第10話 勇者と剣士の違い
「勇者堕ちなんですよ」
「勇者堕ち?」
魔科学研究の第一人者であるアーレイが首を傾げる。
無理もない『勇者堕ち』とは専門用語ではなく、勇者達の間で言われる俗語のようなものだ。
「あいつ……フィリアは俺と同じ勇者学園の勇者学科にいたんです」
説明するウィルトの声のトーンが落ちる。
「剣士じゃなくて?」
「はい、勇者レギスがそうだったように勇者は全てを救える万能戦士でなくてはならない、その考えから勇者学科はあらゆる状況に対応できるよう剣術以外にも最低限の黒魔術と白魔術も勉強するんです。
だから俺も魔術は使えるし、おかげで魔術しか効かないような特殊なモンスター相手でも戦えますし要救助者の治療もできます。でもフィリアの奴凄いんですよ」
ウィルトの言葉に少しの熱がこもる。
「凄い?」
「ええ、さっきあいつ自身も言ってましたけど最低限どころかテラ級の呪文も使えて、剣術も剣士学科の奴よりずっと上手くて、学年どころか勇者学科の歴史上ぶっちぎりの強さで、教師連中もフィリアにかかったら一分持ちませんよ」
勇者は剣では剣士に、攻撃呪文では黒魔術師に、補助呪文では白魔術師に勝てない。
だがその全てを扱える勇者は総合力で、どんな状況にでも臨機応変に対応できる万能性が強みであり武器である。
攻撃だけでなく防御も考え、剣の取り扱いに邪魔なスモールシールドを左手に装備し、片手でも両手でも使えるよう、剣士より短めの剣を持つのもそのためだ。
しかしフィリアは違う。
剣士以上の剣術、黒魔術師以上の攻撃呪文、白魔術師以上の補助呪文、そして並の勇者を越えた対応力と決断力、そして何者にも恐れない勇気を持つ掛け値なしの天才で、彼女一人で一パーティー分の戦力を持っていた。
「それは本当に凄いとしか言いようがないですねー、でもなんで剣士やってるんですか?
見たところ盾もマントも無いし、彼女の剣てあれロングソードですよね?」
「だから勇者堕ちなんですよ」
ウィルトの声が小さくなる。
「勇者はパーティーのリーダー、戦闘力だけじゃなくて指揮統率能力も求められます」
男勇者に逆らうフィリアの姿を思い出したのだろう、アーレイは「あぁあ」と言って頷いた。
「あいつ個人は間違いなく最強です。だけど仲間への心配りとか、チームワークとかがまるでできなくて、他の学科の連中とパーティー組んでやる実地訓練も、必ずあいつ一人で成功させて他のメンバーは置いてけぼりか脱落、悪ければ実地場所で行方不明」
「あちゃー」
アーレイは口に手を当てて眉根をよせた。
「おかげで人望は最悪、卒業までのパーティー編成じゃあいつと組みたいって名乗り出る生徒がいなくてあいつ自身もムキになって誰も指名しなくて、勇者学科の卒業査定であいつ危なかったんです」
「うん、とてもじゃないけど勇者学科の卒業証書もらえるとは思えないね」
「でもあいつはあいつなりに頑張ってたし、あいつの掲げる正義も頭ごなしに否定する気も無かったら、俺はあいつに勇者になって欲しくって……
それで俺とクロエで学部長に頼み込んだり、わざとクロエをフィリアと組ませて実地訓練させて報告書の中でフィリアを褒め千切ったりして、あいつはなんとか卒業できたんですけど、肝心の入社試験に落ちちまったんです。
戦闘能力は高いから剣士としてならって事で入社したんですけどあいつは納得してなくて、今じゃどのパーティーでも問題起こしてタライ回し状態、リレイ部長が新人だからってフォローしてくれてるけどいつまで持つか……」
「ならウィルト君のところで預かればいいんじゃないかい?」
「俺のとこにはもうエリカがいたし、あいつプライド高いから、俺とクロエのおかげで卒業できたって知った時はもう一晩中追いかけ回されましたよ。
『貴様らの情けなど一生の汚点だ!』とか言われて」
「せっかく助けてあげたのに浮かばれないですねー」
「けど、もしかしたら考えが変わるかもしれないし、俺はフィリアに期待してますよ」
「それは信頼かい?」
「そりゃまあ、あいつ天才とか言われてますけど」
フィリアに視線を当て直して、ウィルトは学生時代を思い出す。
「市民を守るって言ってする放課後の鍛錬見たら、幸せになって欲しいって思いますよ」
一〇代の子が通う勇者学園では、皆が青春を送っていた。
放課後になれば友達の部屋に行ったり、休日は街へ遊びに行ったり。
けれどフィリアはいつも鍛錬場にこもってオーバーワークを続け、体が悲鳴を上げてもそのつど回復呪文で無理矢理直して鍛錬を続けていた。
女子寮も、フィリアの部屋だけは深夜でも必ず電気が点いていた。
学生らしい思い出など、きっとフィリアにはないだろう。
そんなフィリアを見て、ただウィルトは純粋に幸せになって欲しいと思ったのだ。
ちなみにウィルトの学生時代はエリカに殴られてサーシャに虐げられてクロエが助けようとして余計なトラブルを引き起こしたりしていた……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます