第12話 勇者パン
「って、勝手に俺で商売すんな!」
「でもこれおいしいよ」
むしゃむしゃと食べるエリカ、ウィルトの顔半分が削れている。
「やめろ、俺を食うな!」
「ウィ、ウィルトを食べ……!」
勇者パンを握りしめて硬直するクロエ。
ギュッと力を入れ過ぎて潰れたパンを恐る恐る食べようとしてまた顔を赤くして口を離した。
えっ? そのためらいはどういう意味? まさか俺がマズそうとかじゃないよな?
「まあご飯が増えたと思えばいいじゃない、エリカ、アタシにも顔の部分エグってから頂戴」
「何要求してんだよ! そしてエリカも抉(えぐ)るな!」
「別にいいでしょ、ああクロエ、このエグった部分食べる?」
ウィルトの顔の部分だけをペロンとエリカに突き出され、クロエの目が見開く。
「ウィ、ウィル……ウィルトの……」
物欲しそうな目で見ながら手を出したりひっこめたりするクロエの姿にサーシャはさも満足げに笑って口に手を当てる。
「牛魔女はおもしろわねー」
「くそー! てめぇら俺の顔で遊ぶな! ていうか全部親父とお袋のせいだ! 呪いのチェーンメール一〇〇〇件送ってやる!!」
「そう怒るなよ」
激高するウィルトを止めるのはエリカだ。
飄々とした口調で、
「あたしんちなんか廃村寸前の小島だからさ、あたしが勇者パーティーの一員になったって手紙出したら島中お祭り騒ぎで船着き場に何あると思う?
《剣士エリカ生誕の地》って書かれた看板と実家までの地図よ、しかもあたしんちまで矢印看板続いているし表札が《剣士エリカの実家》とか笑っちゃうわよね?」
あっけらかんと笑うエリカに「それでいいのか」とツッコミ、ウィルトは時計を見て七時近いことに気付く。
「くそっ、パンのせいでもうこんな時間に、スーパーのタイムサービスが始まっちまう!」
慌てて自室に戻ると財布をズボンのポケットに入れて玄関へ走るウィルト。
タイムサービスへ急ぐ勇者を見送りエリカとサーシャはフォークを手に取り、クロエはウィルトの顔焼印を手に取り震えていた。
「ボクには無理だ!」
投げられるパンが弧を描いて窓の外へ、闇夜に溶け込み地上八階からパンが落下して数秒後。
「うわ、なんだ! 上から急に何かが」
ドン ガシャ バタン キキー!
「うわ! うわ!」
「てめーどこ見て歩いてんだ!」
ワンワン!
「ちょ、違!」
ボコ! ベキ!
「ひでぶ!」
窓のからウィルトとオヤジの声が聞こえてきて、クロエは申し訳なさそうに両手で顔を覆った。
「すまんウィルト」
その姿にサーシャはニヤリと笑う。
「いやー、なんとか間に合ったぜ、ったく親父とお袋も俺のパン作るならメールくらいよこせっての」
悪態をつきながらスーパーのビニール袋片手に、街灯と月明かりだけが頼りの夜道を歩く勇者、彼ほど勇者らしからぬ人物はいないだろう。
冷たい夜風に吹かれながらしばらく歩くと、まばらにいた通行人もいなくなり、セイバーグループの社宅マンションが近づくといよいよ歩道にはウィルト一人だけになり、隣の道路を走る車も少なくなってきた。
すると、前方から月明かりに照らされる紅い女が歩いてくるのに気付く。
「フィリア? こんな時間に何してんだよ?」
「夜のパトロールだ、瘴気事件が解決しない今、いつ市民が危険に晒されるか分からないからな」
鎧は外しているが、女剣士用に用意された真っ赤なバトルドレスを纏い、ロングソードを背負ったフィリアは足を止めて、街灯の真下で赤い髪を風になびかせる。
「俺らにはそんな任務下りてないぞ、まぁお前のとこはBランクだしな」
Cランク勇者の自分達には任せられないのかとウィルトは思ったのだが、
「任務ではない、私が個人的にやっているだけだ」
真顔でそんな事を言う剣士フィリアには感嘆の息しか出ない。
「プライベートな時間使ってまでよくやりますなー」
「勇者パーティーなら当たり前だ、むしろ私の誘いを断るうちの連中がおかしい」
「でもなんで鎧してないんだよ?」
「夜にそんな格好で歩けば逆に物々しいし市民にいらぬ不安を与えるかもしれないからな、元々敵の攻撃が当たらない私に鎧など必要無い、任務では無いならどんな格好でも文句は言われないしな」
偉すぎて逆に気持ち悪い。
「それより貴様はこんな時間に買い物か?」
「おう、主夫としてタイムサービスは逃せないぜ」
軽く言うウィルトにフィリアの綺麗な顔がゆがむ。
「主婦だと? 見たところ剣も持っていないようだが貴様それでも勇者か?」
重っ苦しいプロテクトアーマーこそ着ていないが、機能性と装飾性を併せ持つバトルドレス姿のフィリアと違い、今のウィルトはセイバーグループのロゴが入った白いTシャツにジーンズ姿でおまけに安物のスニーカーを履いて、腰には剣すら挿していない。
今のウィルトを見て勇者と思う者は誰もいないだろう。
「勇者でも普段は三人の娘の世話に追われる主夫ですからねー、それよりそんな眉間にシワ寄せるなよもったいない」
上機嫌に近寄るウィルトを警戒するようにフィリアが一歩下がる。
しかし『もったいない』というのは本音だ。
長いまつげに縁取りされた切れ長の目は吸いこまれそうなほど綺麗だし、戦闘に明けくれてきたとは思えない白い肌と細い指からはフォークより重い物を持った事が無いお姫様を連想させる。
発育のいいバストとは対照的にグッと引き締まったウエストと形のいいヒップは学生時代から衰える事なく、より魅力的になったとさえ言える。
女としての色香を持つ肉付きを鍛え上げた筋肉で十代前半並の張りで完璧に仕上げて、長い足のせいもあり、そこらのモデルが一目で嫉妬するプロポーションをしている。
傭兵と同時にアイドルやタレントのような意味合いを持つ故に、女剣士に支給されるバトルドレスは装飾性を十分に持ち、パーティーにも着ていけるモノだが、フィリアに着られると完全に負けて、物足りない気さえする。
ファッション用にコーディネートしてモデル事務所に売り込めばさぞ人気が出そうなモノだが、昔ソレを言ったら本気で斬りかかられた。
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