第35話 奇跡


「ははは、凄いなウィルト君さすがだよ、まさかバハムートを倒すなんてね、でもこれも計画のうちなんだよ」


 竜核を握る魔王の手を眺め、アーレイは口を歪める。


「この竜核はあと一回だけドラゴンを召喚する力が残っている。ここでヒュドラを召喚すれば、君達に戦う余力はあるのかな?」


 これがアーレイの敷いた作戦。


 他の全勇者の手を他へ移し、ウィルト達だけにバハムートの相手をさせる。


 それで死ねば儲けもの、だがそれでも倒せなかった場合は疲労困憊の状態で連戦させる。


 一パーティーだけで退治すること自体が奇跡。


 それを消耗した状態で起こすなどいくら真の勇者とて不可能だろう。


 まず有り得ない事だが、勇者が二度目の奇跡を起こすような事があったとしても、それこそ相討ち同然のはず。


 その時は魔王の右手で以って直々にトドメを刺してやればいい。


 バハムートとヒュドラの連戦を果たしてもなお無傷など、ただの絵空事だ。


 すでにウィルト達はカリバーやプロミネンスや全力の防御呪文など、かなりの魔力を使ってしまっている。


 次のヒュドラ戦でウィルト達は確実に死ぬ。


 これは絶対に覆しようが無い事実だ。


「さてと、ではヒュドラを」


 竜核を触媒に再び召喚呪文を使おうとして、アーレイは屋上へと繋がる背後の扉の開閉音に気付く。


「おや?」





 崩れたビルの屋上から覗き込み、ピクリとも動かない瓦礫の山にエリカがへたりこむ。


「おわったー! チョコレートパフェが食べたいー!」

「開口一番にソレはどうかと思うぞエリカ」

「作ってー」


 ゴロニャン、とウィルトの足元に絡みついて甘えるエリカをクロエが羨ましそうに眺めて、そのクロエをサーシャがニヤニヤと眺める。


「まさか生き返ったりしないだろうな」


 三人娘をかきまわす当人はまだバハムートが気になるようだ。


「さすがにボクも死んだと思うよ、そもそもカリバー系に耐えられるモンスターなんて普通いないし、それを零距離で二発同時が二連続なんて魔王でも死ねると思う」


 このクロエの思考は非常にまっとうだったと言える。

 おそらくこの街の誰に聞いても納得するだろうし、否定する人なんていないだろう。


 それに魔力の流れを見られるメガネをかけていても、瓦礫の下敷きになり、バハムートを直接見ることができないのだから。



 見誤っても仕方が無い



 瓦礫を貫き放たれたドラゴンブレスがウィルト達の立つビルの中央部を消し飛ばす。


 ビル一つを緩衝材にしても足りない神話の破壊光線は雲まで突き抜け見えなくなるが、そんな事を確認する余裕は無い。


 ウィルト達は突然の足場崩落に完全に戦いのリズムを失う。


 瓦礫を突き破り這いだしたバハムートが飛翔し、こちらへ突進してくる。


「こんの!」


 ウィルトが剣でバハムートの顔面を受け止める。


 と、同時に足にしがみついていたエリカの感触が無くなる。


「エリカ!」


 呼んだ時にはもう遅い。


 バハムートの左手の爪がエリカの体を貫通していた。


「…………カハッ…………ウィル……ト…………」

「エリカーー!!」


 串刺しだった。

 嘘みたいな光景だった。

 ギャグみたいで済ませたかった。


 けれどいつも陽気に笑っていた元気娘の腹部からはバハムートの鋭い爪の先端が確かに生えている。


 バハムートが無造作に腕を払うと、グポッ、と音がして、血しぶきと一緒にエリカが人形のように放物線を描いて跳んでいく。


「どけぇっ!!」


 ウィルトの蹴りでバハムートの首が大きくのけ反り、ウィルトは宙をかっ飛び自分にできる最大回復呪文を発動させながらエリカを抱えて近くのビルの屋上へ降り立つ。


「サーシャァーー! サーシャァーー! エリカを!!!」


 喉が裂けそうなほど叫んで、クロエに抱かれたサーシャが下から飛んでくる。


「勝手に串刺しなってんじゃないわよサル剣士!」


 ただでさえ色白なサーシャが顔面蒼白で降り立ちウィルトと一緒に腹の穴に手を突っ込み叫ぶ。


「ファイナルヒール!」


 腹に大人の腕程もある巨大な穴が開いて、おびただしい量の血が流れ出している。


 医学的に言えば、すでに出血多量でショック死してもおかしくない。


「このサル剣士何ボケっとしてたのよクズ、バカ、アホ、マヌケ、死になさい! いや死んじゃダメだけど! とにかくアタシの許可無く死んだら本気で殺すわよエリカ!」


 自分よりさらに青白い顔のエリカに持てる全魔力を注ぎ込み、サーシャは叫び続ける。


 エリカの目が半開きのまま動かない。


 ごろんと投げ出された四肢はマネキンのようだ。


 暖かいはずの内臓が徐々に冷えていく、失った血以上に、内臓を失い過ぎた。


 今は回復呪文で延命しているだけ、秒読みの寿命は変わらない。


 そして、バハムートの殺戮本能も変わらず、自分を傷つけた憎き矮小なゴミ虫を見つけて怒り狂う。


「極大冷却呪文(アイスエイジ)!」


 一人残ったクロエが渾身の力で呪文を放つ。


 青い光の奔流はバハムートを包み込み、背後の屋上もろとも氷漬けにしてしまう。

 対象を問答無用で絶対零度に冷やす氷属性最強の呪文に、バハムートも動きが止まるが、それも長くは続かないだろう。


 クロエはもう一度極大呪文を放つべく残りの魔力を溜める。


「ウィルト! エリカの容体は!?」

「駄目だ……全然傷が塞がらねえ!」


「くっそ、フザケんじゃないわよ、この世にアタシの思い通りにならない事があってたまるもんですか!

 アタシの仲間を死神にあげるなんて死んでもゴメンだわ!」


 瀕死の仲間を前に、額から汗を流し、顔を歪めてサーシャは毒を吐く。


「クソがぁ、フザけんなフザけんなフザけんなフザけんな! こうなりゃ常識なんてクソ喰らえよ!

 あのゲス女教皇(プリエステス)、何が机上の空論よ、何がかつて誰も成功してないよ、何が自然の理(ことわり)に反するよ」


 一人でブツブツと文句を垂れながらサーシャは歯を食いしばり、怒りに燃えて千切れた額の血管から血を流す。


「アタシの理論は完璧なのよ、アタシは天才なのよ、あんな才能ねえクソビッチの妄言で友達諦められるわけないじゃない……」


 尋常ではない様子に、ウィルトが思わずサーシャを注視すると、


「本当に神がいるって言うならねぇ! 奇跡の一つも起こしてみろやぁああああああああああああああああああ!!!」


 サーシャの全身が純白の光に覆われて、時間の歩みとともに天使の羽を形取る。

エリカを中心にウィルト達が身を預ける床に白い魔法陣が広がっていく。


「ゴッド・ファイナル!!」

 サーシャとエリカの体が暖かい光に包まれる。

 エリカの孔(あな)から出血が止まり、内側の肉が盛り上がって徐々に塞がっていく。


「凄い」


 ウィルトが感嘆の声を漏らす間に、ついには白く瑞々しい皮膚まで形成されて、エリカは時間が巻き戻ったように元の姿を取り戻した。

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