第37話 ラスボス

「「「ウィルトー」」」

「おーい、勝ってきたぞ」


 ごく自然に空を走りながら、ビルの上に着地して座り込んだまま動けないクロエ達に駆けよる。


「アンタ今のどうやってんの?」


「いきなり質問かよ、えーっと空歩けたら便利だなーって思って一歩進むごとにそこだけシールド張ってんだよ、エリカと一緒にカリバー撃ち込む時サーシャが張ったシールド足場にしただろ? あれの応用だ」


 質問したサーシャの顔が固まる、一歩進むごとに、ちょうど足を乗せる場所だけにピンポイントで張り続けるというのは、


「サーシャできるの?」

「無理ね」


 エリカの質問に即答だった。


「でもウィルト凄いな、カリバー系は何種類使えるんだい?」

「え? 全属性使えるぞ」


 クロエの顔から血の気が引く。


「ああでも魔属性は多分できな……いやでも頑張れば、雑誌の袋とじに騙された事を思い出しながら一時的に心をこうダークサイドに落とせばなんとかなるかも」

「いや、うん、君ならできそうだから怖いな」


 青ざめるクロエとは対照的にウィルトは明るく笑う。


「ははは、まあとりあえずこれでバハムートは倒したし、お前らは休んでろよ、アーレイは俺がなんとかするからよ」

「「「まだ余裕あるの!?」」」


 総ツッコミである。


「いや、さすがにもう疲れたけどあれだけのドラゴン五体も召喚したんだ、アーレイもたぶんそうとう疲れてるだろ、それに今逃すと次いつチャンスあるかわからないし」

「いや、もうチャンスはないぞ」


 屋上のドアが開き、明るい空気を引き裂く淀んだ声の主は何かを引きずりながら、四人に死人のような目を向ける。



「フィリア?」



 その正体は紅の剣士フィリア。


 勇者養成学校開闢以来の天才にして単純な戦闘力ならばセイバーグループ最強であろう彼女はヒュドラ退治へまわされているのが打倒だろう。


 なぜ郊外ではなく、こんな街中にいるのか、尋ねようとして、ウィルトは彼女が剣を持つ右手の反対、左手に引きずるソレの正体に気付いて言葉を失った。


「魔王は私が殺した」


 右肩から腹までを深く斬り裂かれ、血の気を失ったアーレイがウィルト達の前に投げ出されてクロエ達も喉を凍らせる。


「なあウィルト、魔王を倒したんだ、私は勇者だろう?」


 返り血に濡れた肌、恐ろしいほどに見開かれ焦点の合わない瞳、歯を剥き出しにして歪んだ笑みを作る口。


「どうしたんだフィリア……何があったんだ…………」


 助けたかったアーレイが殺され、本来ならばフィリアに怒り、責めるところだが、その感情が薄らいでしまうほどに今のフィリアは異常だった。


「認めてくれないのかウィルト? ……魔王を討ったのに、魔王を退治したのに……」

「ッッ、アーレイさんは操られていた被害者だ。殺す必要は無かった。右手さえ切り落とせば……」

 


 右手が無い



 アーレイの遺体を見下ろして、ウィルトはその手に魔王の右手が無い事に気付く。


「フィリア! 魔王の右手だけ切り取られてるじゃないか!? じゃあなんでアーレイさんを殺したんだ!?」

「そうか、認めてくれないんだな……そうだよなぁ、貴様の方が強いものなぁ、弱い奴なんか勇者になれないよなぁ…………」


 何かに取り憑かれたようにブツブツと呟くフィリアにウィルトが叫ぶ。


「答えろフィリア!」

「でも大丈夫だウィルト、私は強くなった、力を手に入れたんだ……見てくれこれを」


 フィリアが首に手を伸ばし、鎧のバストプレートに手をかけると鎧を引き裂くようにメリメリと、バトルドレスと下着ごと脱ぎ去り、豊かな胸を露(あら)わにした。

 クロエ達が息を呑み、ウィルトが思わず剣を落としそうになる。


「お前……それは…………」

「すごいだろう?」


 白く、柔らかな双球の間、丁度胸の谷間の上部に灰色の手が張りつき、首元に触れている指先のせいで、まるでフィリアの首を締めようと手を伸ばす亡者の手のようだ。


 ソレが脈打つように蠢(うごめ)いて、さらにフィリアを浸食しているように思える。


「魔王の力を手に入れたんだ、これで私は貴様より強い……そうだ、強くなったんだ……だから」


 右手のロングソードを振り上げ、周囲の空気が一気に冷え固まる。


「私が勇者だ!!」

「まずい!」

 ウィルトはクロエ達を守るようにフィリアの前に跳び出すと剣に魔力を収束させる。


「バーニング」

「フリージング」

「「カリバァーー!!」」


 フィリアの冷気とウィルトの業火がぶつかり合う。


 始めは互角に思われた勝負だが、絶対零度の黒い光が灼熱の炎を呑みこみ、思わずクロエ達は目をつぶる。


 肌を凍てつかせる冷気が体に突き刺さるのを感じて、目を開けるとそこには全身に氷を張りつかせたウィルトの背中があった。


「「「ウィルト!?」」」


 三人が同時に叫ぶ。


 バハムートすら屠(ほふ)ったウィルトのカリバーを突き破る威力に、心が折れそうになってしまう。


「くっそ、寒いなこのやろう!」


 体を揺すって氷を砕くとウィルトは背後のクロエ達を一瞥して状態を確認する。


 三人ともまだ戦える程回復していない。


 バハムートとの戦いで消耗した体。


 魔王の力を得て自身よりも強力なカリバーを使う相手。


 しかし背後には動けない仲間達。


 ならばやる事は一つだった。


「認めろウィルト……私の方が強いとなぁあああああああああ!!」


 フィリアの立つコンクリート製の床が陥没。


 次の瞬間に二人は鍔迫り合いをしていた。


 同時にウィルトの立つ床も陥没する。


「ウィルトォー!」


 黒い光が彼女のロングソードを覆い、フィリアの瞳が怪しく光る。


「やめろフィリア、俺達が戦う意味は無い!」


 しかしフィリアはさらに剣を押し込む。


 魔王の右手から黒い光が溢れ、あらわになった乳房を覆い、黒い甲冑を形作る。


「あぁあああああああああああああああ!!」

「フィリア!!」


 零距離バーニングブレイクで爆炎を巻き起こし一度自分の姿を見失わせてから、ウィルトは一〇〇メートル以上離れたビルの屋上へと避難。


 爆炎が晴れるとフィリアはすぐにウィルトの姿を見つけて薄笑いを浮かべ、クロエ達には目もくれず飛び立った。


 残された三人は、自分たちとは隔絶した二人に半ば放心状態になってから、次元違いの力の波動が衝突する方向へ目をやった。


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