第43話 勇者は全てを救う

「一緒にパーティーやろうぜ」

「ウィルト!!」


 溢れる涙が多過ぎて、子供のように泣きじゃくりながら嗚咽を漏らしてフィリアはウィルトを抱き返そうとして、しかし直前で苦しみの声を上げた。


「どうしたフィリア!?」


 魔王の右手が張りついている筈の胸元に紫電が走り、フィリアが苦悶に顔を歪めて白目を剥きかける。


 錯乱したように暴れ、ウィルト振り払う。


 どうやら魔王による精神汚染が末期に来ているようだ。


 魔王を自ら受け入れていた間は保たれていた魔王とフィリアの均衡が崩れ、逆らう器を殺し、魔王が完全にフィリアを支配しようとしている。


「フィリア!」

「だ、黙れウィルト……」


 頭を押さえ、空中で溺れるようにもがき苦しんでからフィリアの表情は悪鬼のソレ、纏う覇気は魔王のソレへと変わる。


「貴様の言葉は私を乱す、強く無くても好きになってくれるだと? なら、なら私がしてきた事はなんなのだ!? 私が今までしてきた事は無駄だったのか!?」


 ソレはフィリアの本心でもあった。


 幼い頃から強くなくてはいけないと信じてきた価値観を、自分の世界をひっくり返されてフィリアの精神が歪んでいく。


 いかに魔王に侵されようが、根幹となるフィリアは変わらない、ウィルトの言葉に感激し、ウィルトに身を預けてしまいたい心と、なおウィルトを倒し最強になろうとする心がせめぎ合い、だが魔王の影響でウィルトへの殺人衝動が勝ってしまう。


「うぉおおおおおおおおおおおお!!!」


 フィリアが上空へ舞い上がる。

 エデンガルドの街並みを遥か眼下に敷き、持てる全ての力を剣に集約していく。


「魔王フィリアがこの世に新たなる理(ことわり)を敷く!! 天よ堕ちろ! 大地よ裂けよ! 今ここに勇者を討ち倒し暗黒の時代を創らん!!」


 フィリアの黒翼がさらに肥大化して、剣を覆う黒い光が時の歩みと共に成長を続け規格外の魔力が集約される。


「インフェルノ・カリバァアアアアアアアアアアアア!!!」


 荒れ狂う漆黒の魔力が、暗雲立ちこめる夜空を黒く照らす。


 眼下のウィルト、そしてその背後に広がるエデンガルドへ襲い掛かる魔王の一撃は最凶にして最悪、人間如きが叶うべくもなき破滅の波動。


 単純な威力で言えば、都市の一つや二つが消し飛んでもおかしくない程だ。


 エデンガルドなどひとたまりも無く消滅して、広大なクレーターしか残らないだろう。


 しかし、これほどの魔力を前にウィルトの心は折れない、


「そうかよ魔王、どうしてもフィリアを離さないんだな、なら」


 ウィルトを包む白銀の光りが纏う金色の煌めきが、さらなる輝きを以ってウィルトを包む。


「もう一回滅んでもらうぜ!」


 上空のフィリアを見上げ、ウィルトの足元に天光の魔法陣が広がる。


 その光景に地上の全ての人間が魅入った。


 エデンガルドの夜空全てを覆う魔法陣が天の祝福を乗せてどこまでも広がり、たった一人の勇者を中心に無限の輝きを放つ。


 ソレはかつて勇者が魔王を討ち倒した光。

 ソレは世界を救った人類の奇跡。

 ソレは今を生きる世界の人達全ての希望の具現にして結晶。


 人々の営みの上に成り立つ人の歴史に刻まれた悲劇の全てを哀れみ尊ぶ天と星の願い。

 

 其(そ)の名は――

 

「ヘブンス・カリバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」


 エデンガルドが輝く。


 地上の人々の夜空には希望が、天上の魔王の眼下には絶望が眩く光る。


 人の身から放たれる神や天使の力たる聖なる光の奔流が束になり暗黒の空を照らし出し、魔王の魔力を浄化する。


 これぞ真のカリバー、他のカリバーは有象無象の贋作である模造。


 伝説の勇者レギスだけが使い、かつて世界を救った白銀と黄金が混ざり合う果てなき輝きが人類のユメを乗せて天上の闇を払う。


 上空だけでなく、余波として周囲の全てに伝わる天の波動が地上に残る黒竜達の残骸を、郊外で暴れるヒュドラ達を消し飛ばし、本命たる空へ昇る光の柱が魔王を呑みこみ暗雲を掻き消し地上に太陽が降り注ぐ。


 太陽と天の光りに包まれ、その美しさに心を奪われながら、フィリアを覆う黒光は消滅。


 ツノが、翼が消えて、鎧とドレスもろとも魔王の右手が沸騰して蒸発し、それでもその光はフィリアを傷つける事無く、魔王の存在だけを原子レベルで浄化した。


 歪んだ力の全てを失ったフィリアは重力に身を預けて落下する。


 その体をウィルトの暖かな風が包み、ゆっくりと、おだやかに剣士の体は勇者にその身をゆだねる。


「ウィル……ト……私は…………」

「うぁ、ちょっとタンマ」


 おぼろげに言葉を紡ぐフィリアを抱きかかえながらウィルトは慌てて勇者の証たる赤いマントをフィリアの裸体に被せる。


「ぁ――」


 その事に気づいて、フィリアも少女のように頬を染める。


 被せてもらった赤いマントで嬉しそうにはにかむ顔を隠し、目だけ出してウィルトを見上げる。


「気分はどうだ、お姫様?」

「……そうだな、こうしていると」


 一度視線をそらしてから、ルビー色の瞳がウィルトを見つめる。


「お姫様気分だ」


 ウィルトのマントに顔を押し当て、フィリアは一つの決意をした。


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