任せてアスファルトに叩きつけられて、さらにその上に崩れたビル上部が落ちて来て下敷きにされてしまう。


 神話に……動く気配は無かった。

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