第13話 女剣士にバストマッサージを推奨する勇者


「相変わらずうるさい奴だ」


「うるさくなんか無い! 俺は真剣だぞ! 今日だってちゃんと日焼け止め塗ったか? 頭皮マッサージは? バストマッサージとストレッチは? ちゃんと夜一〇時までに寝るんだぞ、夜一〇から深夜二時まではお肌のゴールデンタイムでこれを逃すと――」


「ええいうるさい!」


 詰め寄るウィルトを手で薙ぎ払ってフィリアは目じりを釣りあげる。


 フィリアぐらいの美人と向き合えばどんな男でも幸せになれるがどんなナンパ野郎もこの目で睨まれると一目散に逃げて行く。


 もっとも学生時代から一日一回は必ず睨まれてきたウィルトには効かないし、中等部の一年生の時から気の強そうな女の魅力として受け止めるようになって以来、逆にテンションが上がる。


 それでも、


「もっと笑えよー、怒った顔もそそるけどフィリアは笑顔が一番可愛いんだぞ」

「何を言っている? 私は笑った事など――」


 カパッ


 ウィルトが携帯電話の待ち受け画面を見せる。


 そこには鍋の中で丸まって眠るネコを緩みきった顔で眺めるフィリアが映っていた。


「~~~~~~~~!!??!!?ッッっ!!?くぁwせdrftgyふじこlp」


 フィリアの右ストレートが画面を打ち砕くがウィルトはサーシャのような悪魔スマイルで高笑う。


「あーはっはっはっ、予備携帯が壊れたところで痛くもかゆくもないわ! それにマスターデータは俺のパソコンの奥深い所にあるし数え切れないほどのコピーが秘蔵のお宝画像としてあらゆる場所に隠してあるのだ!」

「貴様ぁ~~!」


 烈火の如く空気を纏うフィリアにもウィルトは怖じない。


「安心しろ、ネコ鍋の魅力に負けるは人の真理! 何も恥じることは無い、だからネコを蹴り飛ばして鍋を取り上げたサーシャは人に非(あら)ず!」


「酷いな……」

「そして近づくなり一瞬で服の中に入られておっぱいの谷間に潜り込まれたクロエは女神認定!」


「親指を立てるなエロ勇者!」

「俺はフィリアの胸に飛び込みた、っ冗談だから背中の剣に手を伸ばさないで!」

「まったく貴様は」


 と、剣から手を離してフィリアは呆れてから真剣な眼差しを向ける。


「なあウィルト、貴様は何故演技をする?」

「演技? おいおい、この俺の美少女へ対する情熱が嘘だとでも言うんですかいフィリアお嬢様?」

「弱いフリをするなと言っている」


 軽口を叩くウィルトを見る目に力がこもる。


「その見下げ果てた外道ぶりなら私と同じく人望が原因で主席卒業は無理だったとしても、とっくにBランクパーティーになっているはずだ」

「だから俺は強く無いって」


「では何故貴様が受けた仕事では犠牲者が極端に少ない? 建物への被害は大きいが、人命に危険が及ぶと貴様がバレない程度にこっそりと本気を出しているからではないのか?」


「いやそれ全部クロエとサーシャのおかげだから、てかそういうのアーレイさんにも言われちゃったよ、確かにガキの頃の俺は神童だったよ、天才少年将来は勇者確実バンザイバンザイ」


 わざとらしい動きで両手を上げ下げしてクルクル回るウィルト。


 その様子がよほど不快だったのだろう、フィリアは両手をつかみとってウィルトを抑えつける。


「ふざけるな! 私が学生時代どれだけ……いや、卒業してからどれだけ!!」

「どれだけって……なんだ、どうしたよ?」

 やや気押されながらもウィルトの口調は軽いままで、真剣みがまるで無い。

「私と本気で戦え」


 ぎり、と歯を食いしばるフィリア。


「お前となら学園で何度も戦っただろ?」

「本気でと言っている!」


 その言葉に、ウィルトは肩を落とした。


「フィリア、そういう事は言わない方がいい、言われる側からすると結構辛い」


 口から自然と空気が漏れる。


「そりゃ俺は過去の天才で今はとんだ劣等生だ。でも俺は俺なりに本気で戦ってるし、いくらお前が強いからって弱い奴に『ヤル気が無いから弱い』『こんな弱い奴がいるはずがない、つまりは本気じゃないんだ』なんて、非才の劣等生には死刑宣告も同然だ」


 目を伏せるウィルトの声は真に迫るものがあり、誰が聞いても嘘を言っているようには聞こえないだろう。


 それでもフィリアには届かない。


「私をバカにするのもいい加減にしろ! じゃあ何か? 勇者になれなかった勇者堕ちの私は貴様以下か!?」

「ちょっ、フィリアが勇者堕ちになったのは弱いからじゃないだろ? 俺なんてクロエとサーシャが一緒にパーティー試験受けてくれなかったら剣士にもなれずにフリーターだぜ? 何を勘違いしてるのか知らねえけど俺に変な期待す――」


 歯がみするフィリアの目に、うっすらと光る雫を感じて、ウィルトは言葉を失った。

 フィリアは腕ですばやく涙を拭うと剣を抜いて構える。


「ではウィルト、ここで私が極大剣技法術(カリバー)系を使ったらどうする?」

「は?」


 ウィルトが小首を傾げると、フィリアは剣の柄をギュッと握り込む。


「市街でカリバー系を放てば民家の一〇棟や二〇棟は消し飛ぶ、それを見過ごせる貴様ではないだろう?」


 人を試すような聞き方に、ウィルトはすぐに被りを振った。


「無理だ、お前にカリバー系は撃てねえよ」

「何故だ? 私は極大剣技法術(カリバー)系を九属性も使えるのだぞ?」


 自信たっぷりのフィリアに対してウィルトは苦笑して、


「だって、お前は罪の無い人だけは絶対に傷つけないからな」

「な……」


 珍しくフィリアから動揺が見て取れる。

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