第40話 お前に勇者の資格はない

「自分の為に人を救うお前は勇者になれない!」


 悔しげに、グッと歯を噛み締めてからフィリアは声を大にする。


「黙れ! 自分の為で何が悪い!? そのために力を求めて何が悪い!? それで何故勇者になってはいけない!?」


 憎しみの叫びは徐々に熱を帯びる。


「強ければ皆が私を慕ってくれる! 人を助ければ皆が褒めてくれる! そして勇者になると言えばみんなが親切にしてくれた! 生まれながらに最強の貴様に私の何が分かる!? 私は! 勇者にならなくてはならないのだ!!!」

「…………」


 ウィルトはフィリアの気持ちを、その人生を知らない、だが、彼女が孤児院の出身である事は知っていた。


 今の言葉と合わせれば、フィリアが強さを求める理由も分かる。


 つまるところ、フィリアはただ寂しかったのだ。


 人が恋しくて、強さを誇示する以外に人と繋がる方法を知らなくて、それ故にウィルトはフィリアという存在そのものに怒(いか)った。


 ならば何故一言『一緒に遊ぼう』と言ってくれなかったのか。


 何故自分の誘いを断り続けたのか?


 ウィルトはずっとフィリアと遊びたくて、フィリアと仲良くしたくて、こちらから何度も近づいたのに、ひたすら強くなろうとフィリアは修業に明け暮れた。


 どうしてこんな娘(こ)が存在するのか。


 どうしてそんな悲しい人生を歩んでしまったのか。


 そう思えばこそ、ウィルトの心はシャドウ・カリバーの影響など全て消し飛ばして全身に熱い意志が行き渡る。


 一度目を閉じて、剣を構え再びフィリアを見据える。


「覚悟しろよフィリア、お前はもう強制的に救済ルートまっしぐら、お前の意思とは関係無く俺が助けてやる」


「助ける? 私はもう救われている、魔王の力があれば私は誰にも負けない、私の願いはすでに叶ったのだ!」


「魔王なんかに友達奪われてたまるかよ!!」

「だから私と貴様がいつ友達に――」

「道徳の時間に習っただろう? 友達が悪い人に誘われたら助けてあげましょうってな、だから……」


 ウィルトの胸から流れる血が止まる。


「俺は全力でお前を助ける!!」

「黙れぇええええええええええええ!!」


 今度こそ終わりだとフィリアがシャドウ・カリバーを放つ。


 全てを覆う闇の波は、しかしウィルトが突き出した剣に触れた途端先頭から順に掻き消える。


「!? ……なんだ、今のは?」


 問いに答えないウィルトに舌打ちして、フィリアは一気に距離を詰めて斬りかかる。


 会心の一撃は、だがウィルトにあっさりと防がれて、間髪いれず高速の剣撃を繰り出すが全て防がれてしまう。


 ウィルトの動きが明らかに先ほどよりも速くなっている。


 そして一度打ち合うごとにフィリアの剣が欠ける。


 欠けた場所はすぐに魔王の力で再生するが、欠けている事実にフィリアの額に汗がにじむ。


「くっ……これはどうゆうことだ、こんな、急に力が上がるわけが」


 ピンチになったら急に強くなる、そんな都合のいい神秘は空想のモノで、現実には魔王の右手を取りこんだ自分のようになにかしらの根拠が必要なはずだ。


 すると、ウィルトが疑問を解消する言葉を口にする。


「見せてやるよフィリア、クロエにも見せた事がない俺の」


 人生初の本気をな!!


「えっ…………きさ、貴様……今までは本気ではなかったのか?」


 剣を止めたフィリアが驚愕のあまり二歩下がる。


「悪いな、今まで、本当に手え抜いてしか戦った事なかったからな、バハムートの時は思いっきり手足ブン回したけど今、ようやく魔力を全開にできた」

「今までも全力だったではないか! 現にカリバーを!!」


 カリバーは勇者と剣士が持つ最強の奥義。


 その発動は最大まで高めた魔力を収束し、両腕による全力の振り抜きと同時に放つ事で可能となる。


 手を抜く余裕など無い。

 無い筈なのだ。

 なのに、


「今まで魔力調整なんてしたことねーよ、なんとなく垂れ流してる魔力だけでカリバーも極大呪文も使えたしそれで剣術大会もドラゴンも制覇できたからな、でもこのままじゃ勝てそうにねえから試しにやってみたら一発OKだったぜ」


 それはつまり、垂れ流しの魔力だけで肉体強化も行っていた事になる。


 で、ありながら全力でウィルトと斬り結ぶフィリアと互角近い身体能力を発揮するということは、垂れ流しの魔力がそれほど強いだけではなく、素の身体能力がそれだけ高い事も意味する。


 卒業式のあの日、不良達の剣を刹那の時に斬り裂いた記憶を思い出しながら、フィリアは戦慄する。


 それと一緒に、ウィルトが纏う属性に魔王の手が震える。


「行くぞフィリア、これが勇者ウィルトの全力だ……魔王の右手が未来永劫揺らがない力だって言うなら」


 ウィルトの体が、金色の煌めきを含んだ白銀の光を帯びる。


「耐えてみろ!!」

「ほざけ!! 燃え尽きるがいいウィルト!! バァーニング・カリバァーーーー!!」


 吹き荒れる黒炎に、ウィルトは剣の一振りで対処する。


 氷属性を含んだ剣に触れた途端にフィリアのカリバーはまたたくまに消滅、フィリアとウィルトの間の床を形成するコンクリートが溶けて、ビルの階下が見えるものの、ウィルトの背後は無傷である。


「なっ……あっ…………」


 驚きのあまり言葉も出ないフィリアにウィルトは今一度告げる。


「もうやめろフィリア、俺達が戦っても意味は無い」

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