第2話 魔王が倒されてから千年後


 世界を滅ぼさんとする魔王を勇者が討伐……なんていうのは昔の話。


 大陸歴一〇三五年、最後の魔王バルアードが勇者レギスに倒されてから千年、二〇三五年現在、魔族はその姿を消した。


 それでも魔王がいなくなれば今度は人間の敵はやはり人間ということなのか、魔王軍の侵攻が無くなった世界では人間の国同士が戦争を初め、国内では魔術や法術を使ったテロ行為や魔法の違法研究、危険指定モンスターの密売事件が横行するようになった。


 だがそれらの事件解決に大きな成果を上げたのは国の兵士ではなく、討伐相手を失った世界中の勇者達だった。


 魔王軍と五分に戦える少数精鋭部隊である勇者パーティーは人間兵器として戦場を蹂躙し、人間の犯罪者など苦も無く捕えた。


 平和の象徴にして悪と戦う特殊部隊として認知される勇者達は日々犯罪者達と戦い、そして現代では勇者派遣会社が世界に大きな影響を与えている。




 車強盗の事件から次の日の昼時、ウィルトはキッチンの冷蔵庫を漁りながら昼ご飯の献立を考える。


「えーっとベーコンとニンジンとタマネギと、チャーハン……は昨日作ったから、そういえばまだパスタあったな」


 ウィルトはリビングへ行き、


「おい、昼パスタにするけどお前ゆで加減どうする?」

「ん?」


 ソファに寝転がりながら漫画雑誌を読み、テーブルの上のスナック菓子を食べる剣士の姿がそこにあった。


 ただ、今のエリカを剣士と呼ぶには無理があり過ぎる。


 まず剣を持っていない、今頃彼女の部屋に無造作に転がっていることだろう。


 昨日来ていたドレスアーマーは、まあ室内だから良しとしても、服そのものを着ていないのは女子として問題だろう。


 せめてジャージを着ろ。


 男と一つ屋根の下で暮らしているのに、白いパンツとブラジャー姿でゴロゴロするとはなにごとか。


「いい加減服着ろよ、あとご飯前にお菓子食べない」


 テーブルのお菓子を取り上げるとエリカは頬を膨らませて機嫌を損ねる。


「別にいいじゃん、あたしが自分の家でどんな格好しようが自由じゃん」

「お前のじゃなくて俺達のだろ?」


 ここは勇者派遣会社、セイバーグループの社宅高級マンション、四LDKで広いリビングとバスルームがついた部屋に、社員である彼らは無料で住める。


 さすがは公務員以上の福祉待遇が自慢のこの業界、国の為に命を捧げるという奇特な人を除き一流の戦士や術師がこぞって入社を希望するのもうなずける。


 だが逆にどれだけボロ儲けしているんだと聞きたい。


「どっちも同じだって、それより腹減った」

「だから今作るからお菓子禁止だ、そーいやサーシャは?」

「あいつならほら」


 っと、エリカがテレビを指差す。


『それでは、本日のゲストはセイバーグループ期待の新人、白魔術師サーシャさんに来てもらっています』

『みなさんこんにちは、本日はお招きいただきありがとうございます』


 最高の営業スマイルに観客が歓声を上げる。

 騙されてる。

 あんたら騙されてるよ。


 そいつは美少女M奴隷達との通信用携帯電話を別に持つような女ですよ。


 俺はこの事実を公共電波に乗せて伝えたい。


『それではサーシャさん、さっそく質問ですが、サーシャさんは中学時代、あの世界有数の名門学校、聖少女学園の中等部に在籍されていたようですが、何故そのまま高等部に上がらず勇者養成学校へ?』


 優しいほほ笑みを浮かべ、手を胸に当ててサーシャは語る。


『はい、私は幼い頃から神に仕え、将来はこの身を天に捧げるつもりでした。ですが治安の悪い今の世を想うと、修道院で教鞭を執り、教えを広めることよりも、もっと直接的に人々を救いたかったんです』

『なるほど、それで勇者学校の白魔術学科に』

『はい、そしてセイバーグループに務めて、日々エデンガルドの皆さまの安全に貢献できる事は、聖少女学園にいた時とはまた違った喜びを私に与えてくれました。

ですが今でも神に感謝する気持ちは変わりません、だって修道院を離れた私にこれほどの加護をくださるのだから、きっと神様は今でも私を祝福してくれているのだと私は思います』


 この世に神がいるなら何でこんなイービルレディを産み落としたのか疑問である。


『なんと素晴らしいお言葉でしょう、ただこれは少々失礼かもしれませんが、サーシャさんが所属するウィルトパーティーはCランク、サーシャさんならもっといいパーティーに入れると思うのですが?』


 余計なお世話だ。

 ウィルトはテレビ画面の司会者にメンチを切った。


『はい、実は勇者学科の主席、次席卒業の方やすでに働いている勇者の方々からもお誘いはあったのですが……』


 表情を曇らせるサーシャに司会者も神妙な顔をする。


『彼らのように素晴らしい方に私は必要ないと思うんです。だって私なんかいなくても勇者としての職務を全うできるのですから。

 それよりも私は私を必要とする人、私がついていてあげないと不安な方をパートナーに選びたかったんです。

 だって私は自身を高める為では無く、誰かの役に立つ為にこの仕事を選んだのですから、そうは思いませんか?』


 下僕能力高いからって俺に組むよう脅しかけたのはどこの誰ですかこのやろう。

 まあ言われるがままにこうしてエプロン着て昼飯作ってる俺も俺だけどさ。

 自分の情けなさに涙をこらえてウィルトは肩を落とした。


『それでは、CMの後はゲストとして魔科学研究の第一人者、アーレイさんが来ちゃいますよ』

「サーシャも人気だよなー」


 と言いつつ、ウィルトの頭の中にはサーシャが聖少女学園をやめた本当の理由が思い出される。


 詳しくは教えてくれなかったが、確か学園長である女教皇と白魔術についてモメて、トラブルを引き起こしたとか……


『ジャジャン! カビにはこれディスペルカビキラー、我が社自慢の錬金術師達が配合したこの商品でカビを一吹きすれば殺カビ魔術が発動、木材の奥の奥まではびこるカビをまるごと殺します』


 テレビCMでウィルトの回想終了。


「マジで? これいいな」


 サーシャが転校した理由なんてどうでもいいや。


「ウィルトって所帯じみてるよな」

「女三人いて全員カップ麺しか作れないじゃ仕方ないだろ?」

「おいおいあたしを馬鹿にすんなよ」

「悪い、お前じゃまずお湯沸かせないもんな」

「何言ってんの!? あんなのポット押せば一発でしょ」


 こいつが作るカップ麺はさぞ硬いことだろう。


「エリカ、お前は一生結婚するな、子供が不幸になる」キリッ

「は? 家事ならあんたがやるでしょ?」

「俺はお前の使用人か!?」


 うがー、っと怒るウィルトにエリカは頭上で電球を光らせ人差し指を立てた。


「じゃああたしと結婚しないか?」

「『じゃあ』ってなんだよ!? Cカップ女と家事目的で結婚されたんじゃたまったもんじゃねーよ」

「Cなめんなよ、Aカップのサーシャよりツーサイズもデカイんだからな!」


 二人がこの戦いの不毛さに気付くことは無いだろう。


「ていうかサーシャってもう完全にタレント化してるな」


 魔王を倒した勇者は庶民の人気者であり、魔族のいない世界では依頼に応じて紛争地帯への派遣や犯罪への対処、要人警護が仕事だが一部の人気勇者パーティーはアイドルやタレントに近いことをする。


 映画やドラマに人気勇者パーティーが出たり、アニメの声優を務めるのも珍しい話ではない。


 ただし、中にはこうしてパーティーメンバーの一個人だけが脚光を浴びる事もある。

 美人は特だね。


「ブログも一日二万HITだしね」

「は? あいつブログとかしてんの?」


 初耳情報にウィルトが詰め寄るとエリカはテーブルの上のノートパソコンを開く。


「ほらこれだよ」



 サーシャの部屋 苦しむ人々へ癒しの光を



「胃液が喉まで上がってきた」

「ちょっと吐かないでよね」


 マウスを拝借して内容を見てみると、どうやらサーシャの日記、世界情勢に対する意見や感想、そして悩み相談部屋なるものまであった。


 相談部屋にも匿名で家庭や職場、学校での悩みやこれからの生き方など様々な悩みが寄せられていて、サーシャはその一つ一つに歯の浮くような、もしくは全身の産毛が逆立つような解答をして、だがこれが訪問者にはたまらないらしい。


 皆感謝のコメントを寄せている。


 これはファンと言うよりも信者と呼ぶべきではないだろうか?


 サーシャの部屋に隠されたドス黒いオモチャ達の画像を世界に向けて発信したい衝動に駆られるが、そんな事をすれば俺の存在が抹消されるのは明白だ。


『えー、昨日、B三番高速道路で逮捕された車強盗の犯人ですが』


 自分達が捕まえた犯人のニュースにウィルトとエリカは思わずテレビを見て、そして首を傾げた。


『犯人達は皆、記憶が無い、気が付いたら牢屋の中だったと供述しており』

「ねぇウィルト、記憶がないって……サーシャ忘却術使えたっけ?」

「知らねえけど記憶無い犯人なんて最近多いだろ? ただシラを切ってるだけだって、俺が小六の時もな、クロエの縦笛と体操着と机とイスとリップクリームと髪留めが盗まれて、犯人を俺がシバキ倒したんだけどそいつは『俺じゃねー、俺の右手が勝手にやったんだ!』とかたくなに罪を認めなかったからな、悪党がよくやる手口だ」

「……いや、クロエどんだけ物盗まれてんのよ」


 エリカの口角がひきつっていた。


「ホント馬鹿だぜ、俺だって『誰かに襲われて気が付いたら女子更衣室のロッカーの中にいたんだ』なんて嘘は小五までしか使わなかったのに」

「使ってたんかい!?」


 エリカの顔が驚愕でブッ飛んだ。


「ああ、ただし小六からはもっと知的に幼馴染のクロエをダシにして」

「いや、言わんでいい、てかあんた絶対地獄に落ちるわよ……」

「天使っ娘(こ)より悪魔っ娘(こ)のほうが巨乳率高そうだからアリだな」

「あんた長生きするわ」

「応援ありがとう、それでそのクロエはまだ寝てんのか?」

「いつも通りよ」


 なら部屋かとクロエはエプロン姿のままクロエの部屋へ向かう。



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