第9話 勇者堕ち

「いや、それは……」


「『レストランを襲撃した悪人だからと言って殺すのは良く無いと思います。その結果なんの罪も無い善良な市民に一生消えない恐怖を与えたけど悪人にもチャンスは与えるべきだから仕方ないと思います運が悪かったと思って諦めてください』とでも言う気か?」


「そんな事ねーよ!」

「じゃあどうするんだ?」

「だからそれは……」


 また言葉に困る。


 そんなウィルトに返答など期待していないように、フィリアは剣を回収するためにレストランの中に入ろうとする。


 そこで気絶した犯人の術師達に視線を下ろす。


 ウィルトのライトニングエッジで全員気を失い、先程の男はたまたま目を覚ましただけだが、それでは残りの男達もいつ起きるか分かった者では無い。


 フィリアは一度ウィルトに視線を向けて、その目からいつでも止めに入ろうとする意思を感じ取ったのだろう。


 一度舌打ちをすると両手に白い光をまとわせて、男達に振りまく。


 すると男達の両手両足に光の枷がはめられて自由を奪う、これで男たちが目を覚ましてももう人質を取ったりはできないだろう。


 そうしてから、フィリアは割れた窓からレストランの中に入り、男から剣を引き抜いた。


「ケガはありませんか?」

「は、はい、ありがとうございます剣士様」


 被害者への気配りを忘れないフィリアを、同じ女でありながら被害者の女性はうっとりとした目で見る。


「そちらのご婦人は怪我をされてますね」


 だけに終わらず、フィリアは男達の破壊活動でケガをした人達を見つけると一人一人に回復呪文をかけていく。


 ガラスで切った者、攻撃呪文がかすった者、全員に分け隔てなくだ。


「フィリア」


 ウィルトではない。


 駐車場を通って鎧姿の男性、黒コートの男性と神父姿の男性が走り寄ってくる。


 左手に勇者レギスのエンブレムが入ったスモールシールドを付けて、赤いマントを羽織っていることから、鎧姿の男が勇者である事が分かる。


 逆に盾やマントを持たず、ウィルトや鎧姿の男よりも長い両手持ち用の剣を持っている事でフィリアは剣士である事が分かる。


「まったく、勝手にいなくなったら困るよ」


 男勇者の年は三〇歳前後といったところか、ウィルトの同期で一八歳のフィリアよりもずっと年上だがいまいち威厳がない。


「爆発音と魔力の波動を頼りに来たまでだ」

「でも本部から周辺の勇者には連絡が行くし」

「連絡を待っている間に市民に危険が、とは考えないのか?」


 リーダーである勇者に怖じる事無く、フィリアの目に力が込もる。


「だ、だけど勇者は僕だし、リーダーの指示に従ってくれないと……」

「勇者? リーダー? 指示に従う?」


 人を馬鹿にした態度にも男勇者は反論するどころか、後ろに下がって眉を構える。


「この前の試合で勝ったのはどっちだ?」

「き、君が勝った」

「貴様カリバー系はいくつ使える? 攻撃呪文の最大レベルは?」

「えーっと、バーニングカリバーとフリージングカリバーの二つ、攻撃呪文は氷系だったらギガ級まで……」

「私は一二属性のうち九属性のカリバーとテラ級の攻撃呪文、それに炎、氷、雷の極大呪文を使えるぞ、それを踏まえた上で聞くが私と貴様のどちらが強いと思う?」


 おそるおそる指を差して。


「フィリア」

「当然だ、それで何故私より弱い貴様の指示に従わなくてはならない? そもそも何故私より弱い貴様が勇者なのだ?」

「それは僕が勇者としてセイバーグループに勤めているからだけど」


 フィリア程の美人と向かい合えばどんな男でもイチコロだが、男勇者は担任に叱られる小学生のようにうなだれてしまう。


 その様子には背後の男黒魔術師と男白魔術師も言葉に困っているようだ。


「ウィルト君」


 レストランの割れた窓から外に出て、ウィルトに歩み寄るとアーレイはフィリアを視線で差し示してから切りだす。


「彼女って剣士だよね? 確か期待の新人ランキングでも四位にランクインしてたはずだけど」


 先程の戦闘を思い出すように一呼吸置いて、


「何故魔術を使えるんだい?」


 剣士や弓兵といった戦士系のパーティーメンバーは魔力で肉体や武器を強化し、武器を触媒に属性効果を発言する法術で戦う。


 魔力を直接炎や雷に変換して空気中に放ったり、傷の再生や対象の拘束などの効果を持つエネルギーへ変換する魔術を使って戦うのは黒魔術師や白魔術師などの術師系だ。


 事実、ウィルトの仲間であるエリカは魔術を一切使えない。


 だがフィリアは剣士でありながら敵に巨大な火球を放ち、気絶した男達を拘束して被害者達を回復呪文で癒した。


「ああ、実はあいつ」


 法術と魔術を両方使える、それはつまり、


「勇者堕ちなんですよ」

「勇者堕ち?」


 魔科学研究の第一人者であるアーレイが首を傾げる。


 無理もない『勇者堕ち』とは専門用語ではなく、勇者達の間で言われる俗語のようなものだ。


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