第8話 紅の騎士


「これで残り半分」


 五枚の炎刃が迫る。


「うわっと!」


 大きくブリッジしてかわすと背後の木とレストランの看板に直撃、燃える倒木とショートする看板を尻目に人がいない事を確認してウィルトは胸を撫で下ろす。


 やれやれ、と男達のほうを向き直すと、突然男の一人が左右に分かれた。


 二手に分かれたのではない。


 本当に、男の体が左右真っ二つに分かれたのだ。


 切断面から血と臓物を垂れ流し、男の背後から姿を現した女にウィルトは言葉を失った。


 ソレは紅の騎士だった。


 真っ赤なドレスアーマーは男の血を浴びて、ドレスの赤よりなお濃い赤でマーブル模様を成し、銀色の鎧は真っ赤な鮮血を滴らせる。


 燃え上がるような赤髪と真紅の瞳の騎士、だがエリカではない。


 エリカとは似ても似つかない長身に大人びた顔、長い髪をポニーテールで一本にまとめた髪、メリハリのある扇情的な体に合わせた結果、鎧はエリカの鎧とは根本的なフォルムが異なっている。


 盾とマントが無いことから彼女が勇者では無く剣士であることが分かる。


 紅の騎士が振り下ろした剣をまた振り上げ、近くに立つ男を下から斜め上に向かって袈裟斬りで胴体を切断する。


 他の三人が慌てて距離を取ろうとする。


 剣を失った彼らの手には短剣が握られているがそんなものでは勝てないと悟ったのだろう。


 だが、紅の騎士が、トン、とブーツで駐車場のアスファルトを踏むと、男達の足元からアスファルトを突き破って鋭い岩が飛びだし、彼らの胴体を貫通する。


 だが、その中で一人だけ死を免れた者がいた。


 ウィルトが割って入り、紅の騎士が使った大地の呪文を剣で砕いたのだ。


「犯罪者をかばうとは何のつもりだ?」


 凛とした美しい声だった。


 人の血に塗れてなお美しい彼女の姿にはマトモな男なら一目で心を奪われる。


 しかし男達の血でさらに赤く濡れた騎士と対峙して、ウィルトは剣を構える。


「殺す事はないだろフィリア、こいつらの剣はもう無いしこんな短剣じゃあ使える技の威力もたかがしれている」

「我々勇者パーティーには独自の判断で犯罪者の生死を決める権限がある」

「なら俺の判断でこいつは殺させない」

「甘いな」


 フィリアが手を一振りすると、自身よりも巨大な火球が放たれる。


 ウィルトはすぐさま剣に冷気を含ませて相殺しようと斬りかかるが、既にフィリアは大きく跳躍してウィルトの真上を飛び越えようとしていた。


 巨大な火球はウィルトを倒す為では無く、ウィルトの視界を封じ欺(あざむ)く為に放ったのだ。


 剣と接触したフィリアの火球が消滅する。


 だがフィリアはまだウィルトの頭上、これから着地して既に遠くまで逃げた男のそばまで行って切るまで時間があるはず、なのだが、


「燃えろ!」


 かざされた手から再び巨大な火球が放たれ、男を背後から焼き焦がし、溶けたアスファルトの上には黒い人骨しか残っていなかった。


「何やってんだよてめえは!」


 着地したフィリアの肩につかみかかり、そして無理矢理振り向かせる。


「悪を殺しただけだが?」

「だから殺す必要がねえっつってんだろ!?」

「その考えが甘いと言っている!」


 血の匂いを纏うフィリアは声を張り上げ、ウィルトと額を打ち付け合う。

 二人の額当てが金属音を鳴らして、至近距離で瞳が睨み合う。


「何故悪に温情をかける? もっとも優先すべき、何よりも守るべきは善良な市民の平和と安全、ならば最速確実に悪を討てばいい!

 道徳の授業では単位を取得する為に従ったが、悪に更生の余地を与え人生をやり直すチャンスを、などと言う上っ面の良い偽善が再び市民を危険に陥れると何故分からないのだ!?」


「そんなてめーの勝手な思想で人殺すなって言ってるんだよ! お前がどう思おうが勝手だけどな、だったらブログでもデモ行進でも好きにやれよ!」


「なんだと貴様!」


 その時、若い女性の悲鳴にウィルトとフィリアは同時に振り向いた。


「おとなしくしろ!」

「助けて!」


 ウィルトが倒した術師の一人が目を覚ましたようだ。

 レストランの中で女性の首に背後からナイフを突き付けている。


「くっそ、傷が浅かったか」


 愚痴ても人質は助からない。

 ここは言う事を聞いたフリをして助けるチャンスを、とウィルトが考えると。


「おい貴様、我々は武器を捨てたほうが良いのか?」


 何余計な聞いてんですかフィリア嬢!?

 ただでさえピンチなのに武器まで失ったら、


「へへへ、いい心掛けじゃねえか、その通りだ、武器を捨てねーとこいつの命は」

「ほれ」


 ビュン!


 弾丸が如く飛来したロングソードが女性のわき腹をすり抜け、見事に男の腹を串刺した。


 ウィルト以外の一般人が持つ動体視力では何が起こったか理解できないだろうが、ただフィリアが自身のロングソードを投げただけだ。


 いわゆる投げ剣である。


「貴様があの男も殺していれば彼女は人質にならずに済んだ」


 冷たく言い切られる。


「で、でもちゃんと助けられたんだしあの女の人だってケガは」

「人質になった事が問題なのだ」


 顔を合わせてフィリアは続ける。


「力無き一般人にとって人質になるのがどれほど恐怖か、災害や事件に巻き込まれた人の中にはその記憶がトラウマとなりその後の人生に障害をきたす者もいる。

 もし彼女が今日の事件がきっかけでトラウマになったら貴様は責任が取れるのか?」


「いや、それは……」

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