第33話 バハムート


 アーレイに指定されたビル、エデンガルド一〇〇階はその名の通り、一〇〇階建てを誇るエデンガルド随一の高さを持ち、このビルの屋上でアーレイは待っている。


 ここに来るまでに郊外へ向かって走る勇者専用車やバイクを見ると、どうやらBランク勇者もヒュドラ退治に狩りだされたようだ。


 さらに街にはどこから湧いて出たのか、黒い小型ドラゴンが次から次へと現れ、同期のCランク勇者達と軍隊が戦っていた。


 市民の避難や救出に警察やレスキュー隊果ては消防士が、小型ドラゴンの対応に兵隊とCランク勇者パーティーが、郊外のヒュドラ四対にはBランク、Aランク、Sランク勇者パーティーが立ち向かい、まさに総力戦と呼ぶに相応しい光景だった。


 エデンガルドの全戦士が立ち上がり、全市民の為に死力を尽くす。


 これほどの事態をたった一人で起こした現代の魔王は、ビルの屋上で地獄絵図から視線を外し、駆けつけた勇者へ振り返った。


「来てくれたんだね、ウィルト君」


 初めて会った時のような笑顔は形だけ、冷たい空気を纏って白衣姿のアーレイは手袋で隠すこともせず、魔王の右手で前髪を掻きあげた。


 灰色の手、黒い爪、その人外の手に魅入られたアーレイにウィルトは剣を抜いた。


「その右腕、落とさせてもらいますよ」

「それはこの場で私と戦うって事かな?」

「当たり前です!」


 ウィルトだけではない、エリカも剣を構え、クロエとサーシャも右手の指をかざす。


「元気がいいねー、だけどなんで私が君達を呼び出したのか分かるかい?」


 妙な質問に、しばし間を置いてからウィルトは返す。


「俺を直接倒す為じゃないんですか?」

「ちがうね、私はカリバーの使い手である君を確実に殺したいんだ。だから君が他のエセ勇者達と一緒にヒュドラや小型ドラゴンと戦われたら困るんだよ、上級勇者は郊外へ釘づけにして、残りの雑魚も小型ドラゴンで手いっぱい。

 そう、この街の空いている戦力が君達以外にはもういないこのシチュエーション」


 ニヤリと悪魔の笑顔を浮かべ、アーレイは魔王の右手で白衣のポケットから竜核を取り出すと空に投げ上げる。


「来たれ! バハムート!」


 彼方の空が歪む。

 黒く歪み、やがて空間に空いた孔(あな)から這い出す、紺碧(こんぺき)のウロコに覆われたドラゴンにウィルト達は目を奪われる。


 骨組を広げた巨大な翼を羽ばたかせ、世界にを身を預けるその姿はまさに奇跡、その存在が究極の神秘だった。


 同じ最強のドラゴンにしてヒュドラより格上の存在。


 否、キングオブドラゴンの名を冠するドラゴンの中のドラゴン。


 神話において、もはや退治された話そのものが存在しない絶対種。


 魔王の右手はこんなモノまで召喚してしまうのか。


 この世の理(ことわり)の外にある究極竜を前にしてはサーシャですら狼狽し、かざした右手が下りていた。


「私の相手なんかしてると、善良な市民と下で戦っているCランク勇者が死ぬけどいいのかな?」

「ぐっ」


 歯を食いしばるウィルトにアーレイはさらに追い打ちをかけるように笑う。


「ふふふ、もちろん上級勇者の援軍は無いよ、そのためにヒュドラを四体も召喚したんだから、でも君は市民も雑魚勇者も見捨てられないんだよね?

 例え相手が勝てない相手でも君は逃げられない、だって」


 アーレイの笑みが消えて、双眸に黒い光が宿る。


「カリバーは真の勇者にしか使えない、そして勇者は……人の為に戦い死ぬ呪いからは逃れられない!」

「……みんな行くぞ」


 剣を下ろし、静かに告げるウィルトに、三人は頷いて従う。


 だがウィルトは今一度アーレイを見据える。


「アーレイさん、いや魔王、お前は一つだけ間違っている」

「なんだい?」

「勇者が人の為に戦うのは呪いなんかじゃない、自分の意思で選んだ道だ……そして!」


 屋上から駆けだし、バハムートへ跳んでウィルトは剣を掲げる。


「俺は死なない!」


 ウィルトから放たれた雷の刃がバハムートを狙う。


 獲物を探すバハムートはそれを爪の一掻きで蹴散らし、ウィルトを獲物と定める。

 別のビルの屋上に降り立ち、距離を詰めて来るバハムートをウィルトは敢然と睨みつける。


「来いよ最強、勇者が相手だ!」



 結論から言えば、ソレは誰もが予想しない展開だった。


「今バハムートと戦っているのはどこのパーティー!? Sランクパーティーは全員ヒュドラと戦っているんじゃなかったの!?」


 リレイ部長の問いに部下が望遠魔術ですぐに確認して、声を震わせる。


「Sランクパーティーじゃありません、Cランクの……あのウィルト君のパーティーです」

「なんですって!?」


 本社の窓から空で繰り広げられる超バトルを瞠目(どうもく)して、リレイは我が目を疑った。


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