第39話 魔王を超える者
かつての学友が魔王に侵される中、どうして倒れられようか、ウィルトのフィリアを助けたい思いは、魔王の力を以っても消せなかった。
闇が通り過ぎても、ウィルトは崩れる事無く空中に張ったシールドの上に両足で立ち、敢然(かんぜん)とフィリアを見上げた。
「まだ足掻くか…………」
呪い殺すような目を向けながら同じ高さまで舞い降りるフィリア。
神話のドラゴンを一撃で殺し尽くすカリバーを、もろともしない魔王の力を持った黒騎士としての姿はさらに変貌を遂げて、顔の皮膚には黒い文様が刻まれている。
「ならば真っ向から物理的に殺してやろう!」
背中から溢れだす黒光がコウモリのような翼を成して髪が揺らめく、技の威力はフィリアのが完全に上、にもかかわらずここでさらに出力を上げるフィリアと戦い、勝算などあるはずもないが、ソレとコレとは別なのだ。
「来いよフィリア!」
「行くぞウィルト!」
互いにさらなる魔力で肉体を強化し、空を駆けて斬り結ぶ。
音速を遥かに超えたスピード、航空力学を無視した直角飛行に零秒停止、物理法則を踏みにじる超人達に大気が絶叫して数百メートル離れたクロエ達にまで衝撃波が伝わっていく。
「フィリア! お前が求めたのはこんな力じゃないだろ!? お前はいつだってみんなを! 街の平和を守りたいって!」
「そんなの嘘に決まっているだろう!!」
渾身の一撃がウィルトの剣と喰らい合う。
「嘘?」
「そうだ、みんなの平和の為? 違うな、私はただ勇者になれば人が寄ってくるから勇者学科に入っただけだ!」
「嘘だ!」
「嘘ではない!」
二人の戦いはさらに加速し、散らす火花は百花繚乱の狂い咲き、ドラゴンを一撃で殺せる剣撃を毎秒何十と交わしながら勇者と黒騎士、否、すでに半魔王と化したフィリアがこの世の理(ことわり)を蹂躙し新たな神話を作りだす。
しかし、苛烈さを増す戦いは徐々に勇者を追い込む。
毎秒上がる二人の力は、だがフィリアの方がスピードが速い。
二人の力の差はさらに開き、ついにフィリアの一撃がウィルトの胴体を肩から袈裟斬りにして、ウィルトが一瞬遅れた間にまたシャドウカリバーを浴びせた。
鎧ごとアバラ骨を断ち斬られたウィルトは血で夜空に赤い軌跡を描きながらビルの屋上へ落下。
受け身も取れずにコンクリートの床に叩きつけられ、暗雲を見上げたままぴくりとも動かない。
「勝った! 私の勝ちだ! 剣士の私が勇者に勝ったんだ!」
満足げに笑いながらフィリアが空より降り立つ。
ウィルトはまだ意識こそあるが、連戦による消耗と胸の深刻なダメージ、そこへ見舞われたシャドウ・カリバーには、さすがのウィルトも立てずにいた。
頭はでは分かっている。
魔王を、フィリアを蝕む魔王を倒さなくては、もう一度、もう一度闇の攻撃から立ち直るのだと、しかし体に力は入らない。
「ははははは! これで私が最強だ! 最強のドラゴン、バハムートを倒した勇者よりも強く魔王の力を持つ私に勝てる者などいない!」
遠のく意識の中、ウィルトはもう立つのを諦めて出ない声でフィリアに問いかけた。
どうして魔王の力に手を出したのかと。
今は魔王に精神を侵されているが、そもそもアーレイから右手を切り取れば後は得意のカリバーで消し飛ばせばいいはずだ。
もしや先程の『人が寄ってくるから』というのは本当なのか?
六年間、人々の為に青春を費やし、その人生を世界に捧げんとした、ウィルトの知る限り最高の人物は全て偽りで、本当はただ人気者になり自己顕示欲を満たしたかっただけなのか?
強くなりたかったのではなくただ力が欲しいだけだったのか?
救世主になりたかったのではなく、ただ崇められたかっただけなのか?
そんなウィルトの耳にフィリアの言葉が響く。
「これで私はもう一人じゃない!」
ウィルトの耳が熱くなる。
「私は誰よりも強い! 私の強さは未来永劫揺らがない! もう寂しく無い!
もう泣かなくていい! これからはみんなが寄ってくれる! みんなが私を好きになってくれる!」
脱力しきったウィルトのアゴが、ゆっくりと噛み締められる。
「そうだ、勇者になれば皆が私を」
ウィルトの光の無い瞳を見下ろすと、その視線は彼の左腕にはめられたスモールシールドに移った。
「私は貴様よりも強い」
ウィルトの腕から勇者レギスのエンブレムが入った盾を奪い取り、
「これからは……私が勇者だ!」
自身の腕にはめようとして、だが盾が動かない。
「!?」
白銀の鎧を血で染めながら、ウィルトが盾をつかんでいた。
「貴様……」
驚愕に顔をこわばらせて盾から手を離したフィリアを見据えたまま、ウィルトは盾を自分の腕にはめなおす。
「フィリア、これはお前がはめていいもんじゃない」
「何を言う! 私は貴様よりも強いのだぞ!」
憎らしげに叫ぶフィリアを力強い視線を見つめる。
「勇者ってのは自分の為じゃない、世界の為に自分を犠牲にする奴の事を言うんだ、だからお前には勇者の資格が無い」
剣を構えて叫ぶ。
「自分の為に人を救うお前は勇者になれない!」
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