第19話 モンスター大脱走


 車の通信装置が起動したのはその時だった。


『エデンガルド第五研究所よりモンスターが大量脱走、付近の勇者は至急対応するように』


 随分いい加減な内容だがこれが勇者の特徴でもある。


 それぞれの部隊に明確な支持が与えられるのは軍隊や警察、国と密接な繋がりはあるが民間企業である勇者は独自に臨機応変かつ迅速な対応が許される。


 よって、勇者は自身の現場やパーティーメンバーの戦力から脱走したモンスターを駆除してもいいし、研究所へ向かって事態の収拾に努めてもいい、その行動は自由なのだ。


 けれどウィルト達に限っては……


「あれウィルト、あたし達が向かってるのって確か第五研究所じゃない?」

「確かあのエロ研究者がいるのがソコじゃなかったかしら?」

「待ってくれウィルト、ということは今アーレイ殿は……」

「ああ」


 四人の思考がシンクロした。


「「「「ま、巻き込まれ体質ぅううううううううう!!!!」」」」

「アーレイさんもう呪われてるんじゃねーか!?」

「かー、あたしらがこれから向かおうって時にタイミング悪いわねー!」

「ハンっ、爆乳目当てでアタシらを呼んだ神罰ね」

「そんな神罰は無いと思うんだが……」


 四者四様の反応をしてからウィルトはさらにアクセルを踏み込んで魔導エンジンを猛らせるが、前方から向かってくる集団に減速した。


「って、あれまさか」


 車を停めて目を凝らすと奴らはいた。


 高速道路を走る集団の正体は無数の二足トカゲ(リザードマン)と二足オオカミ(コボルト)、そして獅子とヤギの頭を持つ合成ライオン(キマイラ)である。


「どんだけいるのよ、ああもうクロエ、ここはドカーンとやっちゃって」

「無理に決まってるでしょこのサル剣士」


 切り捨てたのはクロエではなくサーシャ、しかし彼女の言う事は正しい。


「こんなとこでテラ級呪文使えばどれだけの被害が出ると思ってるの?」


 確かに数は多いが、この程度でてこずるのは兵隊レベル。


 黒魔術学科主席卒業のクロエの反則染みた爆裂呪文なら一掃は難しく無いが、それでは高速道路を走る他の車を巻き込んでしまう。


 すでに高速道路への進入禁止と走行車への避難指示がでているがモンスターに取り囲まれ動けずにいる車も多い。


「広範囲攻撃が駄目なら」


 言って、車から飛び出すとエリカは背中の剣を抜き放ち、モンスターの大群に単騎突入を敢行する。


「あたしの出番でしょうがぁああああああ!! サンダーインストォール!」


 ロングソードがスパーク。


 電撃を纏う白銀の刃がリザードマンのウロコを、そして肉を斬り裂き一撃で絶命へ導く。


 一振り、二振りと振るわれるごとに剣は加速し、衝撃波や電撃を伝播させてついには一撃で三、四体のリザードマンやコボルトを斬り倒していく。


「まだまだこんなもんじゃないわよ!」


 全身の筋骨に魔力を流し肉体強化を施して、エリカの動きがいよいよ超人染みてビデオの早送りよりなお速く動く剣撃の嵐と化し、エリカは目に映るモンスターを蹴散らし、人のいない場所へ来ると、


「バーニング・ブレイク!」


 振り下ろした剣がキマイラに触れた途端、爆炎を轟かせて周囲が火炎に包まれる。


 一振りで一〇体以上のモンスターを消し炭に変えて、間髪いれずエリカはまた走り、斬り、刺し、自分より大きく、強靭な肉体を持ったモンスターを薙ぎ倒していく。


「相変わらずモンスターにだけは強いわね」


 エリカの滅茶苦茶な暴れぶりに呆れながら、サーシャは民間車にたかるモンスターに拘束呪文、もしくは睡眠呪文をかけ、市民に研究所とは反対方向、今までウィルト達が走って来た道を行くよう指示し逃がす。


「まあモンスター相手なら罠にハマったり口車に乗せられる心配もないからな」

「って、言ってるヒマがあるならアンタも行きなさいよゲス勇者」


 冷ややかな目に腰を引かせて、ウィルトは頭を下げる。


「へいへいっと、おーいエリカ待てよー」


 肉体強化の法術でウィルトが走り去り、その後ろをクロエも追う。


「待ってくれウィルト」


 と言いながらエリカが討ち漏らしたモンスターを火球呪文で倒すのも忘れない。


「まあこれでなんとかなりそうね」

「あの、あなたサーシャさんですよね!? ありがとうございます!」


 面倒くさそうに息を吐くが、近くの車からそう声を掛けられた途端に顔と声のチャンネルを変えて、


「いえいいんです、これが私達勇者の務めですもの、さあそれより早くお逃げになってください、ここは私達が喰い留めますから」

「はい! サーシャさんに会えて感激です!」


 言いながら車が遠ざかるとサーシャはぺっ、と吐き捨てて眉間にシワを寄せる。


「邪魔だからとっとと行けっての、アンタらお邪魔虫がいたら」


 ふと、ウィルトを追うクロエの背中を見てサーシャは眉間のシワを緩める。


「うちのエースが本気出せないでしょ」

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