第21話 落下


 ギシ

「ん?」

 崩れる足場、襲い掛かる浮遊感。


「マジかよ神様ぁああああああああああああああ!!」


 風呪文の応用で瓦礫よりも遅く落ちてなんとか無傷で着地。


 着地点は球場のように広い空間で……


 マンティコアに埋め尽くされていた。


「もしかしなくても俺DEADエンドへまっしぐら?」


 高速道路の時とは違う、クロエ達のサポート無く、全方位から同時に襲い掛かるモンスターの群れ。


 それにウィルトはアーレイを保護しなくてはならない、つまり死力を尽くした戦い方はご法度。


 あくまでも余力を残しておかなくてはならないのだ。


「うわぁ、これなんて無理ゲー?」


 突然落下してきたウィルトを取り囲み、唸り声を上げるマンティコア。


 相手は獰猛で有名、様子見なんてものの数秒、もう数頭のマンティコアが足を進めている。


 数頭相手ならともかく、地下ドームを埋め尽くすこの数相手に先程の爆炎法術を使い続けて果たして持つか、


「…………」


 右手に握り込んだ剣を見て、ウィルトはフィリアの言葉を思い出す。



 弱いフリをするな



「弱いフリねぇ」


 脳裏に浮かぶのは幼い日に見た妹の最後の顔。

 マンティコアに囲まれる中、ウィルトは自嘲気味に笑う。


「本気の出し方なんて忘れちまったよ、けど……」


 顔を上げて、目の前の敵と向かい合って剣を構える。


「女の子に期待されたら、ちょっとは頑張りたくなるよな」


 口元だけで笑って、ウィルトは覚悟を決め勇者の剣を掲げる。


「かかって来いよデカ猫、俺の猫じゃらしはちょいと危険――」

「ウィルト!」


 頭上から真後ろに降り立ち、背中合わせにマンティコア達に剣を構えるのは真紅の騎士だった。


 気丈な表情と凛とした頼もしい声。


 エリカと同じ装備でありながら長身と抜群のプロポーションで戦姫を連想させるルックスで長い赤毛をなびかせ、その剣士、フィリアは背中越しに語りかける。


「何を躊躇(ためら)っている。うちの雑魚勇者から聞いたぞ、貴様アーレイ殿を迎えに来たらしいな、ならこんな連中さっさと片付けてしまえ!」


 マンティコアをこんな連中と一蹴してしまう最強の剣士は挑発の為に、あえて最下級呪文のファイアボールをマンティコアの足元に叩きつける。


 モンスターの中でも特に獰猛で知られるマンティコアにはこれで十分。


 全てのマンティコアが二人を敵と認識して一斉に飛びかかる。


「さあ来たぞウィルト」

「お前はなんでここにいるんだよ」

「私のパーティーが担当する研究者もここにいるだけだ、もっとも私は」


 眼前に迫るマンティコアの顔を真一文字に斬り裂く。


「独断専行だがな!」

「お前らしいな」


 ウィルトもマンティコアを斬り伏せる。


 そうやって二人はお互いに背中を合わせたまま一歩も動かずマンティコアを斬り続ける。


 相談や目配せも無く二人のタッグバトルは成立していた。


 お互いに全神経を前に向けて、背後の敵は相手に任せてしまう。


 挑発したマンティコアは勝手に飛びかかってくる。


 二人はヘタに動かず、ただ背中合わせにして立ち、剣を振るだけで敵は勝手に死んでいく。


 二人で組んで戦う練習はしたことが無いが、戦士系二人でこの状況なら取る道は一つと二人は同じ結論に至っている。


「お前な、いつもそうやって独断専行ばっかするからタライ回しになるんだぞ」

「私は自分より弱い奴には従わない、なんなら貴様が私を倒すか?」

「俺にそんな期待されても、ああでもそのおっぱい一日好きにしていいなら頑張れるかも」

「そんな理由で頑張るなエロ勇者!」


 二人の夫婦漫才はなおも続く。


 最凶の呼び声もあるマンティコアが鋭い爪をかざし、強靭なアゴで噛みかかり、毒針のついた尻尾を振り回すがその攻撃はただの一つも通らず、二本の剣が最凶の化物達の死体の中で踊り狂う。


 それでも二人の口は学生時代のソレのままで、ウィルトがからかってフィリアが怒って、フィリアが叱咤してウィルトが受け流す。


「面倒だな、カリバー系で一掃するか?」

「壁の向こう側に人がいたらどうするんだ?」

「それもそうか、しかし早くしなければアーレイ殿も私のターゲットも死んでしまうかもしれん」

「確かに、ここは属性攻撃でぱぱーっとやりたいな」

「しかし手が塞がって大きな法術を使うヒマが無いな、ウィルト、二秒頼んだ」

「二秒?」


 聞き返す前にフィリアは跳んだ。


 背後を守る人がいなくなってウィルトはさらなる肉体強化によるスピードアップで全方位の敵を迎え討ち、頭上で青白い光が降り注ぐ。


「まさか」

「跳べウィルト!」

「うおっと!」


 落下するフィリアと交差するように跳び上がり、代わりに着地したフィリアは横薙ぎに回転しながら収束する魔力を開放する。


「フリージング・カリバァーー!!!」


 裂帛の気合と共にソレは放たれた。


 この世界における剣術の最強最終秘奥義カリバー系。


 勇者養成学校を卒業する時点で身につける者は皆無に等しく、長い勇者歴を重ね、ようやく手にする最強の剣。


 かつて勇者レギスが魔王軍と戦う時、常に必殺の一撃として使った伝説の技で、Sランク勇者でも使えるのは僅か五、六属性。


 そしてフィリアが使ったのは習得した九属性のうちの氷属性。


 その一撃はクロエのテラブリザードなど及びもつかず、剣から迸る光の奔流はフィリアの回転に合わせて地下ドームの下部全てを巻き込み、高く跳んだウィルトにまでその余波が伝わり凍えそうだった。


「ひえー、すっげー威力、これ全部凍ってんぞ」

「氷属性ならこの空間にしか作用しないからな、敵も動かなくなって一石二鳥だ」


 得意げに、ただでさえ大きな胸を張るフィリアに一言。


「……ここに来る前、クロエも同じ事したんだよな」

「そうなのか?」


 キリッ「おっぱい大きい娘(こ)って思考が似るんですか?」

 右ストレートが炸裂した。

 鼻から赤い液が止まらない。


「エロ勇者、さっさとアーレイ殿を探すぞ」


 鼻を押さえて悶えるウィルトを置いて、フィリアはゲートへ向かう。


「まったくあいつは……しかしこれがそんなに好きなのか」


 と、自分の胸を見下ろし顔が赤らむ。


「ならコレを餌にすれば本気で私と戦って、いやしかしいくらなんでもそんな事……」

「さっきから何ごにょごにょ喋ってんだ?」

「なぁ!?」


 すぐ後ろにウィルトが立っているのに気づいて、フィリアの肩が跳び上がる。


「貴様は一生眠ってろ!」


 裏拳が炸裂。

 鼻から流れる液がさらに増えた。


「フィリア~、回復呪文ぷり~ず」

「自分でやれ」


 鼻から血が止まらないウィルトの頼みを、閉じかけたゲートもろとも切り捨てる。


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