第38話 勇者VS魔王


 果たして、そこで繰り広げられる戦いは常識を遥かに逸脱していた。


 今では四〇〇メートル以上も離れた所にいるクロエ達でさえ必殺の予感に全細胞が泣き叫んで呼吸が止まりそうだ。


 クロエも、エリカも、サーシャも、それぞれの職業を代表できるほどの実力を持った一流の存在。


 で、ありながら勇者と剣士、否、勇者と黒騎士(ブラックナイト)の戦いにまるでついていける自信が無かった。


 肉体強化で音速を超えた二人の打ち合う剣の衝撃だけで周囲のビルの窓ガラスが片っ端から粉砕されて、空ぶった剣の一撃が離れたビルの壁面に深い傷跡を残す。


 斬撃を飛ばすエッジ系を使おうものならばその一撃がビルを貫通し、飛距離が短くとも威力の高いブレイク系を使えば空中衝突であっても衝撃波で真下のビルの屋上がひび割れた。


 空中衝突、そう、空中での衝突である。


 風魔術と空間に防御シールドという名の足場を作ることでウィルトとフィリアはとうに重力の縛りから解放され、エデンガルド近郊の空を飛びまわりながら時には地上と変わらない踏み込みや足さばきを使った剣術合戦を繰り広げる。


 二人が路上で戦おうものならば、それこそエデンガルドは壊滅的な被害を受けるだろう。


 一個人がこれほどの戦力を持てるものだろうか?


 二人の戦闘力は今やSランク勇者すら遥かに超越して、おとぎ話のソレである。


 バハムート戦のような神話(マイソロジー)VS現代(リアル)ではない。


 まさに神話の再来、神々の戦いそのものだ。


 フィリアの邪気の影響か、真昼の空が暗雲に包まれ、闇に閉ざされたエデンガルドを雷の光が照らす。


 研究者であるアーレイとは違い、フィリアという最高の器を手に入れ魔王の手が本来の力を取り戻しつつあるのだろう。


 今やフィリアの赤いバトルドレスは闇色に染まり、その上にさらに黒い、漆黒の甲冑が覆いかぶさっている。


 彼女の剣も、そのグリップやブレードなどとうの昔に染まり、鎧同様禍々しい装飾が施されている。


「バーニングカリバー!」

「ウォーターカリバー!」


 フィリアの黒炎が水の奔流と衝突し水蒸気爆発を起こすがその爆発すら呑みこみ一気にウィルトへ襲い掛かる。


「グランドカリバー!」


 立て続けに放った土属性のカリバー、水との衝突で威力の減退した火炎はその一部を溶かすが炎を書き消し岩山がフィリアに迫る。


「その程度で!」


 フィリアの振るった剣を中心に黒い植物の根が顕現。

 太いその根は岩を砕き根を張って外と内側から岩山を侵食し、


「砕けろ!」


 岩山が粉々に砕ける。


 しかし超重量の山が地上へ落下すると、引きずられるようにフィリアのフォレスト・カリバーもまた地上へ向かい、ウィルトへ襲い掛かる事は出来なかった。


 岩山と大樹が片側三車線道路を突き破り地下のショッピングモールごと押し潰す。


「「オリハルコン・カリバァー!!」」


 一〇〇メートル以上離れた空に立つ二人の剣がビルが如く巨大さで鍔迫り合い火花を散らす。


 金属性のカリバーは、だがウィルトのソレは金色の大剣で、フィリアのソレは黒色の大剣だった。


 フィリアの操るカリバーは全てが黒色を帯びている。


 全ての技に魔の属性が帯びているのだ。


 火、氷、水、雷、風、土、木、金、光、彼女が使えるカリバーの全てが魔性の威力を以ってウィルトに襲い掛かる。


 ウィルトが水と風を合わせ、嵐のカリバー、テンペスト・カリバーを放ったように、複数の属性を混ぜることは可能だが、フィリアは魔属性を使えないし、使おうともしていなかった。


 同じく、闇属性も練習する様子が無かった。


 学生時代、フィリアは人々を救う強さを求めていたはずだった。


 全ての悪を倒すと、最強の勇者になりレギス以来の世界を救う救世主になると、なのに彼女が振るう全てに、世界を呪い、破滅と滅びを与える魔の力が付加されている。


 それが悲しくて、辛くて、ウィルトは叫ぶ。


「こんなのはお前が望んだ力じゃない! お前は! お前は!」

「いや、これが私の望んだ力さ」

「嘘だっ!!」


 全力の否定もむなしく、フィリアは両手を広げて天に告げる。


「嘘では無い! 私が望んだのは最強の力、貴様を……ウィルトを超える絶対の力だ!」


 変わり果てたかつての盟友にウィルトは全身に白銀の輝きをまとってから、その全てを一気に剣へ収束させる。


「目を覚ませフィリア! シャイニング・カリバァーーーー!!」


 街への被害を考え、あえて少し高度を落として上空のフィリアを狙う形で剣を振る。


 神話最強の竜、キングオブドラゴン・バハムートを一撃で必殺たらしめた光の斬撃が巨大なレーザー光線となり迷わずフィリアに迫る。


「目を覚ませだと?」


 ウィルトの必死の訴えは届かず、フィリアは強い憎しみの形相で、まだ使わずにいたもう一つの属性を剣に収束させる。


「シャドウ・カリバァアアアーー!!」


 黒い光ではない、闇そのものが襲い掛かる。


 ウィルトの視界に映る世界を墨汁のように塗り潰し、ウィルトの放つ光の束を呑みこんでいく。


 光の逆、照らすモノ無き闇の力。


 ウィルトの光線を打ち消した闇はウィルト自身を巻き込んで眼下のビルをも包み込む。


 しかしそのカリバーは何も壊さない。


 代わりにウィルトの視覚や聴覚といった五感の全てを奪い、ウィルトの心の光さえも奪う。


 これが真の闇。

 光無き世界。


 何も見えない、何も聞こえない、何も感じず生きている実感さえ湧かず、まるで死んだように心が冷えて燃え上がる闘士も、希望という光さえ奪い去られる。


 光属性があらゆる物質を収束した光で焼き去るのとは逆、闇は全ての心を殺してしまう精神破壊の技だ。


 魔王の力を持つフィリアのシャドウ・カリバーを受ければ、常人はおろかSランク勇者でさえ廃人になるだろう。


 だが、


「フィリアァアアアアアアアアアアアア!!」


 かつての学友が魔王に侵される中、どうして倒れられようか、ウィルトのフィリアを助けたい思いは、魔王の力を以っても消せなかった。

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