第36話 滅びのバハムート
ウィルトが感嘆の声を漏らす間に、ついには白く瑞々しい皮膚まで形成されて、エリカは時間が巻き戻ったように元の姿を取り戻した。
「治ったのか!? エリカ! エリカ!」
ドサッ
今度はサーシャが倒れ、かすかな呼吸で苦しそうに眼をつぶる。
「大丈夫かサーシャ!?」
「大丈夫よ……うるさい奴ね…………だけどもう、本当になんも残ってないわ、エリカも傷は塞いだけど……体力が戻るまでそっとしておきなさい、それよりも」
首だけ起こして、サーシャは視線でクロエを差した。
「プロミネンス!」
氷から這い出すバハムートに今度は極大火炎呪文を撃ち込み続ける。
一発ではなく、その屋敷一棟を包み込みそうなほど巨大な業火を常に放出し続ける。
全身の残存魔力を根こそぎ引きずり出し、己の生命力すら削りなんとかバハムートの侵攻を防ぐがもう何秒も持たないだろう。
「よく聞きなさいウィルト、アンタに昔何があったか聞いたけどアンタ正真正銘のバカよ、神話のドラゴン相手にここまで戦えるアタシ達が誰かに殺されるとでも思ってるの?」
「それは……」
「本当ならムチでぶってやりたいところだけど今は我慢してあげる。ウィルト……」
一度大きく呼吸をして、サーシャは頼む。
「勇者だったらアタシ達助けてよ!」
「…………………………」
「もう駄目だ、ウィルト!」
魔力が尽きて、サーシャ同様、腕を上げる力も無く倒れ込むクロエに、バハムートの爪が振り上げられる。
「ありがとな、サーシャ」
オリハルコン・カリバーー!
巨大な剣がバハムートを斬り飛ばす。
否、巨大という単語では表現しきれないだろう。
まるでビルのような大きさの大剣が突如クロエの背後から伸びて来たのだ。
クロエはなんとか振り返ると、そこには双眸を熱い闘志に滾らせる勇者が立っていた。
「えーっと、本気ってどうやって出すんだっけ?」
おかしな問いをするウィルトの姿に、クロエは自然と涙と笑顔がこぼれて、もう自分でもどうしようもなかった。
「おもいっきり……」
満開の笑顔で、
「おもいっきりやっちゃって!」
幼いあの日のようなクロエの笑顔と口調にウィルトは剣を持って走りだす。
「おもいっきりだな!」
地上で戦っていたCランク勇者達が逃げ出す中、高速道路に着地したバハムートが怒りの咆哮を上げながら飛び上がろうと羽を広げるが、
「寝てろ! ライトニング・カリバー!!」
クロエ達と一緒にたウィルトは一瞬で距離を詰めて、バハムートの目の前の空間に立っている。
眩い雷撃の塊がバハムートの巨体を弾き飛ばして高速道路から落下、ウィルトはさらに追撃とばかりに剣を振るう。
「グランド・カリバー!」
勇者の剣(つるぎ)から顕現する巌(いわお)の山が孫悟空を封印する岩山よろしくバハムートを下敷きにする。
その山を突き破りまたドラゴンブレス。
それを刹那の見切りでかわしてウィルトはまた魔力を収束させる。
効果を失い岩山が消えると、自由を取り戻したバハムートが理性無き獣の雄たけびで飛びかかる。
空中高速道路をかわすこともせずに体当たりで破壊しウィルトに噛みかかり、
「俺のオリジナルでも喰らえよ、水と風の合わせ技」
極限まで収束させた魔力に二つの属性を乗せて飛び下がり、瓦礫が飛び散る中でウィルトは足場の無いままに剣を振り下ろす。
「テンペスト・カリバァーー!!」
嵐が起こった。
砕いた高速道路の破片だけではない、まだ健在な部分も含めて周辺の高速道路もろともバハムートが風と水の激流に飲み込まれ、人形のように流され飛んでいく。
何百メートルも吹き飛ばされて、アスファルトを削って電柱をなぎ倒し車を巻き込みながらビルの一棟に激突してようやく止まったバハムートへ、今度はウィルトのフォレスト・カリバーが叩き込まれる。
テンペスト・カリバーの跡を滑るように襲い掛かって来た太い植物の根がバハムートの全身に絡みつき自由を奪う。
振り払おうと何度切り裂いても成長を続ける根は容赦なく体に巻きつきコンクリートを突き破ってその場に根を張っていく。
バハムートは最強のドラゴン。
いくら勇者といえど人間の技にここまで自由を奪われるなど有り得ないが、パーティー全体から受けたダメージと、かつての自分を取り戻そうとするウィルトのカリバーを立て続けに喰らった事が伝説のドラゴンの力を削いでいた。
ウィルトとエリカの剣に、クロエとサーシャの呪文に、バハムートはもう、消耗仕切っている。
「本気ってのはよう、確かこんなだったか?」
空を駆け抜けるウィルトの剣がかつてない光りを放って必殺の一撃に備える。
最後の力を振り絞り、根を粉々にして呪縛から解き放たれるバハムートの顔面にウィルとの剣が輝く。
「シャイニング・カリバァアアアアアアアアアアアアアア!!」
太陽のようにまばゆい光の斬撃がバハムートごとビルを通り抜ける。
神話が崩れた。
キングオブドラゴン、最強の竜バハムートは額から真っ二つに両断され、立ち上がった体は左右に分かれて血飛沫と内臓をぶちまけながら崩れ落ちる。
背後のビルも、一階から半ば辺りまで縦一直の切れ目が入り、向こう側からの光が覗きこむ。
終わった。
そう思いかけて、ウィルトはすぐに思いなおす。
違う、まだ何も終わってはいない。
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